悪すぎです
「大将!」「大将!」「大将ー!」
戦闘砂行船スナソースへと渡った俺たちを待っていたのは、仲間からの大将コールだった。こっそりと潜入するつもりが、完全に注目の的である。
敵砂賊の大男が、船内への入口をふさぐように、俺の前に立ちはだかった。この吹雪の中で上半身裸のファッションを維持できるなんて、只者ではない。
「お前が地下ひよこ団の頭か」
「ああ、不本意ながら」
なめられるわけにはいかないので、精一杯にらみ返す。
かるかんが作った凶悪砂賊の幻や砂漠ネコたちは、元気よく応援するだけで、助けてくれそうにない。
ロープで縛られた捕虜の敵砂賊たちが、船のすみから野次をとばす。
「いいぞ、やっちまえ!」
「ん? あれ、昼間来た神の使いじゃないか?」
「本当だ。じゃあ、あいつがこのヤバい軍団のボスなのか。そうは見えねーぞ?」
「いや、よく見ろ! あいつ首に毒蛇巻いてるぞ、やっぱりヤバい奴じゃねーか!」
こいつ毒蛇なのか?!
俺の首に巻きついていたヘビは、つぶらな瞳をこちらに向けながら頭を縦に振る。
隣にいたひよこは、食べる分には安全ですと付け加えた。
一方、大男は持っていた棍棒を投げ捨て、両手を広げると、素手でかかってくるように提案してきた。
そんな不利な勝負を受ける気はない。
俺は杖を床に置いて、代わりに積もっていた雪を集めて丸めると、魔法をかけて、さあかかってこいと笑う大男の口に投げ込んだ。
飛んできた雪玉を、かみ砕いて飲み込む大男。
直後。声にならない声を上げ、涙を流しながら甲板上を転げまわる大男。十秒と持たずに、電池が切れたように動かなくなった。
ひよこが驚いた顔で、尋ねてくる。
「今の、味付けの魔法ですよね。一体何の味にしたのですか?」
「ワサビだけど?」
わあっ、と両手で顔を覆うひよこ。
「預言者さん。いくら地下ひよこ団が世界一悪い砂賊だからと言っても、限度があります。悪すぎです」
「ええっ!?」
そういえば以前、魔法でワサビ味を再現した時に、それを口にしたひよこに泣かれて、仲良くできないと安全が失われる呪いが発動した事を思い出した。
あの時は、野犬の群れに襲われて大変だった。確か、残りのワサビを食わせて追い払ったのは覚えている。
「いや、ほら、食べ物食べさせただけだし。セーフじゃないか?」
ひよこは顔を覆ったまま、首を横に振った。
手を止めて成り行きを見守っていた両陣営の砂賊は、一部を除いて完全に引いている。
「え、毒?」
「ワサビって言ったか? 今の毒だよな」
「ワサビ怖えぇ」
「さすが俺たちの大将だ! ルール無視にも、毒の使用にも、全く迷いがなかったぜ」
まずい、俺の評判はともかく、ワサビの風評被害は阻止しなければ!
俺はすかさず、ワサビの安全性を説明し、希望者には味見の機会を与えることにする。が、希望者は一人も現れることなく、俺を避けるように船内入口までの道ができてしまった。
杖を拾ってそそくさと道を進む俺の背中に、味方からの毒蛇コールが鳴り止まない。
「世界一悪い砂賊らしい、いい通り名じゃないですか」
ひよこはご機嫌だが、何か納得いかない。
スナソース船内は、謎の動力炉から魔法を引いてきているのだろう、あちこちに無燃料照明が用意されており、思いの外明るかった。
「ここからは二手に分かれて行きましょう」
ひよこは位置が分かっている謎の動力炉へ向かい、地下の神のフォークを回収して神殿へ転送。その間に、俺は船内に隠された宝物庫を探す事になった。
ひよこの推理では、船長室辺りが怪しいとの事だ。さて、どうだろうか。
しばらく船長室を調べたところ、奥の壁に隠し扉が見つかった。扉の向こうから明かりがもれている。宝物庫の入口だろうか?
今まで想定通りに作戦が進んだことが無かったせいで、逆に不安になってくる。
動力炉へ向かったひよこは、うまい事やっているだろうか?
俺は扉を開けて、隠し部屋の中に入った。がちゃりと音を立てて背後で閉まる扉。そこは確かに宝物庫だった。
宝物庫は船長室よりも広く、左右の壁に固定された立派な棚には、神の使いから奪ったのであろう、神界の道具がずらりと並べられている。
そして、
「外が騒がしいようだが、何かあったのか?」
部屋の奥に配置された立派なデスクに座っていたのは、バロハニだった。橙色の室内照明が、その影を俺の足元に向かって伸ばしている。
まずい。
事前の打ち合わせ通り、ここは逃げなければ。
幸いな事に、バロハニは椅子を回してこちらに背を向けた状態になっている。
俺はうまい事言って、この場を後にすることにした。
「雪が降ってきたせいで、見張りの連中がはしゃいでるだけですよ」
「そうか」
「それでは、失礼します」
「帰るのか? 俺を倒す折角の機会だぞ」
侵入者だとばれている!
「あとその扉は、宝の盗難対策として、閉まると内側からは開けることができない。この鍵を使えば、話は別だけどな」
俺が振り返ると、バロハニは椅子を回して、手に持った金色の鍵を見せた。
非常にまずい。
「用件は聞くまでもないな。ここにある神界の道具だろう?」
そう言うとバロハニは、鍵を海賊っぽいコートの内ポケットにしまい、椅子から立ち上がって剣をとる。戦いの神が作った、持つ者は決して敗北しなくなる剣だ。
どうする? どうすればいいんだ?
落ち着け。ひよこなら俺の位置がわかるはずだ。そして、外からなら扉は開く。俺がやる事は、それまで時間を稼ぐだけ。まずは話をできるだけ引っ張ってみる。
「いやー、そういうわけでもないというか……」
「ならば、いよいよ俺の命まで狙ってきたか? さすがは天上の神だな」
実際その通りだが、俺自身は地下の神の使いだと訂正しておく。
バロハニは、聞いた事ない神だなと首をひねる。
地下の神は、最近ようやく知名度が回復してきたが、ショウ王国では未だマイナーな神だ。知らないなあ、と言われる事の方が多い。
三大魔物の一体である大車輪を倒した事を、王都へ報告しに行った時もそうだった。古い書物の中に地下の神の名を見つけるまで、誰も信じてくれなかったのだ。
だが、バロハニは知っていた。伸ばした黒い口ひげをなでて、にやりと笑う。
「ああ、思い出した。破滅をもたらす神だったな」
剣ではマナさんに劣っていたけど、知識では勝っている。
バロハニは机を飛び越えて、俺の前へ出てきた。
「で、そろそろ真の姿を見せたらどうだ。天使ってのは、神の姿を真似て作られた異形なんだろう? それとも神本人か?」
「は?」
「お前が人界の存在でない事はわかってんだ。俺の事を認めない王国の無能共の顔なんか見たくもないが、俺の強さをわかった上で襲撃をかけてくる、神界の奴がどんな顔してるのか一度拝んでおきたいと思うだろ?」
神界の道具で、俺の出身を見破ったのだろうか。
確かに間違ってはいないが、俺は神界の住人ではなく、ただの異世界人である。
だが、それを説明するよりも先にバロハニが動いた。
「その人間じみた皮の下は、およそ説明のつかない姿なんだろっ!」
一瞬だった。
少なくとも五メートルほどの距離があったはずだ。なのに、バロハニは俺の目の前にいて、いつの間に抜いたのかわからない、剣の刃を首元まで迫らせていた。
見れば俺の首に巻きついたヘビが、寸前のところで剣に噛みついて、その刃を止めていた。ヘビの防具性能が高すぎる。というかこれ、首に力がかかって、かなり苦しい。
俺は右手に持っていた杖を、バロハニめがけて突き出した。
「やるじゃないか」
バロハニは素早く後ろへ下がり、剣に噛みついたままのヘビを俺の首から引きはがし、横に振った勢いでヘビを壁に叩きつけた。
「だが、次で終わりだ」
中段に構えた剣が、俺の首を斬り飛ばしてやろうと言わんばかりに、青い輝きを放つ。
こうなったら、やられる前にやるしかない。俺は杖を両手で持って、バロハニへと向けた。




