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バロハニの最期


 手加減なし。振り回す杖とスキルの滅多打ち。

 対処法など存在しない、説明できない位置から、説明できないタイミングで行なわれる、説明できない攻撃。

 バロハニは反撃も回避もできず、持つ者は決して敗北しなくなる剣の、自動防御で守られるだけだった。


「くそっ、なんだそれ! わけわかんねえぞ!」


 俺だってわからない。そういうスキルなのだから。

 だが、この状況をあえて言うとしたら……


「地下の神の加護だっ!」


 杖を盾に正面からの体当たりで、バロハニを突き飛ばす。

 剣をつかんだまま床を転がり、高級そうなデスクにぶつかるバロハニ。やった。

 本当はここでいい感じの決め台詞を言いたかったのだが、震えで言葉が出ず、笑うのが精一杯だった。



「……預言者さん?」


 ふいにひよこの声がした。ひよこだ。

 予想外の状況に驚きを隠せないと言った表情をしている。


「えっ、まさか一人で?」

「ああ、扉の仕掛けのせいで、逃げられなかった」


 ひよこは、今入ってきた扉の取っ手を動かして、オートロックであることに気づいた。

 俺は、来るのが遅かったから、倒してしまうところだったと、熱くなった目で訴える。


「すみません。宝物庫が境界上にあったせいで、預言者さんの位置がわからずに、時間をかけてしまいました」

「境界?」

「はい。船長室は船内の一番後ろなので、その先は外ですから、隠し扉があるなんて思いませんでした。良く見つけましたね」


 普通に忘れていた。

 というか、この部屋って別世界だったのか。どうりで神界の神様が、奪われた道具を見つけられないわけだ。


「何にせよ、ここが境界だというのは非常に好都合です。預言者さんがここまで戦えた事も含めて、まさに地下の神の……」


 そこまで言ったところで、ひよこの羽が消え、床に墜落した。


「ひよこ!?」


 ひよこは、うつ伏せになったまま動かない。

 俺は、こちらに伸びてきたバロハニの影に気づいて、頭を上げた。


「神の加護を失った気分はどうだ? こいつは仕掛けた部屋の中にある、あらゆる神の祝福を消すのさ」

「……バロハニ」


 バロハニは持っていた、おそらく神界の道具である、大きな砂時計をデスクの上に置いた。

 スキルを使えば勝てると思って、完全に油断していた。マナさんの失敗から何も学んでいない自分が愚かしい。


 俺は叫びながらバロハニに向かって駆け出すと、思いっきり杖を叩き込んだ。スキルは祝福とは違う(まだある)。あの剣の攻略法もわかっている。奴が剣を手離すまで叩き続けるだけだ!


「もう、そいつは見切った」


 信じられない言葉と共に、目の前の景色が後退した。背中に来る衝撃。床の木目。俺の体は宝物庫の扉まで蹴り飛ばされていた。

 痛みをこらえながら上体を起こして見れば、持っていた杖は真っ二つに切断され、すりこぎ棒にしか使えそうにない。


「殺気に対してカンで打ち返してやれば、普通にあたるか。くだらない技だな。正直この程度なら、今までに来た連中の方がマシだ」


 本当に見切られていた。

 スキルによって説明できなくても、そこにある以上、位置とタイミングさえ合っていれば反撃できたのだ。

 俺は壁に手をついて、何とか立ち上がる。


 声がした。


『いいえ、完全で完璧な技です。おかげで目的を達成できます』

「ひよ……」


 ひよこがいない。

 さっきまで床に倒れていたはずなのに、どこにも見当たらない。なのに、部屋中至る所にあるひよこの気配は何だ?

 それに今した音のない声は、まるで地下の神のような……


「なんだ、この声は? 早々にくたばった妖精の方か?」


 バロハニも剣をこちらに向けたまま、目を左右に動かし、デスクの上にあった、あらゆる神の祝福を消す砂時計を捉えた。

 風もないのに、かたかたと揺れている。


『まさか、私にかけられていた六十の祝福を、全て消してしまうとは思いませんでした。こんな素晴らしいものを見落とすなんて、リノもまだまだですね』


 一気に部屋が暗くなった。

 部屋を照らしていた魔法の照明光を、床に、壁に、天井にできた無数の黒い染みが吸収している。


 よく見れば、染みは全て妖精の姿をしており、


『特に、六百と六つの、祝福としてかけられた呪いまで消してしまうあたりが、大変素晴らしいと思います』


 嬉しそうに笑うひよこの音のない声と同期して、わさわさと動いていた。


 バロハニがその場で剣を振り回し、狂ったように何かを叫んでいる事がわかる。何が見えているのか。

 部屋の中は、まるでミュートをかけたテレビのように、動きがあるだけで全く音がしない。妖精のシルエットは増え続け、辺りはますます暗くなり、ついに完全な暗闇となってしまった。



『剣、邪魔ですね』


 ぱっと俺の周りだけに橙色の明かりが灯る。光源は不明。床の染みは消えていた。

 背中に何かが触れた。


「預言者さん、境界還元剤をかして下さい」


 俺が振り返ると、そこにはひよこが立っていた。

 鳥の子色の長いポニーテール。妖精らしいきれいな顔立ち。いつもと変わらない水着姿。境界でできた四枚の光る羽は消えたままで、こちらに向かってそっと差し出された右手は、五本の指で握手ができる大きさだった。


「そうか、呪いがなくなったから、人間大になっても問題ないのか」

「はい。せっかくなので水着も作ってみたんですけど、似合ってますか? って、何で預言者さんの上着を着せるんですか!」

「なんか寒そうだったから」

「私は暑さ寒さには強いのです。でも、せっかくなので、もらっておきます。えへへ……」


 かわいい。

 適当な事を言ってごまかしたけど、水着姿を直視できないくらいにかわいい。

 普通の人間なら横に並んだだけで存在感が消えるレベルの美人であるマナさんと、同じ水着姿で並んで二人とカウントできた時点で気付くべきだった。


 俺は、ひよこに着せた制服の上着のポケットに境界還元剤が入っていることを告げる。ひよこはその小さなボトルを取り出して言った。


「それでは、預言者さんはここで待っていて下さい。すぐに済ませてきます」


 何を?


「ご心配なく、順序は逆になりますが、ここには神の目が届きません。持ち主がいなくなって野放しにされていたので、任務に従い処分した事にすればいいのです」


 暗闇が、にこりと笑ったひよこの姿を飲み込む。

 俺の身体は動かず、背後から聞こえてくる、ぺたぺたと粘土を触るような音に、ただ耳を傾ける事しかできなかった。



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