敵知らず己も知らず負け知らず
「魔法は私の拳となる。
魔法はこの岩にあり、敵を打ち倒す!」
フアルミリアムは、空に向かい拳を突き上げる。
すぐ横にあった教卓くらいの大きさの岩が、魔法で打ち上げられた。
が、岩は空を飛ぶ巨大な芋虫の様な魔物には当たらず、元あった場所に落下し、その衝撃で横にいたフアルミリアムを吹き飛ばした。
「あれは、大幼虫! 三大魔物の一匹です。聞くところによると、王国南部の草原を食い尽くして砂漠に変えたのだとか」
「なんだと!」
なにやらひよことマナさんは盛り上がっているようだが、俺は駆け足登山の疲労で声も出ない。
「王国南部の草原を砂漠に変えたのは、土壌改良の失敗が原因ではなかったのか!?」
正直どうでもいいし、少しくらいフアルミリアムを心配してやって欲しい。
俺はもうダメだ。
フアルミリアムを追いかけること二時間少々(時計が無いので体感)、なんとか追いついた俺たちは、カノ山の頂上にいた。
最初はすぐに追いつけると思っていたのだが、どうもフアルミリアムは山の魔法を使ったらしく、物理的登山で追いつくことはできなかった。
最近だんだんわかってきたのだが、この世界の魔法と言うのは、物事に対する魔法的見解を実現するものらしい。
ひよこが羽ばたきもせず空を飛んでいるのは、魔法があるからで、魔法は空にあって、その魔法で空は天を支えており、ひよこもその魔法に便乗して支えてもらっている。逆にいえば、天が落ちてこないなら、ひよこも落ちないのだ。
あとは、魔法には適性というものがあるらしく、使い手は扱う魔法の適性を持っていなければ使えない。
おかげで、山の魔法の適性を持っていなかった俺たちは、エスカレーターを横目に階段を上るような事になったのだ。
仮に適性があったとしても、その力を十分に発揮できるかどうかも、これまた個人差があるので、どうなっていたかはわからない。
「随分と苦戦しているようだな。助太刀に来たぞ!」
マナさんは、転がっていたフアルミリアムを抱き起こすと、大幼虫に向かって魔法合金製のロングソードを抜いた。
ロングソードではない。魔法合金製のロングソードだ。これはすごく重要な事なので、王都でマナさんから繰り返し聞かされた。
聞かされすぎて、何が重要だったのか思い出せないくらいだ。
ちなみに俺が持っている魔法の両手鍋も、王都でマナさんが選んだ魔法合金製だ。
「聖騎士さん、どうして!?」
「昼食の礼だ。それと……」
マナさんがこちらに視線を向ける。
これですね。俺は背負っていた鞄を地面に置いて、例のスコップを取り出して見せた。
「え? うそっ!? それって、私の」
慌てて自分の服をぱたぱた触って、装備を確認するフアルミリアム。
「無くて困っているだろうと思ってな、持って来たのだ」
「あぁぁ、すみません。すみません!」
フアルミリアムはマナさんに頭を下げてから、こちらに駆け寄ってきた。俺は例のスコップを手渡す。
「あ、ありがと」
「いいよ、前の時も天上の神のアイテムに助けられたし。今度のもすごいやつなんだろ?」
「そうよ! これは天上の神の武器で、どんな装甲も一突きで貫くスコップなんだから!」
そう言ったフアルミリアムは、近くにあった大きめの石にスコップを突き立てる。
バンッ! と音を立てて石は破裂し、細かな砂に変わった。さすが神アイテム、完全にチート武器だった。
「すごいを通り越していっそ怖いな」
「でしょ! この討伐は私にしか務まらないんだから!」
フアルミリアムは誇らしげだ。
ひよこは粉々になった石だったものを触りながら、フアルミリアムに疑問を投げた。
「それで、どうやってあの大幼虫を倒すのですか?」
大幼虫は、山の上空、それも結構な高さをうにょうにょと飛んでいて、下りてくる気配はない。
マナさんも勢いよく抜いたものの振り下ろす機会を失った剣を鞘にしまって、こちらに歩いてきた。
三方向からの期待に囲まれたフアルミリアムは、バンザイのポーズで叫ぶ。
「そ、そんなの、魔法で撃ち落とすしかないじゃない!」
「落ちませんでしたよね」
「はぁ? 何言ってんのよ、落ちるまで撃てば落ちるでしょ!」
この、何も間違っていないが、明らかに間違った作戦は決行された。
結果、時間とカノ山の標高とフアルミリアムの信用を削ったが、大幼虫の体力を削るには至らなかった。
そもそも大幼虫は頑丈だったので、少々勢いのついた岩の一つや二つや三つや四つが当たったところで、ビクともしない。
援護攻撃として魔法銃も使ってみたが、大車輪の時と同じで、撃ち出した魔法は硬い皮膚に弾き飛ばされてしまった。
「せめて地上に下りてきてくれれば、この魔法合金の刃でダメージを与えられるのに」
「ご心配なく聖騎士さん。地上に下りてきた際には、まず私がこのスコップで粉々にしますので」
だめだこの人たち、大幼虫の自主性に期待し始めている。
何か他にいい考えが……そうだ。
「ひよこにスコップを持たせて、大幼虫のとこまで飛んでもらえばいいんじゃないか?」
「それは無理よ」
フアルミリアムは俺のアイデアをあっさり却下した。
スコップには、天上の神の使い以外には使用できないよう、制限がかけられていたのだ。
天上の神は、以前、フアルミリアムに渡した神の道具を、赤の他人に勝手に使われた事を気にしており、その対策として今回のような制限を設けたのだとか。
「もしかして、俺らのせいなのか?」
ちらりと横を見ると、ひよこはすました顔で言った。
「気にしないでください預言者さん。私あんなに高く飛べませんので、どっちにしろ無理です」
よかった。どっちにしろ無理だった。
いや、全然よくない。
見上げれば、大幼虫は相変わらず空中を漂っており、その下では、どうにも行き詰まった空気だけが漂っている。
こうなったら俺が、例のスキルで何とかするしかない。
俺は前に出ると、右手を上空の大幼虫へと向け、スキルを開放した。
「すごスキル!」
ださい。そして、何も起こらない。
マナさんとフアルミリアムがこちらを見ている。俺も右手と大幼虫を交互に見ている。
ひよこが不思議そうな目でこちらを見ながら言った。
「預言者さん、今日のスキルはもう洞窟で使いましたよ」
「えっ?」
「え?」
いやいやいや、待って。何? 今日の?
今日のわんこ?
「ねぇ、マナさん」
「ああ、確かに使ったな。そうか、あの技は一日一回しか使えないのか」
俺も今初めて知った。
思い返してみても、地下の神からそんな話は聞いた覚えがない。たぶん。
うわあ、フアルミリアムがすっごい残念なものを見るような目で見てるし。
「なにそれ、ださ……」
「グハッ!」
本日最大最強の呪文に魂を打ち砕かれた俺は、目の前が真っ暗になった。




