死にたい僕と死ねない彼女
僕はあの人の代替品でしかない。でももうその代替品を求めた彼らは居ない。なら僕の生きている意味は一体、僕はなんのためにー
6月のとある夜、僕はは死ぬために山を登ってその山にある崖に来ていた。崖の下には尖った岩々が立ち並んでいる。ここから飛び降りれば―確実に死ねるだろう。
別に死にたい訳じゃない、でも僕にはもう、生きる意味なんてない、そう考えた。だから。
飛び降りるため、一歩前に出る。すると、後ろから声がした。
「死ぬ気なの?」
振り返ると、そこにはいつの間にか人が居た。
銀色の髪に、蒼瞳の、僕とそう年の変わらない少女が。少女はその蒼い瞳を僕に向ける。
「どうして死にたいの?」
少女はそう問うた。その質問に僕は正直に答えることにした。「死ぬ気なんてないよ」と適当に嘘を言い、追い返す事も出来たけれど、どうも、彼女に嘘を言う気にはなれなかった。
「生きている意味がなくなったからだよ」
少女は首を傾げる。
「意味?」
「そう。今までは確かに、生きている理由があったんだ、でもこの間なくなった。だから死ぬんだ」
「そう…でもなくなったのならまた探せば良いんじゃない?」
簡単に、銀色の少女はそう言った。
「そうかもしれないね…でも、僕はその理由のためだけに生きてきた…だからもう良いんだ。ここで終わりでも」
僕の言葉を聞いて、少女は悲しげに目を伏せた。
「生きる理由がない…か。それなら私と同じね」
少女はそう言って笑った。けれどその顔はさっきと同じ、悲しい影があった。笑っているけれど、笑えていない。
「そういえば君はなんでこんな所に居るの?」
そうだ、こんな時間に女の子が一人で―
数歩歩いて、彼女が崖の端に 近づく、そして、
崖から飛び降りた。
「な―」
慌てて下を見る。幸い、いや、幸いかどうか分からないが月明かりのおかげで下を見る事が出来た。
彼女の体は、岩に貫かれていた。大量の血が、周囲にぶちまかれていた。
死んだ。さっきまで確かに生きていた彼女が。
フラフラと下足取りで、崖を降りて彼女の元にいく。長い髪が邪魔で顔は見えないが、きっと、酷い顔をしているのだろう。
「あ、何で降りて来たんだ。あのまま飛び降りれば良かったのに」
「あら、まだ死ぬなの?」
小さくそう呟くと、足下から声がした。まさか。
おそるおそる、足下をみる、蒼い瞳がこちらを見つめていた。
「あんた…何で生きてるんだ?」
「あら、死んでほしかったの?」
茶化す様に笑う彼女に、すこし苛立った。
「そうじゃない、あんたその傷でどうして」
「そうね、色々聞きたいでしょうね。でもその前に、岩から引き抜いてくれない?痛いし苦しいのよ」
「え?あ、ああ」
聞きたい事は色々あるが、とりあえず彼女の言う通り、岩から引き抜く事にした。
十分程岩と戦って、ようやく彼女を岩から引き抜いた。
「ん、ありがとう」
彼女は拾いものをしてもらったみたい軽くそう言った。
「じゃあ、話を―」
「待って」
彼女は僕を片手で制した。そして髪に付いた土を払ったり口の中の血を吐いたりしていた。
「ん、もういいわ。で、何が聞きたいの?」
「どいして生きているか、だよ」
いや、ただ生きているだけならここまで驚かない。しかし彼女は普通に喋り、普通に行動している。確かに岩が体を貫いたのに、だ。
「それは―私が魔女だから、よ」
そう言って彼女は来ていた服を脱いだ。真っ白な下着があらわになる。しかし、そんな事はどうでも良かった。それより―
「傷が、傷がない」
彼女の体には大量の血が付いてはいたがしかし、傷そのものはなかった。
「だから言ったでしょう。私は魔女。それも不老不死の、ね」
そう言って彼女は笑った。とても妖しく、けれどとても美しく―
これが死にたい僕と死ねない彼女の出会い。