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遭難したのはあなたの夢の中


 夢を見た。


 雪と氷と白い空。無彩色の世界に二人はいた。

 一人はかるかんによく似た雪の妖精。もう一人は分厚い防寒着を着込んだ男。

 彼がソト王国の極地探検隊員である事を、俺は知っていた。


 夢だからだ。


 これは、昨晩マナさんによって語られた、ソト王国極地探検隊事件だ。

 極地探検プロジェクトは、残すところ、安全が確保された帰路をたどるのみ。

 探検隊員の彼は、極地で知り合った妖精に別れを告げる。


 妖精は、彼に再び会う事はあるかと尋ねる。

 彼はないだろうと答えた。


 プロジェクトが成功すれば二回目の探検隊派遣は確実だが、無事に帰れば英雄になれる隊長はともかく、名誉欲しさに集まるであろう候補者の中から、一番下っ端の自分が選ばれるはずがないからだ。


 妖精は、落ち込む彼に、あなたも無事に帰れば英雄の一人だと言った。

 彼は、自分一人だけが帰れたなら、そうなるだろうなと言って笑った。

 少しだけ陽の光が差し込み、夢の中なのに暖かみを感じた。


 妖精は別れ際に、探検隊の帰路にクレバスが形成されたので、注意するようにと伝える。

 彼は振り返ることなく、礼を言った。その邪悪な顔は、友人に見せられるものではなかったからだ。


 場面が変わる。


 ソト王国王都で行われた表彰式で大勢の人々に称えられる探検隊員は、彼だ。

 偉大なプロジェクトを成功させた、ただ一人の生還者である。


 場面が変わる。


 ソト王国の裁判所でもう一人の生還者ににらまれている被告は、彼だ。

 あの日彼を称えていた者達は、誰も彼の味方ではない。


 それは私ではない。極地に住む雪の妖精が作り出した幻だ。私は無実だ。

 証拠が出そろったこの場において、全く意味を持たない言葉が室内を震わせる。

 いや、震えていたのは彼なのかもしれない。まるで極地だった。


 場面が変わる。


 雪と氷。極地の光景だ。

 雪の妖精がうつむいたまま、とぼとぼと歩いている。


 こんなシーンは知らない。


 結晶化した涙を吹き飛ばす極地の風は、冷たい。

 とても冷たい。




「……普通に、冷たい」


 俺は、顔の上に乗っていた、氷のようなものをつかんだ。そのまま体を起こして見れば、かるかんがベッドのふちに腰かけており、俺がつかんだのはかるかんの手だった。


「手、すごく冷たいな」

「雪の妖精だからでしょうか?」


 俺に聞かれても困る。

 かるかんは不思議そうな顔でこちらを見ている。

 そうだ。何か用事があって来たのだろう。


「ひょっとして、もう集合時間?」

「あなたが困った顔をされていましたので、かるかんは様子を見に来たのかもしれません」


 順番が逆のような気がする。

 にしても、困った顔してたのか。


「昨日マナさんが話していた、ソト王国極地探検隊の夢を見てた」

「そうですか」


 俺は、エンディングの続きについて聞いてみた。

 妖精はどこへ向かって歩いていたのか、なぜ泣いていたのか。


「どうして私に聞くのですか?」

「かるかんが、夢に出てきた妖精に似ていたから。あれ、逆か。夢に出てきた妖精が、かるかんのイメージで作られたのかも」

「いいえ、はじめの方で合っています」


 かるかんは、うつむき、小さな声で答えた。


「あなたの夢に出てきた妖精は、不名誉なうわさの原因を作ったので、故郷を追われたのでしょう。涙の理由は、思考の中で遭難してしまったからだと思います。本当に……本当に、かるかんによく似ていますね」


 雪の妖精は通りがかった人に幻を見せて迷わせる。

 そう言ったマナさんにかるかんは、知っているとも知らないとも答えず、ただ聞き返した。

 砂漠の熱をもってしてもとける事のない呪いが、未だ有効なのかと聞き返したのかもしれない。


 顔を上げたかるかんは、夢の中で見た雪の妖精だった。


「どうするのが正解だったのでしょう。あなたの夢の中の妖精が、探し続ける幻の中に答えはありますか?」


 夢の外の妖精の涙は、結晶化することも風に飛ばされることもなく、列を成して重力に導かれる。

 俺は夢の中の妖精に向かって、答えはないと言った。


「間違いだったのなら、探せば正しい答えは見つかるかもしれない。そうでなければ、異なる答えはない」

「そんな! どうして正解だったと言い切れるのですか!」

「俺の夢だから、夢の中の妖精は悪くない。って……かるかん?」


 かるかんに抱きつかれていた。

 雪の妖精だからなのか、体温がひどく冷たい。服に染みこむ涙は凍結している。


 最初は大丈夫なのかと心配したが、かるかんが落ち着いてくると、冷たさがましになった。慣れただけかもしれない。


「……少し、わかった気がします」

「ん?」

「かるかんが遭難したのは、あなたの夢の中だったのかもしれません」

「そっか」


 もう大丈夫そうだ。


「そろそろ放してもらってもいい? 抱きつかれていると、すごく冷たいんだけど」

「かるかんは暖かいです」


 顔を上げて穏やかな笑みを浮かべるかるかんは、震えるほどに美しく見えた。




 星空の下。

 爪のとぎあとが増えてきた、砂行船ブラックスナソースの露天甲板。

 樽にもたれて語る俺の話を、樽の上でうつ伏せに寝転がったひよこが、足をぱたぱたさせながら聞いていた。


「かるかんがサスペンスのヒロインだったなんて、気づきませんでした」

「ひよこでもわからなかったか」

「想像していた雪の妖精像と、違っていたせいでしょうか。私も探偵としてはまだまだですね」


 ひよこは空を見上げると、天候はいまいち奇襲向けではありませんが、もう時間ですねと言って、全乗組員に集合をかけた。


 砂漠ネコたちが集まってくる。

 その中には小さなかるかんの姿もあった。


 ひよこが背中の羽を強く光らせ、注目を集める。


「ついにこの時が来ました! 一夜限りの砂賊、地下ひよこ団。最初にして最後の大仕事です!」


 え、地下ひよこ団って何?

 砂漠ネコたちは、あらかじめ聞かされていたのか、にゃーっと歓声を上げる。


「お前ら神官砂賊団はどうしたんだ?」

「吸収合併されました。地下の神の使いひよこと神官砂賊団を略して、地下ひよこ団です」


 団しか残ってない。

 ひよこは続ける。


「取り分を発表します。スナソース船内にある神界の道具が、地下の神の使いのもの。その他の財産が、神官砂賊団のものです。各員、世界一悪い砂賊として、相応しい振る舞いを心がけてください」


 砂漠ネコたちは、にゃーっと叫び、両前足を上げてバンザイのポーズをとる。

 どうやら地下ひよこ団のコンセプトは、世界一悪い砂賊らしい。


 砂漠ネコの一匹が右前足を上げて、質問を投げる。


「あねさん。王国一悪い砂賊は、捕虜の着ている服で、爪をといでもいいですか?」

「実に悪いですね。許可しましょう」


 神官砂賊団では禁止されていたのか、周りにいた砂漠ネコたちがざわめいた。

 ていうか、それ重要?


「他に何か質問などありますか?」

「はい。かるかんも、お手伝いします」


 かるかんが砂漠ネコたちの間を通って、ひよこの立つ樽の上にふわりと降り立った。ひよこと同じサイズになったかるかんは、砂漠迷彩柄のワンピースではなく、白いドレス姿だ。


 砂漠ネコの代表がひよこに、かるかんが正式に砂の神の使いになった事を説明する。

 ひよこは、かるかんの顔を見てうなづくと、羽の光を弱めてセンターを譲った。


「かるかんは、地下ひよこ団を勝利へと導きます。そして、世界は知るでしょう。この砂漠に八日目の朝が来ることを」


 言い終わると、かるかんは目を閉じて静かに歌いだした。

 周囲の気温は一気に下がり、立ちこめる雲は、うるさかった星々を黙らせる。

 砂漠を照らすのは、雲の上からうすらぼんやりと主張するおぼろ月のみ。


 かるかんの雪の魔法だ。

 この天候なら、かなり近づくまで気づかれることは無いだろう。


 ひよこは樽から飛び立つと、作戦開始を告げる。

 砂漠ネコたちが配置につき、一斉に装置を操作し始めた。


 湧き出す海の魔法が船体を砂に浮かせ、喰らう星がなくなった夜空に、暗幕のような帆が展開する。

 マストの先端には、二本の杖と妖精のシルエットが書かれた、地下ひよこ団の砂賊旗が上がった。


「いつの間に作ったんだ?」

「この船を作るときに、かるかんにお願いしました」


 見ればかるかんは、おぼろ月の明かりに、衣装と降る雪を輝かせ、樽の上をステージへと変えていた。

 かるかんをアイドルデビューさせようとした、砂の神の気持ちが今ならわかる。


 砂漠ネコたちの最終確認が終わり、準備完了の声が甲板に響いた。

 ひよこは船首に向けてまっすぐに手を伸ばし、スナソースのいるのであろう砂漠の暗闇を指さした。


「調整器出力全開。ブラックスナソース発進!」




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