過去と呪いと回る寿司
未知の魔物とは、地下の神の力を授かった使いが、役割を失った状態。
未知の魔物退治とは、地下の神の力を回収する任務。
未知の魔物退治を行うのは、特別な地下の神の力を扱う事が可能な、この世界に楔がなく、本質を説明できないもの。
与えられた役割を除く本質を失った、改造異世界人である、俺がそうらしい。
正直、よくわからない。
とりあえず、今一番知っておきたいことを、ひよこに聞いてみる。
「どうしてひよこは、未知の魔物になったんだ?」
「ひよこは呪われているものなのですよ。呪いがなければ、ひよこという役割は果たせないのです」
呪いが本体。
「なんでひよこがやたらと呪いを受けているのか、聞いてもいいか?」
「構いませんよ。ちょうど地下の神の目もない事ですし」
ひよこはこちらに背を向けて、入口の扉の上を見つめるようにして言った。
「地下の神と戦って敗れたからです」
照明が出す橙色の光を受けて、ひよこの複雑でカラフルな影が、左右に兵隊を、その間に城と思われる形を作り上げる。
そこは、かつて存在した七年帝国帝都。魔界と神界相手に戦争を仕掛けた七年帝国は、滅亡の時を迎えていた。
神界の軍と魔界の軍は、大陸の東西から反攻作戦を進め、ついに帝国議事堂前広場で相対する。
ひよこの影の兵隊がぶつかった。
「はい、どーん。神界の軍が勝ちました。帝国も滅びました」
「雑っ!?」
こうして七年帝国は滅び、人界に押し寄せた異世界の者たちも引き上げた。三つの世界をひたすらに疲れさせた戦争が、終わったのだ。
しかし、最前線で神界の軍を率いた地下の神は、最後の戦いで大きな損失を受けてしまった。配下は全滅。自身も多くの力を失った。
地下の神は、今後書き換わる天界の勢力図から取り残されないために、魔界の軍を率いた代表を配下に組み込むことにした。死にゆく代表たる魔物の魂をつかみ、残り火が燃える広場に生まれる、妖精として作り変えたのだ。
妖精は敵対者であったので、地下の神の忠実な配下にするには、多くの呪いが必要となった。
結果、地下の神は呪いのかけ過ぎで余計に力を失い、せっかく配下にした妖精は呪いで十分な力が発揮できないという、何もしない方がマシのようにも思える状態になってしまったらしい。
「誰も得してないな」
「いえ、天上の神は得しましたよ。七年帝国皇帝に自身と同等の力を与えていた、当時の主神。それを討ち倒して、皇帝の力を失わせた功績で、神界の新たな主神になれたんですから。あとは、戦いの神ですかね」
戦いの神は、当時神界で二番目に強い軍勢を持っていたので、地下の神の転落後、繰り上げで一番になれたのだ。ちなみに、持つ者は決して敗北しなくなる剣は、戦いの神が戦勝記念の品として人界に残したものらしい。
そんなこんなで地下の神は、天上の神と戦いの神を嫌っている。今回の任務でひよこの提案に乗り気だったのは、天上の神の邪魔ができる上に、戦いの神の剣を正当な理由で処分できるからだった。
「こんなところですかね」
ひよこは振り返り、複雑でカラフルな影をゆらしながら、こちらによって来た。
「預言者さんはどうしますか? そのスキルは、未知の魔物を片づけるために、地下の神が使用回数を増やしたのでしょう?」
ひよこの歩幅であと一歩の距離。少しだけ見上げるような目。
「どうもしないな。俺にとってのひよこは、目の前にいるひよこだから」
「本当にそう思いますか?」
ちらりと向けたひよこの視線をたどると、真っ二つに割れたデスクの天板があった。
「ああ、ひよこは怒ると机をたたく癖があるんだ」
「そんなにたたいてませんよ!?」
そう言いながら、俺の肩をぺしぺし叩くのはやめてほしい。
「それに、あれだ。影がちょっと変な形をしていたり、妙にかわいく見えたりするけど。基本的にひよこじゃないか。水着だし」
「かわいいのは元からです」
「じゃあ、かわいいひよこにプレゼントだ」
俺は、持っていた砂時計を手渡す。ひよこは両手でそっと受け取った。
「私は預言者さんと違って、祝福が無いと仲良くできないので、これを持って逃げ出すかもしれませんよ」
「いいんじゃないか?」
「よくないです! スキルを持っていながら、私を見逃すなんて。地下の神に呪われますよ!」
なぜか怒られた。しかも、
「いいですか? こんなものに頼らなくても、地下の神を倒す計画は考えてあるんです。今それを数百年早めたところで、計画には存在しない犠牲者が一人増えるだけですから。預言者さんは、気をつかわなくても大丈夫です」
すごく安心できない情報を聞かされた。
というか、それならそれで俺に何も言わず黙っていたら良かったのに。
……共有しておきたい事だったのだろうか。
もし、犯行計画を打ち明けられるくらいに、近しい存在だと思われているのだとしたら。どうなのだろう?
ひよこは、自分の影の中から伸びてきた虹色の手に砂時計を渡すと、俺の横を通って、後ろにあった椅子を魔法で引き寄せた。椅子は、この宝物庫に入った時にバロハニが座っていた回転式のもので、社長室なんかに置いてそうな大きいやつだ。
「今後の方針も決まった事ですし、夜明けまでここで、普段できない事をして過ごしましょう。預言者さんが言い出したんですから、当然協力してくれますよね?」
「んー、可能な範囲でなら」
俺の回答に満足したひよこは、ぴょんと椅子に腰かけた。良いクッションなのだろう、ひよこが数回バウンドする。
「じゃあ、椅子を回してください」
「それ絶対楽しいやつだ」
「そうでしょう、そうでしょう。前から一度やってみたかったのです」
大きな背もたれを持って椅子をくるくると回すと、楽しそうなひよこの声も回る。なんだか、回転ずしに行きたくなってきた。外でワサビの話をしたせいだろうか?
そんなことを考えていたら、ひよこが椅子を降りてきた。
「次は預言者さんが座って下さい」
勧められるまま椅子に腰かけると、ひよこは椅子を回すでもなく、俺のひざの上に座ってきた。しかも、なぜかこちら向きに。俺が何をしているのか聞くよりも早く、ひよこは伸ばした両手で俺の首をつかんだ。
冷たくも暖かくもないひよこの手。わけもわからないまま、静かに時間だけが経過する。
「……ひょっとして、絞められるのか?」
「絞めませんよー。捕まえているだけです」
細く開けたひよこの目は、何か別のものを見ているのか、焦点が合っていない。
苦しかったら右手を上げて知らせてくださいと、歯医者のような注文をしてくるひよこ。
何がしたいのか全く分からない。
「今なら、私が預言者さんに悪意を向けても、私にかけられた祝福は発動しませんし、預言者さんが私を拒絶しても、預言者さんにかけられた祝福は発動しません。安心ですね」
「いや、不安しかないけど」
「大丈夫ですよ、あと半分くらいで終わりますから」
何が?
俺の疑問に、ひよこは首を傾げながら答える。
「何って、呪いをかけているだけですけど?」
「えっ……ああ、そうか」
可能な範囲。
じゃあ仕方ない、のか?
ひよこの手が、確かめるように力加減を変えてくる感触で、ひたすらに思考を鈍らせてくる。
少し苦しくなってきた。




