引き上げましょう
青い空に、まぶしい朝日。
遠くに散らかる白い雲を流さない、冷たい風。
そして、わずかに積雪が残る砂漠に、ぽつんとたたずむ元戦闘砂行船のシルエット。
夜明けとともに魔法はとけてなくなったが、残ったものはどうなるのだろう。
オアシスの町の入口にある大きな岩の上に腰掛けて、ぼうっと眺める。
地下の神は、神界の会議に呼び出されているらしく、連絡がつかない。
理由は何となくわかるので、この件には触れないでおく。
岩の下ではフアルミリアムが、いつもの大きさに戻ったひよこを、追いかけまわしている。抜け駆けした上に、取り返すように言われていた、神界の道具を処分してしまった事にご立腹なようだ。
同じく元の大きさに戻ったマナさんが、止めに入る。おお、フアルミリアムが持ち上げられた。
「んー……はぅ。あれ? まだヘビを食べていないのですか?」
「おはよう、かるかん」
かるかんが、俺の座っている横に置いてあったギターから、眠そうな目をこすりつつ出てきた。作戦完了まで歌とギターと魔法を使い続け、夜明けと同時に倒れたので、ギターの中に放り込んでおいたのだ。
ちなみに、かるかんにもらったヘビは、俺の命の恩人なので、逃がしてやるつもりだ。
「なるほど、そうなりましたか。まだ見ぬ目的地と言うものは、得てして想像とは少し違うものなのかもしれません。その差異こそが幻の正体なのだと、かるかんは思うようになりました」
そう言ってかるかんは、招き猫のポーズをとった。今までで一番いい顔だった。
「そのヘビは、かるかんが逃がしましょう」
「食べるなよ」
俺が自分の首に巻いていたヘビを外すと、かるかんは俺を見上げて「あっ」と、小さな声を上げた。
「どうした?」
「いえ、やっぱり、もう少しだけヘビを首に巻いてあげてください。ヘビもそうしてほしいと、考えているはずです」
どうしたのだろう?
そういえば、ひよこも同じような事を言っていた。
確か、スナソースの宝物庫でひよこに呪いをかけられた時……
「これで完成です。千年ぶりにしてはいい出来だと思います」
ひよこの呪いかけは、本人が言っていた通り、すぐに終わった。
俺は、可能な範囲で協力すると言った手前、断るわけにもいかず、大人しく呪いをかけられた。といっても、椅子に座って首をつかまれていただけで、何もしていないのだが。
「これは一体、どういう呪いなんだ?」
「えーと、一つ目はですね」
複数!?
にこやかに解説するひよこの話をまとめると、かけられた呪いは二つ。次にかけた呪いがとけなくなる呪いと、直前にかけた呪いがとけなくなる呪い。二つ続けたせいで、解除不能である。
「預言者さんの呪い許容量いっぱいにかけておきましたので、もう呪いをかけられる隙間は残ってませんよ」
「あーそうかそうか……ん? それ、実質呪い避けじゃないか」
「はい。これで、預言者さんを元の世界に帰すことができます」
元の世界に帰れるのか?
地下の神は全く帰してくれる気配を見せないから、すっかりあきらめていた。
でも、俺が元の世界に帰る事と、呪いに何の関係が?
ひよこは説明を続ける。
「預言者さんは、元の世界や自分に関する情報が、説明できない状態じゃないですか」
「そうだな」
自分の名前はもちろん、家族構成や友人関係、クラスメイトの顔も出てこない。
ただ、歴史の教科書に載っていた人物の顔なら思い浮かぶ。基準が謎だ。
学校成績に関しては説明できるけど、何組に所属していたかは説明できない。
ど忘れした時のようなもやもやは無く、むしろ今の状態が普通のようにさえ感じる。
ひよこは、改めて自身の状況を思い返す俺を、まっすぐ指さして言った。
「つまり、元の世界で呪いを受ける可能性があるという事です」
嫌な世界だなあ。
ひよこは地下の神に、俺を元の世界に帰しても大丈夫か、見極めるように言われていたらしい。
この大丈夫かというのは、再召喚に応じるかと言う意味だ。強制召喚だと余計に力を消耗するので、切実な問題なのだとか。
そしてひよこは、どういう理屈なのかはわからないが、俺が呪いを受ける可能性があるうちは、帰せないと考えていたそうだ。
というか、また召喚されるのか。
まあ、次の事は次になってから考えるとして、まずは現状から手を付けていこう。
「なあひよこ、終わったのなら、首から手を離してほしいんだけど」
「ああ、すみません。こうしていると意外と落ち着くもので、つい」
やっと俺の首からひよこの手が離れた。自然と出るため息。やや肌寒く感じる。
ひよこは温まった両手を自分の頬に当てて、幸せそうな表情を浮かべている。橙色の照明を浴びているからだろうか、顔が赤くなっているようにも見える。
「私が呪いをかけるときは、相手に触れてさえいればいいのです。でも今回は、あえて事件性が高い感じにしてみて、正解でしたぁ~。何してもいいって言ってくれた、預言者さんのおかげです」
そんな事言ってない。
ひよこは俺のひざの上からおりて、貸していた制服の上着を俺に返すと、大きく伸びをして言った。
「さて、そろそろ夜明けになります。妖精の体に中身を詰め直して、着替えますね」
「そうか、じゃあ外で待ってるな」
宝物庫を出ようとした俺を、ひよこが引き留める。
「待ってください、預言者さん。外はまだ冷えているでしょうから、このヘビを巻いていって下さい」
おお、忘れていた。
かるかんにもらったヘビを魔法で手元に引き寄せ、俺の首に巻きつけるひよこ。
ヘビは、ほとんどダメージを受けていなかったらしく、元気だった。
……といった感じで、普通に受け取っていたが、良く考えたらこれって。
「死闘の跡を見せる事なく、毒光線で瞬殺したという部下達の話を肯定する姿勢。砂賊のボスの心意気と言うものなのでしょうか。かるかんは大切にしたいと思います」
やっぱり、つかんだ跡を隠されただけだった。
かるかんはバロハニがやったものだと思っているようだが、真犯人はひよこだ。
というか、毒光線って、何言ってんだ砂漠ネコは。
などと考えていたら、一匹の砂漠ネコが、俺たちの座っている大きな岩の上に飛び乗ってきた。
砂漠ネコは俺に一礼すると、かるかんに向き直った。
どうやら、砂の神の移動式神殿となったスナソースの出発準備ができたそうだ。
これで、かるかんや砂漠ネコたち、砂の神の使いの新たな旅が始まる。
俺はひよこたちを呼んで、かるかんをスナソースまで送ることにした。
到着。
スナソースの甲板から垂らされた縄ばしごが、風に揺れている。
砂漠ネコは、はしごに頼らず、船の側面に爪をたてて登っていく。ワイルドだ。
かるかんはギターを手に、こちらを振り返って、俺に再び会う事はあるかと尋ねてきた。
俺は、どうだろうなと答え、隣にいたフアルミリアムに肯定しろと怒られた。
くすりと笑ったかるかんは、一度だけ、ギターを鳴らして言った。
「では、かるかんが会いに行きますね」
「そうか。あー、その船では来ないように。うちの庭狭いから」
「なるほど……考えておきます」
その答え方だと、来るかもしれない。
かるかんはふわりと飛んで、スナソース甲板へと上がって行く。はしごは飾り。
俺たちは、その場から離れた。
砂漠ネコの合図で、スナソースが動力炉を始動、魔法で周囲の地面が海化し、ぐらりと揺れる船体。舵に合わせて魔法で向きを変えた風が、整列した白い帆を膨らませる。
「それでは、私たちも引き上げましょう」
ひよこに促されて、遠ざかるスナソースから聞こえる歌声を背に、俺たちも帰路につく。
吹き込んでくる風は、いつの間にか暖かさを取り戻していた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
最後から読んでいただけた方もありがとうございます(私もよくやります)




