ひよこの笑顔
これは呪いだ。
洞窟の天上が崩れる直前に、ひよこが石を投げてきたのは偶然ではない。
預言者と仲良くできなければ安全が失われる呪いを、意図的に発動するために行なったのだ。
ひよこはかしこい、しっかりと状況を見ているし、なにより地下の神の力についてよく理解している。それでも……
「こうするしかなかったのか?」
積み重なった土と岩は、問いかけを飲み込んだまま、何も答えない。
実はうまいぐあいに岩が重なって、もしくは何らかの魔法で、二人は生きている。そんな可能性があってもいいと考えた時、背後で物音がした。
「ひよこ!」
「んぅ……え? 何? 暗っ、ここどこ!?」
ああ、フアルミリアムだ。すっかり忘れていた。
「ええと、あった。
魔法はこのペンダントにあり、刻まれた星は役割を思い出す」
ぼんやりとした白い光が、フアルミリアムの胸元のペンダントから放たれる。
「フアルミリアムの魔法って、呪文が短いんだな」
「まあね。私は預言者である以前に魔術師だから、その辺の素人とは出来が違うのよ」
だが、五芒星の刻まれたペンダントの光は、ホタルみたいにゆったりと点滅を繰り返している。正直頼りない。
「こっ、これは変光星なのよ! そんな事より、ひよこと聖騎士さんを助け出すんでしょ!」
そう言うとフアルミリアムは、どこに隠し持っていたのか、例のどんな装甲も一突きで貫くスコップを取り出す。銀色の刃が光を受けて鈍く輝いた。
スコップは計算したかのように、正面の壁にきれいな円形の穴を開けながら、少しずつトンネルを形成する。
穴を開けたときに出てきた土は、ベルトコンベアのように動く地面に乗って、洞窟の外に運び出されていく。これはフアルミリアムが登山時に使用した、歩かずとも山頂まで導かれる山の魔法だ。
途中、上部の砂が掘ったそばからトンネル内にひたすら崩れ込んできた時には、怒りに任せて山ごと吹き飛ばそうとしたフアルミリアムを止め、壁面を固めながら進めた方が良いなどのアドバイスをしつつ、チートと魔法の世界とは思えないほど地味な作業を進めた。
「お?」
「見つけたか?」
「ふふーん。私にかかれば、このくらい余裕よ!」
全身土まみれになりながらも誇らしげな笑顔を浮かべるフアルミリアムは、トンネルの壁側に一歩移動する。
その先に見えたのは、ひっくり返した金属製のザルの様な半球体だった。中からマナさんとひよこがこちらを覗いている。
二人を包む半球は、マナさんの魔法合金製ロングソードが変形した姿だった。細かい六角形を組み合わせた構造の網目がかっこいい。
魔法合金は、その中に練りこまれた魔法が短いキーワードのみで発動し、形状を変化させる。おかげで、天井が崩れた時にも素早く展開できたのだろう。
マナさんから聞かされすぎてすっかり忘れていたが、これは魔法合金にとって重要な性質の一つだった。
「二人とも無事で良かった」
「待っていたぞ。ひよこの言った通りだ」
「ひよこの?」
マナさんの肩から頭だけ覗かせていたひよこが話を振られて、さっと隠れた。
どうやらひよこは、俺と違って魔法合金の性質と剣の機能をしっかりと覚えており、フアルミリアムのスコップによる脱出も計算に入れた上で、例の呪いを発動させていたらしい。
「そうだったのか、それは……」
言いかけたところで、トンネルの天井から砂がこぼれてきた。
「とりあえずここから出ましょう。フアルミリアムの魔法は出来が違うので、トンネルの固定具合が活動的なんですよ」
「ちょっと、今私の魔法バカにしたでしょ!?」
頬をふくらませるフアルミリアムを回れ右させてトンネルを出る。
後ろから魔法合金製ロングソードの変形を解除したマナさんとひよこが続く。
言うまでもないが、大幼虫は洞窟が崩れた際に不可逆圧縮されており、俺たちは二匹目の三大魔物討伐に成功していた。
カノ山の洞窟を出ると、まぶしい日差しにおもわず目を細めてしまう。
やっと終わったのだと思うと、両足の筋肉痛がじわじわと自己アピールを始めてきた。
「さて、山頂に置いてきた荷物を取りに行くか!」
マナさん! どうか、それだけは勘弁してください!
そんな俺の思いが通じたのか、フアルミリアムが疲れ知らずのマナさんに提案した。
「よかったら、私が山の魔法でとってきますよ」
「そうか、それは助かる」
やはりフアルミリアムは天使だった。
全身土まみれだが、それはきっと畑から収穫したての天使だからに違いない。
「あの……預言者さん」
背後から呼ばれて振り返ると、申し訳なさそうな顔をしたひよこがいた。
「すみません。祝福の関係上仕方がなかったとはいえ、ひどい事を言ってしまいました」
「いや、俺の方こそ。せっかくひよこがいい作戦を立てていたのに、混乱してすぐに対応できなかった。言った通りひよこは完璧だったのに、信じ切れてなかったんだ。ごめんな」
「ええっ!? それは何も問題ないですよっ!」
!?
「問題ないのか?」
「はい。だって、探偵の相棒は正解にたどり着かないところがいいんですから!」
「……まあ、ひよこがそれでいいなら、いいけど」
ブレないひよこのミステリ路線。
俺が混乱するであろうことも踏まえた上での作戦だったのか。
でも、ある意味信用されていた事は、喜んでいいのかもしれない。
「それにしても、自分にかけられた呪いを使おうだなんてよく思いついたな。俺なら逆の立場でも、怖くてできないな」
「大丈夫ですよ預言者さん。これは私たちに害をなす呪いなどではなく、道を切り開くための祝福なのですから」
その考え方は、何と言ったらいいのだろうか。
「かっこいいな」
「そうでしょう、そうでしょう。この祝福には他にもいいところがあるんですよ」
「へえ」
「自分が祝福を使って、相手が本心では嫌っているのに、安全を人質に好意的なリアクションをとらせている。と想像して愉しむことができます!」
ん?
ひよこは、いい笑顔だった。
初めて会った時から見せていた、この笑顔の背後に存在していたものの一端が見えた気がした。
見えなきゃよかったのに。
「ポイントは相手を支配していながら、きっちりと裏切られているというところですよ! 大変良いと思いませんか?」
ひよこは、喜んでいるのか困っているのか判断の付かない表情で、遠い世界の解説をしている。
俺には何を言っているのか全く分からなかったが、異世界の中にも異世界はあるという事はわかった。
後ろを見ると、マナさんとフアルミリアムが山の魔法で取り寄せた荷物を確認しているところだった。二人ともこっちに気付いて手を振っている。
ひよこは俺の前に回り込むと、さっきのとはやや違う穏やかな笑顔で言った。
「行きましょうか」
「そうだな」
心地よい風が山肌をなでていた。