おまえも亡霊にしてやろうか
「スナソース甲板上の動きが活発化しています!」
「気付かれたのか?」
「いえ、突然の雪にはしゃいでいるようです」
見張りの砂漠ネコからのおかしな報告に、俺は望遠鏡を覗き込む。まさかの現実である。
雪雲で星を隠し、闇夜に紛れて接近する作戦は早くも裏目に出てしまった。
「いっそ、積もらせますか?」
かるかんはそう言ったが、砂漠ネコたちは首を横に振った。寒さに弱いらしい。
ひよこは、想定の範囲内ですと言って砂漠ネコを安心させると、かるかんにスキルの使用は可能かと尋ねた。
「かるかんは砂の神の許可を得ました」
「それでは、お願いします」
現れたのは凶悪な面構えの砂賊集団のだった。幻だと知らなければ、一目散に逃げ出したくなる人選だ。
斧や銃やバールのようなものを振り回して、うぉーうぉーと叫ぶ砂賊集団。
「素晴らしい幻ですよ、かるかん」
「ありがとうございます。かるかんがここ数十年で見てきた、凶悪砂賊百選です。あの世に行けば本人に会えます」
絶対会いたくない。
ひよこは腕を組んで何やら考えて、答えを出した。
「地下ひよこ団のコンセプトは、地獄から帰ってきた世界一悪い砂賊に変更しましょう」
「趣がありますね。掛け声は「おまえも亡霊にしてやろうか」がいいと、かるかんは思います」
樽の上で両手をつないでくるくると回る二人の妖精と、その周りを囲んで吠える亡霊砂賊たち。
お菓子無効のハロウィンが始まった。
「スナソース回頭。左舷砲展開を確認!」
見張りの砂漠ネコが叫ぶ。
ついに気付かれた。
まだ距離があるので、一回か二回はあの高性能砲を浴びることになる。
「どうするひよこ?」
「取るに足りません。預言者さんは、砲術に必要な情報って何だと思いますか?」
「うーん。的の方向とか距離とか……そうか!」
俺は足元に向けて右手を伸ばし、スキルを発動する。
「すごスキル!」
今夜に限っては呪文も動作も必要ないのだが、ついクセでやってしまった。
かるかんが半笑いで、ダジャレですか? と聞いてきた。消えたい。
「スナソース発砲!」
当たるものか。
横切る風切り音は遠く、次第に低くなっていき、さみしい爆発音を響かせた。
ブラックスナソースの位置は、スキルによって説明できなくなったので、まともに狙えない。
しかし、このまま至近距離になれば、適当に撃っても当たるだろう。
ひよこは、その為にこの砂漠で一番強い船を用意したのですと、まるで気にした様子もない。
「それにバロハニは、設計上の乗員数である五百名をそろえていません。おそらく半数もいないでしょう」
「あっ、そういえばそうか」
初めてスナソースに潜入した時に見た砂賊の数は、多く見ても二百人程度だった。
船を追い出された時に受けた砲撃が散発的なものだったのは、手加減したのではなく、人数不足で全ての砲が使えなかったのだ。
「そろそろですね。斜めにぶつける感じで取り舵。敵砲弾は右舷装甲で受けますので、風の魔法を調整して左ロール。手があいた者は、接舷の準備をお願いします」
ひよこの指示で、スナソースの姿が見えなくなる程に床が傾き、固定されていない積載物が甲板を転がる。
俺はマストを背にもたれにして、転がってきた砂漠ネコを受け止める。
「スナソース発砲!」
木製の装甲をきしませる爆発音と振動。スナソースからの近距離砲撃が、ブラックスナソースの側面に直撃した。
頭上から何かの破片と、全弾炸裂、装甲に損害なしの報告が降ってくる。
「命中時に炸裂する新型砲弾では、このクラスの装甲を貫通できませんからね。格下としか戦えない船なのです」
ひよこが肩をすくめる。
「衝突します! 衝突します!」
「よろしい。舵そのまま。体当たりから接舷を行ないます」
「ひぃぃ!」
見張りの砂漠ネコの叫び声と、めきめきとうなるような衝突音が重なる。
思わず目を閉じた。
静かになった。
雲間から顔を出した月は、降りしきる雪と、横付けされた二隻の砂行船の姿を確認する。
スナソースの露天甲板上にいた砂賊たちは、不審船のマストの上ではためく、妖精の描かれた砂賊旗を見上げた。
「黒い……スナソース? 砂賊船か?」
だれかが、そうつぶやいた。
そして、砂賊たちがそろって視線を下げた先には、今にも自分たちに襲いかかろうとする、凶悪面した集団の姿があった。
慌てて戦闘態勢をとる砂賊たち。
突如として響きわたるギターサウンド。奏者は人間大に変身したかるかんだ。
「吹雪をまといて地獄より戻りし砂漠の黒点。掲げた世界最悪の下に集いし我ら純然たる砂賊なれば、そこに要求はなく、ただ奪うのみ。地下ひよこ団。ここにあり」
かるかんの語りが終わると、物騒な獲物を振り上げて、一斉に駆け出す凶悪砂賊百選。これに、砂漠ネコが続く。
「「「「おまえも亡霊にしてやろうかー!」」」」
恐ろしい掛け声とともに、スナソースの露天甲板は一瞬でかるかん劇場と化した。
暴れまわる凶悪砂賊百選。逃げ惑う砂賊。剣を抜いて戦うも、刃が幻をすり抜けて困惑する砂賊。落ち着け幻覚だ、と冷静に分析する砂賊。俺は幻に攻撃されたぞと、悲鳴をあげる砂賊。凶悪砂賊百選に紛れて、敵に爪を立てる砂漠ネコ。死に別れた仲間との再会を喜ぶ砂賊。高速演奏を披露するかるかん。
大混乱となったバロハニ一味は、満足な連携が取れずに、砂漠ネコに各個撃破され、次々と降参していく。
ただし、圧勝はしていないので、砂賊のおかわりが船内からわき出てきている。
「そろそろ、私たちも行きましょうか」
ひよこが、応援に駆けつける砂賊がまばらになってきたのを見て言った。
作戦はこうだ。
まずは砂漠ネコたちが、露天甲板上で騒ぎを起こして敵を引き付ける。
次に俺とひよこが手薄になった船内に侵入、謎の動力炉から地下の神のフォークを取り戻す。その後、宝物庫にある全ての神界の道具を処分。ただし、映したものの大きさを奪う鏡だけは、マナさんを元に戻してから処分する。
以上である。
この作戦の障害になるのは、持つ者は決して敗北しなくなる剣を持つ、砂賊の頭にして王国一番の剣士バロハニだ。単独で遭遇した際には、味方のいるところまで逃げてから戦うことになっている。
ひよこの見立てでは、昼間にマナさんから受けたダメージで満足に戦える状態ではないので、囲んで叩けば倒せるとの事だ。
さて行くかと気合を入れる俺の足元に、操舵手の砂漠ネコがすり寄ってきた。
「大将~。出撃されるのでしたら武器をどうぞ~」
砂漠ネコの指さす先の木箱には、傘立てのように剣やら銃やら様々な武器がささっていた。
「おー、って俺が大将なのか?」
「そうです~」
そう言って砂漠ネコはひよこを見上げる。
「地下ひよこ団のボスは預言者さんですよ。船長室使ってたじゃないですか」
ひよこは当然だと言わんばかりの顔をしている。
俺はちらりとスナソースの船上を見た。
倒れた砂賊にのしかかり、にゃーにゃーと威嚇しては、持っていた食料を奪い取る砂漠ネコ。ロープでぐるぐる巻きにして吊るした砂賊に、邪悪な笑顔を向ける凶悪砂賊の幻たち。
やっていける気がしない。
「預言者さんの武器は、この杖にしましょう」
ひよこが選んだのは木でできた、八十センチほどの飾り気のない杖だった。ただの棒に見える。
「これはいい武器ですよ。剣と違って刃の向きを気にせず、振り上げて叩くだけで攻撃できます。突きも有効ですね。何より、殺傷力が低そうに見えるため、装備者に全力を使わせることが可能になる点が、素晴らしいと思うのです」
解説のせいで、凶器に見えてきた。
俺は木箱の中に立ててあった杖を手に取る。冷たい。
「それにしても冷えるな」
「船をぶつけたあたりから、吹雪いてきましたからね」
ブラックスナソースの黒い露天甲板は、いつの間にか雪で白く染められている。
かるかんは演奏を止めて、座っていた樽から降りてきた。
「これを首に巻いて行って下さい」
「ん。ありがとうかるかん。マフラー、か?」
「ヘビです」
やられた。
「よかったですね預言者さん。これ美味しいやつですよ」
ひよこはヘビの頭をぺたぺた触りながら言った。本当に食用だったのか。
というか、がっつり巻き付いて、返品できない。
「ああ、もういいや、行こう」
「はい」
操舵手の砂漠ネコとかるかんに見送られ、俺とひよこはブラックスナソースを後にする。
砂漠ネコは目が合うと、敬礼のつもりだろうか、びしっと招き猫のポーズを決めた。俺は、砂漠ネコの隣で同じポーズを決めたかるかんの姿に気をとられて、危うく船と船の間に落ちかけた。




