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軌道獣車に運ばれて


 まさか異世界で鉄道の旅をすることになるとは思わなかった。鉄道と言っても電車ではなく、軌道獣車という、元世界で言うところの馬車鉄道をスケールアップしたような交通機関だ。

 乗り心地はいまいちだが、三両の客車を引っ張る巨大なアルマジロの様な怪物はかっこいい。


「いい景色ですねー」


 車窓に張り付いて、流れゆく風景を見ていたひよこが振り返る。

 その姿は、白いノースリーブのワンピースにサンダルという、二ヶ月ほど気が早い夏の装いだ。

 鳥の子色の長いポニーテールをまとめる特大の赤いリボンは、まるでウサギの頭部に搭載されているレーダーアンテナの様に見える。


 これは地下の神が、ひよこが列車から追い出されないようにするため用意したものだ。

 あたり前と言ったらあたり前だが、ひよこの普段着(水着)だと乗車をお断りされてしまう。というか、鉄道自体お金持ちの移動手段であるため、乗るときの恰好には少し気を使う必要があった。かくいう俺も普段着崩している制服を、入学案内パンフレットレベルで着用している。

 そして……


「ま、まだ目的地にはつかないのか? 私はいつまでこうしていればいいのだ」

「マナさん、普通に座ったらどうですか?」

「そんな事をしたら、恐ろしい速さで流れる外の景色が目に入ってしまうではないか!」 


 マナさんは普段と変わらない軽装の鎧姿だが、コンパートメント内の向かい合った椅子の間で、目じりに涙を浮かべながら、ひざを抱えて丸くなっていた。

 何を隠そう、この王国で1,2の剣の腕を持つ美人女聖騎士様は、乗り物全般が苦手なのだ。出発駅のある王都までの馬車の中でも、うつむいたまま一言も発しなかったくらいである。


「ううっ、いっそ殺してくれ」


 その台詞は悪党に捕まった時までとっておいてほしかった。


「それじゃあ、乗務員の人にどのくらいで到着するか聞いてきますね」

「あ、私も行きます」


 俺がひよこと一緒にコンパートメントを出ようとしたところ、ズボンのすそをつかまれた。


「マナさん?」

「ひとりにしないで……」


 恐怖のあまりキャラ崩壊していらっしゃる。


「はわー、普段強気な人が見せるこういった一面は破壊力抜群ですね。私の文明が開化しそうです」


 ひよこの文明は早く衰退した方がいい。


「そうだ、乗務員の人には私が聞いてきますので、預言者さんはここにいてあげてください。扉は私が入れるだけ開けといてくださいね」


 そう言い残すと、ひよこはふわふわと廊下の奥へと飛んで行った。


「閉まってたら察しますので」


 なんか戻ってきた。


「閉めないから」

「それで誰が得するんですか?」



 廊下側の窓に映る景色は青々とした木々。

 車内には絶え間ない走行音だけが響いている。


 とりあえず、ひよこを外に押し出して、扉を閉めておいた。

 扉は軽くたたいても音が出るし、大きなガラス窓が付いているので戻ってきたら気付くだろう。


 俺が座席に戻ると、マナさんはようやくつかんでいたズボンのすそを離して……くれると思ったのだが、そんなことは無かった。

 大丈夫ですか、と手を伸ばしたら今度はその手を両手でつかまれた。わずかに震えている。


「そんなに辛いのなら」

「あ、安心しろ、お前達の道中は私が守ってやると決めたのだからな! な!」


 たいへん良くがんばっていらっしゃるので、このままにしておくことにする。

 しばらくして、マナさんが口を開いた。


「預言者よ、その、言いにくいのだが……」

「なんですか?」

「さっきから顔が近いのは、その」

「それはマナさんが俺の手を全力で引っ張るからです」


 ちぎれそうです。


「ああっ、すまん! 気付かなかった」



 ようやく解放された俺が顔を上げると、扉の窓ガラス越しに両手で顔を隠すようにして、こちらを覗うひよこが見えた。

 ジェスチャーで何かを伝えようとしている。何だろう。


 両腕を頭上で交差させてバツを作っている。ちがうって事だろうか。

 マナさんを指さして、抱きしめる動作。そして、何だろう? 何かを振り上げて……首元にガッ!


「サスペンスか!」


 両腕で作られるマル。



「というわけで、もうすぐ駅に着くそうです」

「ほんとか!」


 ひよこの報告で、マナさんに笑顔が戻った。

 言われてみれば列車は緩やかに減速を始めている。


「その駅に到着後、今の区間と同じくらい走れば目的の駅に着くそうですよ」

「なっ……そんなぁ」

「大丈夫です。マナさんは私が守ってあげますので」

「うぅっ」


 マナさんにぎゅっと抱きしめられるひよこ。そのちいさな右腕で作られる、ギブアップのジェスチャー。

 守護者役と被害者役がそれぞれ逆になっているのはさておき、なんとかしないと。


「マナさん、もう一駅耐えられそうですか?」

「うぅ……もうむり、しんじゃう」


 なんだろう。少し、ひよこの言う文明開化がわかった気がした。




 そこは、駅と言うよりは、街道に作られた給水所といった感じの場所だった。

 ホームは存在せず、乗り降りは車両の出入り口に取り付けられた折り畳み階段で行う。

 近くにある小さな風車小屋が、停車場所の目印を兼ねた駅舎のようだ。そこから出てきた駅員が、転がしてきたタルの中に入った水を、ここまで客車を引いてきたアルマジロの様な怪物に与えている。

 ここで降りる乗客は、俺たちだけのようだった。


「本当にすまない」

「気にしないでください。マナさんにはいつもお世話になっていますので」


 申し訳なさそうに頭を下げるマナさん。その頭の上でうつ伏せになり、ぐったりしているひよこ。

 未知の魔物退治は明日の予定だし、今日はとりあえず目的地の町まで移動すればいいだけだ。一駅くらい徒歩で何とかなるだろう。

 そんなことを考えていると、後ろの方の車両から1人の客が乗務員に放り出されるのが見えた。


「うぎゃっ! ま、まって下さいー」


 頭に狼っぽい獣耳を生やした小さな少女だ。

 単純に獣耳自体珍しいが、暗色の洋装に鮮やかな和風の羽織を組み合わせるセンスが、明らかにこの国の人間とは違う事が分かる。


「せめてあと一駅、あと一駅だけでも!」

「乗車券を再購入後、次の列車をご利用ください」


 乗務員は少女の頼みを冷たく却下すると、車内にいたもう一人の乗務員と駆け付けた駅員と共に、少女の物と思われる、まるで棺桶に取っ手と肩紐が付いたような巨大な荷物を三人がかりで車外へ放り出す。

 荷物が着地した衝撃が、少し離れたここまで地面を伝い足に響く。何が入っているのだろう。


 速度を上げつつ駅を後にする軌道獣車を悲しげな眼で見送った少女は、自分の荷物の前でぺたりと座り込んだままうなだれた。

 一部始終を見ていたマナさんは、そこまでして列車に乗りたいだなんて、変わった人もいるものだとつぶやき、少女の方へと歩いていく。


「こんな時、困っている人のところにすぐ助けに行けるところが、マナさんの良いところですよね」

「そうだな。ていうか、ひよこはもう大丈夫なのか?」

「ええ、下に水着を着ていましたので」


 目的地に海はない。


 とりあえず、復活したひよこと共にマナさんの後を追うことにした。


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