魔獣と騎士
この日、アンナはいつものように依頼を受けたゼマスという村人の家に向かっていた。
依頼者は木こりだが、森の中で運悪く大型の獣に出くわし、そう軽くはないケガを負っていた。
また、妻が妊娠しており、水くみができない為、教会を通して、アンナに手伝いを依頼したのだった。
「嬢ちゃん、すまんな。助かるよ。」
「アンナちゃん、ありがとうね。」
「いえ、困っているときはお互い様です。それに確かゼマスさん、昨年の冬、少なくない薪を教会に届けてくださいましたよね?」
「ああ、覚えててくれたのか。」
「はい。おかげで弟妹たちが凍えずにすみました。」
「じゃあ、オレもはやくケガを治して、また薪でも届けなきゃな!」
「はい、その際はお願いします。早くよくなると良いですね。」
微笑み合うアンナと木こりの夫婦。アンナも瓶に水呼びで水を流していると、不意に木こりの主人がつぶやいた。
「だが、そんなに森の奥深くではなかったんだがな。運が悪かったんだな。」
「熊だったんですか?」
「ああ、黒革熊ってやつだと思う。普通は森や山の奥で縄張りを作ってるんだ。あんな森の浅いところに出てくるなんて、めったにない。
そういや嬢ちゃん、たしか森近くで訓練してるんだろ?」
「ななな、なんでそれを。」
「いや、みんな知ってるぞ?」
村からもそれほど離れていない場所で、木剣で主に木に打ち込んでいるのだ。
カンカン、カンカンと小気味よい音を断続的に響かせて。
それは村に出入りする人間には、バレバレであった。
し、しまったぁ。
シスターにバレたら、外出禁止されるかも…。
「あの、シスターにはくれぐれも内緒でお願いします。」
「へ?あ、ああ分かった。」
たぶん知ってるぞ、という言葉を木こりは飲み込んだ。
数刻後、水くみを終えたアンナは、木こりの家からの帰りに、村の中央付近に人が集まっているのを見かけた。
「あの、何かあったんですか?」
「ん?ああ、アンナか。カルンとこの若いのが二人、おとといから戻ってないんだ。だから、捜索隊を作って、探しに行くとこなんだ。」
「カルンさんて、あの木こりの兄弟が、ですか。」
「ああそうだ。まぁ、無事とは思うが、この前ゼマスも獣に出くわして、ケガをしたからな。」
「そうなんですね。すいません、お邪魔しました。」
カルンさん一家も木こりで、冬になるとゼマスさん同様に薪を持ってきてくれるし、三つ子の兄弟がいて、よく孤児の弟妹の相手をしてくれていた。いやな話を聞いてしまった。
アンナが教会に戻り、ゼマスさんの状況や、カルン兄弟のことをシスターに話していると、村の自警団の人が訪ねてきた。
「シスター、落ち着いて聞いてくれ。村はずれの森だが、どうやらホーンウルフの群れが出たらしい。」
「え、魔獣ですか!?」
「ああそうだ。少なくとも10匹以上の群れだ。今、自警団の若いのを領主様の屋敷に向かわせてるが、教会でも外出を控えるのと、戸締まりをきちんとしておいてくれ。」
「分かりました。アンナ、子供たちに伝えてください。」
「はいシスター。」
ホーンウルフはオオカミの額に角が生えた外見をしているの魔獣で、通常のオオカミよりも知能が高く獰猛で、獣も人も関係なく襲う、恐ろしい魔獣。それが群れで、村の近くに現れた。とんでもない事態だ。
アンナが孤児の子供たちに外が危険であることを伝え、一緒に部屋で遊んでいると、また誰かが教会へ訪ねてきた。シスターの元へ向かうと、来客は先ほどの自警団の人で、領主の騎士隊が応援に向かって来ているとのことだった。
騎士!騎士隊!!
わ、わたしの将来像!
村人のケガや行方不明、魔獣の出没など、暗くなる話題ばかりだったが、騎士が来るとなると話が違う。
不謹慎ではあるが、独自の剣の訓練で行き詰まりを感じていたアンナにとって、それは朗報であった。
騎士の実戦が見られるかもしれない!
翌日の昼近くに村に領主の騎士隊20名ほどが到着した。
早速、村の自警団数名が案内と荷物持ちに名乗りを上げ、20数名の一団が村はずれの森へ出立した。
そして、その一団を追う、小さな人影…。