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にゃーっと神官砂賊団


「魔法はある。

 この器に魔法はある。

 魔法は井戸の神との契約に基づきここに成る」


 平たい石の上に置いた木製のコップが、かたかたとゆれた。

 俺はしゃがんでコップを持ち上げ、ひっくり返す。さらさらとこぼれ落ちる砂。


 砂漠の真ん中で動力を失った砂行船と共に残された俺たちは、積んできた荷物を担いで、徒歩で近くの町を目指すことになった。


 俺は二日連続で砂の大地をウォーキングできるという状況に、思わずこぼれそうになる水分を目の中に押し戻す。地下水を容器にくみ上げる井戸の魔法が不発に終わった今、貴重な水を無駄にはできない。


「どうやら、地下水は無いみたいだ」

「そうですか」


 残念そうな顔をするひよこ。


「これでは、泳げませんね」

「飲料水な」

「でも、せっかく水着を着てもらえたんですよ!」


 ひよこの指さす先を見れば、フードつきの前開きパーカーを羽織ったビキニ姿のマナさんがいた。

 マナさんは地面に置いた俺の鞄の上に座って、目が合うと、赤くなった顔を隠すようにフードを深くかぶった。

 乾いた心が潤うようだ。心の臓器の方はいいダメージを受けてしまったが。


「素晴らしいな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 今日のMVPは間違いなくひよこだ。

 ちなみに俺の隣にいたフアルミリアムは両手で顔を覆い、指の間からマナさんを見ては、ひゃー、とか、にぁー、とか言っている。

 フアルミリアムにも割とクリティカルなダメージが入っているようだ。


「フアルは、成人向けコンテンツを見るような目で、マナさんを見ないでください」

「ひゃっ、ごめんなさいっ。あっ……み、見てないし! 勝手な事言わないでよ!」


 フアルミリアムのリアクションに気付いたマナさんが、ひよこに訴える。


「話が違うぞ、ひよこっ!」

「大丈夫です。今のマナさんは妖精みたいなものですから、水着でいいのです。むしろその方が自然に見えます。フアルは未成年なのでその辺がわからないのです」

「ほ、本当にそうなのだろうな?」

「本当です。十人に聞けば十人全員が、水着の似合う可愛い妖精だとマナさんを評価するでしょう」


 マナさんは、ひよこの説得なのか洗脳なのかわからない言葉に、そうかと言って納得してしまった。疲れているからだろうか?

 俺はそれでいいのかと心配になったが、心の中で謝りつつ、何も言わないことにした。



 歩き始めてからどれくらい経っただろうか。沈みゆく夕陽の反対側では、星がスタンバイを始めている。

 そんな空の下で、俺は背負った鞄の上から聞こえるひよことマナさんの話声をBGMに、前を歩くフアルミリアムが頭につけている、複雑な形をした髪飾りの折れ目を数えていた。


 ふいに髪飾りが乗った頭の動きが止まった。夕陽で赤みが増した短めの髪がゆれる。

 こちらを振り返ったフアルミリアムは、少し困ったような表情を浮かべて言った。


「あ、あのさ」

「ん?」

「ちょっとそこに荷物置いて、こっち来て」


 手招きするフアルミリアム。

 言われた通りに鞄を降ろして近づくと、フアルミリアムは俺にだけ聞こえるように小声で言った。


「ちょっと言いにくいんだけど、近くの町って……どこ?」


 冗談とかではなく、本気で聞いている顔だった。

 ああ、まさか二日連続で遭難するとは思わなかった。これはもう一生の思い出、そうでなければ最期の思い出になりそうだ。


「残念ながら俺は知らないし、多分ひよこたちも知らないな。ていうか、知ってて先導してたんじゃなかったのか?」

「そんなの知らないに決まってるじゃないっ」


 小声で叫ぶフアルミリアム。

 知らないのなら何で任せろと言わんばかりに歩き出したのだろう? フアルミリアムは、昨日の遭難の引き金になった不思議系のかるかんとは違って、常識人のはずだ。


「……だって、私のせいで皆、砂漠の真ん中に放り出されたから」


 何とか責任をとろうと考えたらしい。

 ただ、歩いていればそのうち到着するだろうという、考えが甘すぎたのだ。


「そんなの気にすることないのに。昨日の俺たちだって、俺たちのせいで砂漠に放り出されたから、回数は一緒だ」

「でも、私が失敗したから天上の神が七日後に軍を出すって」

「俺が地下の神に与えられた任務期限よりは長いから大丈夫だ」


『で、では、明日まで、に、しましょう。……お願いします』


 突如として地の底からわいて出たような声ではない言葉が、会話に割り込んで俺の脳裏に響く。

 地下の神に聞かれていたのだ。


 やばい、どうしよう。

 フアルミリアムをフォローするためについたウソが、ありがたくない現実になって返ってきてしまった。

 ふいに首の後ろをぺしぺしと叩かれたので振り返ると、いい笑顔のひよこがいた。


「さすが預言者さん。天上の神にケンカを売るのが大好きな地下の神の性格を、良くわかっていますね」

「ごめんひよこ。余計な事言ったかもしれない」

「大丈夫ですよ。地下の神の印象が良くなっただけです。それよりも、預言者さんがフアルと何を話していたのかが気になります。泣かせたんですか?」

「え」


 驚いて向き直ると、フアルミリアムはこちらに背中を向け、泣いてないと主張した。

 ここはライバルに弱みを見せたくないフアルミリアムのために、何でもないと言っておく。

 何でもない場合に成立しない反応ですよ、それ。と言うひよこの発言をさえぎるように、マナさんの声が響いた。


「何者だ!」


 何事?

 俺たちは荷物を置いた場所へと戻る。


 そこで待ち構えていたのは、ネコの群れだった。

 ネコたちは、大きめの耳と統一されたトラのような縞模様で、体が普通のネコより一回り大きく、するどい目をしていた。

 よく見ると、ボロ布を被っているものや、衣装っぽいものを身に着けているネコもいる。


 マナさんは鞄の上で、俺たちをぐるりと囲んだネコの群れを警戒する。その横にひよこが降り立った。妖精が二人並んでいるように見える。


「砂漠ネコですか。厄介な魔物に囲まれましたね」

「こいつらがそうなのか、砂から生まれ砂に返ると言う……」

「それは迷信です。普通に親から生まれますし、骨は残ります」


 砂漠ネコはこんな見た目だが、れっきとした魔物らしい。

 同じ土地に住む砂漠ネズミという魔物を食べるので、現地住民からは神の使いとして扱われているのだとか。

 そんな魔物が一体何の用だろう。


 俺たちが身構える中、砂漠ネコの代表と思われる一匹が、包囲の内側に入ってきた。


「我々は鳴く子ネズミも黙る砂賊、神官砂賊団(しんかんさぞくだん)!」


 代表の掛け声で、全ての砂漠ネコが後ろ足で立ち上がり、両前足で招き猫のポーズをとった。かわいい。

 妙な間ができたので、気になった事を聞いておく。


「神官なのに砂賊なのか?」

「そうだ、我々の砂賊活動は砂の神に許可されている。わかったらさっさと食糧を置いていけ。食料をよこさないと、ひどい事をするぞ!」


 ハロウィンかな?


 砂漠ネコの代表は、するどい牙を見せつけるようにして、俺たちをにゃーっと威嚇した。

 しかし、すでに水も食料も底を尽きた俺たちに、出せるものは無い。

 そんな中、まだ目元が赤いフアルミリアムが、砂漠ネコの前に出てきた。


「砂の神がなんだっていうのよ、私は天上の神の使いよ。食糧にされたくなかったら失せなさい!」


 脅し方が怖い。

 だが、神官砂賊団は引かなかった。


「天上の神と聞いたからにはタダで帰すわけにはいかんな」

「ケンカ売ってんの?」

「我々の仕える砂の神は、天上の神と対立する地下の神の配下! ここで一発ひどい目に合わせてやれば、我らの評価も高まるというものだ!」


 そう言って砂漠ネコの代表はふんぞり返り、俺はフアルミリアムにすごく嫌そうな顔でにらまれた。



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