マナさんが水着姿になる可能性
どれだけ打ち合っただろうか。
うるさかった雨雲は一滴の水分もこぼすことなくどこかへと去り、再び現れた太陽はずいぶんと低い位置に移動していた。
マナさんは、もう何十回目になるのかわからない剣の修復を済ませる。
長かったはずの魔法合金製ロングソードは、異次元の剣技を放ち続けた結果、細かく欠けた刃の分だけ短くなり、もはや短剣にしか見えない。
序盤こそ敗北しない剣の力で圧倒していたバロハニだったが、決定打だけは確実に防ぎつつ、ひらすらに攻撃を続けるマナさんに、徐々に押され始めていた。
憎らしげに叫ぶバロハニは、完全に息が上がっている。
「くそっ、もうわかっただろう! どれだけやっても、結果はっ、変わらん!」
「そう思うのなら、まずは私の剣を削りきってみろ。それが出来たら素手格闘を見せてやる」
言い終わると同時にマナさんは一気に距離を詰めて、すれ違いざまに剣を三度叩きつけた。三回響く金属音。
ひよこの解説がなくても状況がわかるくらい、両者共に疲労が浮き出ている。
まあ、それでも常人の速さではないのだけれど。
剣を地面に突き立てて崩れそうになる姿勢を保つバロハニ。
マナさんは剣先を下げて、振り返る。
「どうしてその剣が大会の優勝賞品だったのか、今ならわかるだろう? その剣はあらゆる敗北から持ち主を守るが、勝利は自らの実力でつかまなくてはならないのだ」
武器は間違いなく最強だが、持ち主も最強でなくては意味が無いと言うのは皮肉な話だ。
反応のないバロハニの背中に向かってマナさんは続ける。
「策略を用いた勝利も、勝利には違い無い。だが、その剣が欲しているのは力による勝利だ」
バロハニがゆっくりと振り返る。
「……知っていたのか」
バロハニの問いかけにマナさんは答えた。
「この前王都に戻った際に聞かされた。剣術大会決勝戦当日にあった襲撃報告の誤報は、故意に作られたものだと」
えーと?
つまり、バロハニは自分が大会で優勝するために、ウソの襲撃報告を流したという事だろうか。
マナさんが決勝戦よりも、魔物の襲撃対応を優先するとわかっていながら。
ずるいやつだ。
これには、観戦していた砂賊たちの評価もわかれた。
三分の一の砂賊は「あやまれバロハニ」と叫び、もう三分の一の砂賊は「それでこそ俺たちのリーダーだ」と褒め、残りの砂賊は「がががごごご」と寝息を立てている。
かなり長い戦いで集中力が続かないのもわかるが、今いいところだから起きていてほしい。
そんなことを考えていたら、がっ、と左肩をつかまれた。フアルミリアムだ。
まずい。さっきの話が原因で、再びキレて決闘に乱入するかもしれない。
おそるおそる様子を確認する。
フアルミリアムは肩に手をかけたまま、俺にもたれかかって寝ていた。
……そっとしておこう。
視線を戻すと、二人は再び剣を構え向かい合っていた。
バロハニがざわめくギャラリーを一瞥して言った。
「これで報復のつもりか?」
「私は聖騎士として戦うだけだ。だが、正直そちらでも構わないと思っている」
「はっ、そうだよな。そう来なくっちゃなあ。くだらない過去に決着をつける絶好の機会だものなあ!」
言い切ると同時に斬りかかるバロハニ。ここにきて再び姿が消える高速の突撃。
マナさんは剣でこれに応える。
決着はすぐに訪れた。
そもそもバロハニは限界だった。戦闘再開後すぐに動きが鈍ったバロハニに、マナさんが大上段から渾身の一撃を振り下ろした。持つ者は決して敗北しなくなる剣が自動的にこれを受け止めるが、持っていたバロハニの両腕は衝撃に耐えきれず剣を落としてしまう。
装備しなければ、剣は効果を発揮しない。
マナさんが武器を失ったバロハニに、ひび割れた剣の先を向ける。
「終わりだ。全ての神界の道具を返してもらおう」
バロハニはよろよろと後ずさると、はははと乾いた笑いをこぼし、素早く懐に手を入れた。取り出した拳銃を使って、流れるような動作の早撃ちが繰り出される。
マナさんは剣を使ってハエでも払うかのように、弾丸を弾き飛ばす。音を立てて砕け飛ぶ魔法合金の刃。
あきらめないバロハニは、拳銃を捨てると火の魔法で畳みかける。
しかしマナさんは、柄だけになった自分の剣を放し、代わりに持つ者は決して敗北しなくなる剣を拾ってこれを防ぐ。一振りで吹き飛ぶ火の魔法。
詰んだな。誰もがそう思った。
しかし、結果は予想に反したものとなる。
最後まで立っていたのはバロハニだった。
バロハニが神界の道具と思われる、手鏡のようなものを取り出した次の瞬間にはマナさんは消えていたのだ。
「引き分けだ」
そう言い残して、バロハニは剣を拾いその場を後にする。
ぞろぞろとスナソースに引き上げていく砂賊たちを背に、俺は最後にマナさんが立っていた場所へと駆けだした。
そこにはマナさんの着ていた軽装の鎧と衣服一式が、まるで身体だけが消えてなくなったかのようにその場に落ちていた。
何だ、これ。ウソだろ?
はっとして俺は左右を見渡す。そこには何事もなかったかのようにマナさん立っていた。などという事はなく、ただただ砂地が広がるばかりだった。
傾いた陽を受けて、地面をきらきらと光らせる魔法合金の破片たち。
「そんな……」
これまでだって、つり橋をロードローラーで渡るような状況は何度もあったが、なんだかんだで何とかなってきたのに。
なのに何で今更!?
「落ち着いてください預言者さん。大丈夫です」
「ひよこ」
「大丈夫です。私が解決へ導きます。ここから」
そう言って手を差し伸べるひよこ。
一瞬ひよこの縮尺が狂って見えたのは、焦りのせいだろうか。
俺はその小さな手をとって、頷く。
「マナさんはあの瞬間、持つ者は決して敗北しなくなる剣を持っていました。消滅するような事はないはずです」
確かに。
「まずはフアルの水晶玉でマナさんを探しましょう」
「わかった」
とりあえず俺はさっきからやけにおとなしいフアルミリアムを呼ぶ。
返事が無い。
フアルミリアム?
フアルミリアムはスナソースの消えた地平線の方を向いたまま、固まっていた。
近づいてみれば、小刻みに震えているのがわかる。にわかに立ちこめる嫌な予感。
「どうした?」
「天上の神が軍を発するって言ってきた……猶予は七日」
「手伝ってもらえるのか、よかったじゃないか」
「いいわけないでしょ! 神界の軍が動いたら、王国南部一帯がこの世界から消えて無くなるわよ!」
さすがは標的が飼っているペットの犬小屋まで爆破する神様である。
俺とフアルミリアムが頭を抱えていると、ため息をつきながらひよこがやって来た。
「そんなどうでもいい事なんか放っておいて、水晶玉を貸してください」
「ちょっと、ひよこ! どうでもいいってどういう事よ!」
「フアルは王国南部一帯とマナさん、どっちが大事なんですか」
「マナさんに決まってるじゃない!」
いつものようにけんかを始める二人に、割って入る小さな声がした。
手を止めて三人で辺りを見渡す。
「あっ」
何かに気づいたひよこが、先程の場所へと飛んでいく。
追いついてみれば、地面に落ちていたマナさんの黒いマントの下から、マナさんが顔を覗かせていた。
「皆すまない。あの剣を手にしていたせいか、負けるわけがないと油断してしまった。普段なら、バロハニが何かしようとした時点で、阻止していたのだが」
申し訳なさそうに頭を下げるマナさんは、ひよこと変わらない大きさになっていた。
大変可愛らしい。
ひよこはすぐにマナさんの元に降下する。しゃがんで様子を見つつ、マントのすそで体を隠すマナさんの頬に、そっと手を当てた。
「大変いい具合に縮んでしまいましたが、無事で何よりです」
「心配かけてしまったな、ひよこ。あと、すまないのだが……」
マナさんは少し恥ずかしげな表情を浮かべて言った。
「何か着る服を貸してはもらえないだろうか?」
「もちろん、いいですよ」
ひよこはとびきりの笑顔で聞き返す。
「どんな水着にしますか?」




