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てのリノ


 俺が地下の神の使いであることを告げると、神官砂賊団の砂漠ネコたちは、すぐに道をあけた。二本足で立った代表の砂漠ネコがおじぎする。


「どうぞお通り下さい。わたくしが近くの町までご案内いたします」


 つい先ほど、ひどい目に合わせてやると言っていた魔物とは思えない態度だ。

 おそらく俺と同じ事を思ったのだろう、フアルミリアムが遅めの文句を言う。


「ちょっと、アンタたち変わり身が早すぎやしない?」

「ええ、砂漠ネコは身軽さが取り柄ですから」


 代表の砂漠ネコは全く悪びれない。

 フアルミリアムはため息をついて、続けた。


「いいわ、私は心が広いから、特別に道案内させてあげる」

「おお、何と言うご慈悲(じひ)! さすがは地下の神の預言者が認めた、天上の神の使いですね」


 見栄を張って先導したのはいいが、町の位置がわからないフアルミリアム。

 地下の神の使いに向かって脅してしまった失敗を、帳消しにしたい砂漠ネコ。

 星で満たされた空は、こんなにもきれいなのに……



 神官砂賊団に分けてもらった水を飲み終えると、代表の砂漠ネコに続いて、明るい夜の砂漠を歩き始めた。


 ひよことマナさんは、砂漠ネコの背中でゆられている。

 乗り物恐怖症のマナさんは、最初は嫌がっていたのだが、ひよこがネコは乗り物ではないと言い聞かせ続けたら、すんなりと乗れてしまった。何事も気の持ちようなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、制服のすそをつかまれた。フアルミリアムだ。

 フアルミリアムは、うつむいたまま小声で言った。


「その……さっきはありがと」

「えっと、ああ、上手い事話が進んだのは、フアルミリアムが日頃頑張ってるからじゃないか?」


 実際、頑張っている。

 今回行われたスナソースから地下の神のフォークを奪還する作戦は、カワイタキノコ商会を襲撃する作戦と同時進行だった。

 フアルミリアムは、商会の方は自分一人で十分だと言って、相棒であったマナさんをこちらのチームに譲ってくれた上に、本当に一人で作戦を片づけて、こちらの手伝いまでしてくれている。


 だから「俺は何もしてないよ」と言ったら軽く足をけられた。


「アンタのそういう、ひよこっぽいとこむかつく」

「えぇ……」


 フアルミリアムはそのまま、小走りで砂漠ネコの後を追いかけて行ってしまった。なぜか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。



 それからほどなくして、町の明かりが見えてきた。

 見覚えのある正面入口。


「オアシスの町だったのか」

「うそでしょ?」


 がっくりとその場にへたりこむフアルミリアム。

 あれだけ船を走らせたのに、バロハニと戦った場所は、驚くほど出発地点の近くだったのだ。砂漠をぐるっと回ってきたのかもしれない。


 砂漠ネコと別れた俺たちは、今後の方針は明日考えることにして、とりあえず宿をとった。

 小さくなってしまったマナさんは、フアルミリアムが一緒の部屋に連れて行くことになった。

 水着マナさんを独占できるなんて羨ましい限りだ。


 マナさんを抱えて宿の階段を上がっていくフアルミリアムを見送ると、ひよこが目の前にやって来た。


「それでは出発しましょうか」

「あ、やっぱり?」

「砂賊たちも、まさかその日のうちに勝負の結果をひっくり返して、襲撃をかけてくるとは思わないでしょう」


 任務期限が明日までとなった以上、もはや手段は選べない。



 地下の神の神殿。

 応接間を明るく囲む木々は、境界の葉を茂らせ、青白い光を放つ。

 初めて見る丸い木製のテーブルの上に、数枚の紙と、綿毛のようなものが乗っていた。


 綿毛は、白い毛玉状の妖精、ノノリノだ。

 ノノリノはこちらに気づくと、その場でくるくると水平に二回転した。

 ひよこはその横に着地すると、テーブルの上に並べられていた紙を手に取る。


「間に合いましたか。さすがはリノですね」


 何が書いてあるのだろう?

 ずらりと何かの名前が書かれているように見える。


「これは、ここ最近紛失したと思われる神界の道具一覧です。見て下さい、映したものの大きさを奪う鏡の名が書かれています。マナさんを小さくしたのは、これで間違いないでしょう」


 ひよこは誇らしげに言った。どうやら裏王都での任務が終わった直後から、ノノリノに調査を依頼していたらしい。

 ノノリノは、様々な神の使い同士の横のつながりと、特殊な情報収集網を持っているそうだ。見かけによらず、すごい妖精なんじゃないだろうか?


 ふと気付けば、ひよこがこちらをじっと見上げていた。


「何?」

「いえ、その、預言者さんはリノと何をしているのですか?」


 何って、ノノリノを手の上に乗せているだけだ。この前何となく仕込んでみた芸、手乗りノノリノ。略して、てのリノである。

 あとは、もう片方の手を上に重ねて、ノノリノをぺたりと畳む。そして手を離すと、ふわっと元の形に戻るのだ。

 大変良い手触りで、癒される。


 ノノリノはこうして触れたりなでたりすると、少しだけ動きが活発になる。

 逆に構ってほしそうにしているときに放置すると、ぺしゃっとつぶれて、煎餅(せんべい)のような形状になる。

 声も顔も手足もないけど、表情があるように思えるところが、可愛らしいと思うのだ。飼いたい。


 と説明したところ、ひよこにノノリノを取り上げられてしまった。


「いいですか、預言者さん。リノは大変危険な妖精なので、そのように甘やかしてはいけません。油断していると魂を食われますよ」

「そんな風には見えないけど」

「だめです。どうしても甘やかしたくなった時は、リノの代わりに私を使って下さい」


 羨ましかったのだろうか。


「じゃあ、手乗りひよこ」

「はいっ」


 差し出した右手の上にひよこが乗る。

 空の魔法で体重を調整しているのだろう、ノノリノと変わらない軽さだ。

 よしよしえらいぞとひよこを褒めていると、地下の神が現れた。


『……そうですね。今夜中に、お願い、します』


 遊ぶほど余裕があると思われたのだろう、任務期限が一気に短くなった。

 ひよこはすぐに、驚きとにやけた感じの混じる表情を落とすと、テーブルの上に戻り、地下の神に報告した。


「神界七剣の一つ、戦いの神の剣が対象に含まれています」

『よい、ですね。ですが、所持者を……いえ、所持者がいたはず、です』

「天上の神が存在そのものを消そうとしています」


 空気の流れのない神殿の応接間に、ふわっと風が吹き抜ける。

 ノノリノの姿が消えた。人界に戻されたのだろう。

 地下の神の気配が、音もなくテーブルの周りを回る。


『望みは何ですか?』

「実体化の魔法の使用許可をお願いします」

『……幻影実体化の魔法、を一回です。幻影の方は、こちらで、用意します』

「ありがとうございます」


 そう言ったひよこは笑顔だったが、笑っていなかった。


 地下の神は、神界の道具を境界に戻す、境界還元剤をテーブルの上に並べる。小さな透明容器の中で、薬液が赤い光を放つ。

 今持っている分と合わせて合計四本になった。これで神界の道具を残らず処分しろと言うのだろう。


『それでは、お願いします』


 地下の神がそう告げると、ひよこの姿が消える。



 俺はテーブルの上を片付け終わったところで、地下の神に言葉をかけられた。

 応接間の灯りが少し暗くなる。


 話の内容は、今夜に限りスキルの制限を解放するとの事だ。これでダサい呪文と予備(みぎてをのばす)動作に加え、回数制限と指定対象制限がなくなる。

 ありがたい話だが、なぜ今夜なのか。


「未知の魔物が出るんですか?」


 テーブルを挟んだ反対側にいた地下の神の気配が、俺の背後へと移動した。


『その時は、お願いします』


 あれ?

 出現を予期していない。

 完璧で完全な配置ができる神にも、わからないことはあるのだろうか。


『その時は……』


 応接間の灯りが完全に消える。



『ひよこではありません』




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