なぞの少女
目の前で起こったことが信じられない。
ギルドの冒険者から、護衛で知り合った領主の元に移り、騎士位を拝命した。しかしいままで37年、あんな光景は見たことがない。
アーマーウルフ。3m程のオオカミだが、額や背中、胸の部分を堅い鱗で覆われ、頭頂には短いツノが数本生えている。非常に好戦的で、まれに格下の魔獣を従え群れを作ることもある。通常なら騎士5名で一匹を相手する程の魔獣。
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辺境の村から救援要請がきた。いわく数は不明だがホーンウルフの群れが出て、村人に被害が出ているとのことだった。
領主様からの命を受け、20名ほどの部下を連れ村へ向かう。
群れの規模は分からないが、この人数なら100匹までの規模なら大丈夫だろう。
3日ほどかけて村に着いた。豊かな自然に囲まれたよい村だ。
村長と自警団から話を聞く。どうやら大きなホーンウルフもいるらしい。見られた場所は、村の入り口からそれほど離れていない森。この距離まで魔獣が近づいているなら、さぞ怖かっただろう。
平坦な道なりで隊員にも疲労が見えないことから、早速討伐に向こうことにする。
村の自警団から数名、荷物持ちと案内役を依頼し、森へ向かう。
丘を越え、村の入り口が遠くに見えるようなって来た頃、森の入り口にさしかかった。
森の入り口で全員馬から下り、徒歩で中へ進んでいく。
遠くの方から遠吠えのような者が聞こえるが、ただのオオカミなのか区別はつかない。
一度休憩を挟み、騎士の中で型そうな者を2名、村の案内役と組ませて斥候とした。
程なくして、戻った斥候から声がかかる。この先に数匹のホーンウルフがいる。戦闘開始だ。
やはりホーンウルフ程度、普段から鍛錬をかかさない騎士たちの敵ではない。
魔獣狩りの基本に忠実に、騎士数人で一体を相手にする。一人が盾でツノによる攻撃を防ぐ。
すかさず手槍の兵がウルフの首を貫く。
順調だ。8匹目のウルフを仕留めたが、騎士隊にはけが人も出ていない。
散発的な遭遇を見ても、群れの規模はそこまで多くないように見える。これなら明日には討伐し終えるだろう。
あまりにスムーズに進む討伐に、ふと考え事をしたとき、目の前で隊員が吹き飛んだ。
これまでのウルフに比べると、巨大ともいえるその体で、こちらを見回すアーマーウルフ。
声を発しようとした瞬間、漆黒の体が流れるように動き、騎士と村の案内役を弾き飛ばす。
我に返り、武器を構えろと叫ぶ。
皆、訓練が生きているのか、その一声で武器を構え直した。
落ち着け。全員でかかればどうにか倒せる。
ゆっくり相手のミスを誘うのだ。
そのとき、目の前のアーマーウルフの背後から、もう一匹が飛び出した。
「ぐぁっ」
そのままアーマーウルフの体当たりを受けた。
強い衝撃、左腕に痛みが走る。地面に転がり、木の根にぶつかる。
頭ははっきりしているが、しびれたような感覚で体が動かせない。
2匹のアーマーウルフは狂ったように暴れながら、騎士隊を一人、また一人と倒していく。
そのときだった。
何かがアーマーウルフの顔に飛び、そのすぐ後、我々の背後から、少女が飛び込んできた。
木剣を携えた、赤い髪の少女。手には木剣のようなものを持っている。
何を考えている!相手はただの魔獣ではないぞ!
「「「さ、さがれ!」」」 みんなでハモった。
すぐそばのアーマーウルフが少女に飛びかかる。
しかし、少女は攻撃を舞うように避ける。そのままバランスを崩したアーマーウルフに木剣をたたき込んだ。
バキン。
剣が折れた。ただの木剣だったのか。
「いや、ダメだ!なんで木剣で魔獣に立ち向かっているんだ!」
も、もうダメだ、急いで助けに行きたいが、体に力が入らない。
「くっ、動けぇ、急がないとあの娘が… あれ?避けてる?」
当の少女は、アーマーウルフの攻撃を避けていた。
見かねたもう一匹のアーマーウルフも少女への攻撃に参加したが、少女は避けていく。
なんだあれは。なぜ、あの速度で避けることができるのだ。
しかし、武器がない。このままではジリ貧だ。
「う、動ける者は、あの娘を助けろ…。」
どうにか回復した騎士たちがアーマーウルフに攻撃を繰り出す。
だが、頭に血が上ったのか、アーマーウルフは騎士の攻撃を避けるが、反撃せずに少女に向かう。
くそ、まだ足に力が入らん。
そうだ、あの娘なら使えるかもしれん。腰のサーベルを外し、少女に投げ渡す。
しっかり受け取った少女は、なぜか目をキラキラさせて剣を凝視する。
いや、危ない!しっかりしろ。
「ふふ、ふふふふふー。」
へ、なんかやばいぞあの娘…。
「お前たちは!もう!終わりだー!」
あ、悪役かお前は!
その隙にアーマーウルフが、少女に襲いかかる。
マズい! いや、合わせた!うまいぞ!
振り下ろす前足に合わせ少女が剣を振る。
バキン。
剣が折れた。なんだただの木剣だったか。って違う!ちゃんとした剣だ!しかも結構したのに…。
少女もまずい状況だった。囲まれて逃げ場がない。
くそっ、足が動かん! 間に合わん!
バアン!!!!
その瞬間、炸裂音が響いた。何が起きたんだ。
もうもうと上がった土煙がはれると、少女がそこにいた。
ハッ、アーマーウルフはどうした!?
いた。少女の足下に。頭が地面にめり込んで。あれはもう死んでるな。
ガアァァァァアア!!
仲間の死を感じたのか、激高したアーマーウルフが素早く少女に攻撃を仕掛ける。
少女はそれを難なくかわして、前足に拳をあわせて弾く。
3mを超えるウルフが、宙に舞い、少女に襲いかかる。
少女はカウンターを一閃。 前に出る力を殺されたウルフの体が、ふわりと浮いてから地に落ちる。
もう、折れた剣などどうでもいい。
なんだこの少女は。なんだあの力は。 この状況はなんなんだ!
いや、それよりも今は残りのホーンウルフの殲滅が先だ、足よ動け!