王国最強の剣士
今にも降り出しそうな雨雲の下。
不定期に空気を叫ばせる稲妻が、砂の上に並んで停泊する大小二隻の砂行船の影を作る。
その影の先で、二人の剣士が向かい合っていた。
「まさか悪党の親玉が、かつての騎士仲間だったとは思わなかったぞ。バロハニ」
王国規格よりやや長い魔法合金製のロングソードを中段に構える、黒いマントに軽装の鎧姿の剣士、マナさんが言った。
「久しぶりだな。聖騎士になったそうじゃないか。何だかよくわからん役職だが、おめでとう。ああ、そうだ。折角だからお祝いに、叶わなかった決勝戦をここでしてやろうか?」
青い輝きを放つ日本刀のような形状をした片刃の剣を同じく中段に構える、まるで海賊のような恰好をした剣士、バロハニが返す。
そう、このバロハニこそが、マナさんと王国で1,2を争う剣の使い手だった。
という真剣な空気は前方限定で、木箱を並べた観客席の真ん中にいる俺の後ろでは、どちらが勝つかの賭けが始まっていた。
どうしてこんな事になってしまったのか。
――――あれからしばらく互いの砂行船上から撃ち合った俺たちと砂賊たちは、決着がつきそうにないので、船を止めて、地上戦へと移行した。
縄ばしごをかけて船から降りてきた砂賊たちを、魔法の破片という謎の何かで狙い撃ちにするフアルミリアム。
着地点狩りは卑怯だと言う砂賊の言い分を受けて、砂の上に大きく円状に線が引かれ、その中を戦闘地帯とする謎ルールが誕生。
防御無視かつ追尾機能付きの魔法で、叩く、絞める、投げ飛ばす。砂漠の横綱と化したフアルミリアム。
魔法攻撃は卑怯だと言う砂賊の言い分を受けて、戦闘地帯内では魔法を禁ずると言う謎ルールが誕生。
天上の神から授かった、振ると必ず命中し、今まで経験した中で最大の痛みを与える棒を振り回すフアルミリアム。
半ば予想していたとおり、神界の道具は卑怯だと言う砂賊たち。
いよいよイライラしてきたフアルミリアムは、俺に交代するように言ってきた。
公平性を尊重し、俺の対戦相手はほぼ同じ体格で同年齢くらいの砂賊になった。
全く同じデッキブラシを武器にするよう手渡され、向かい合う。
相手がデッキブラシを振り上げたので、俺も振り上げる。そこから何だかよくわからない構えに移行する相手。意図は不明だがカッコいい構えだ。
ニヤリと笑みを浮かべて挑発してきたので、俺も昨日のマナさんを真似たカッコいい構えを見せてやる。
どうよ?
「どうよ? じゃないわよ! さっさとぶっとばしなさいよ!」
ついにキレたフアルミリアム十四歳は、魔法を連射しながら棒を片手に非戦闘地帯に突撃。ゴスロリ蛮族という珍妙なジャンルと魔術師を組み合わせた、全く新しい神の使い。爆誕。
これに砂賊たちも、反則だと叫びながら、剣や銃を抜いて本気で応戦してきた。
戦闘地帯に残された俺と対戦相手の砂賊は、握手で互いの健闘を称えた後、そそくさと戦線を離脱。
その直後、大きな声が戦場に響いた。
「くだらない戦争してんじゃねえ!」
全員が手を止めて声の主を見ると、そこにはもっさりと黒いひげを生やした長髪の比較的若そうな男が、縄ばしごの中程でポーズを決めていた。
ひげをそればそこそこ美形なのだろうけど、言動からはなんともいえない感じが漂う。
この男が砂賊の頭、バロハニだった。
バロハニは無駄な犠牲を出さずに決着をつけるため、勝った方が相手陣営の持っている神界の道具を全て頂くという条件で、代表同士の一騎打ちを提案。砂賊側代表としてバロハニが出てきた。
こちらの代表として出て行こうとしたフアルミリアムを、乗り物恐怖症から回復したマナさんが止める。
「この勝負、譲ってはもらえないか?」
フアルミリアムは振り返って断ろうとしたが、マナさんの表情を見てその場を譲った。
バロハニに向かって自身の前を通り過ぎようとしたマナさんに、フアルミリアムが尋ねる。
「知り合い、なんですか?」
「ああ。バロハニは、王国一番の剣士だ」
「ふーん……は?!」
聞き捨てならない言葉に、目を見開くフアルミリアム。
もちろん俺だって驚いた。王国一番ということは、マナさん以上という事になる。
そんなのって、ありえるのか?
俺たちが見守る中、ついに二人の剣士が対峙した――――
「叶わなかった決勝戦って何でしょうかね?」
砂賊たちの賭けに混じっていたひよこが、俺の頭の上で言った。
これに、隣にいた高齢の砂賊が答える。
「知らねえのか? バロハニは何年か前にこの王国で開かれた剣術大会で優勝したのさ」
「へえ」
剣術大会の決勝戦は、バロハニとマナさんの対決だった。
ところが、マナさんは決勝当日に発生した魔物の襲撃報告を受けて、その討伐に向かうために試合をあきらめ、バロハニは不戦勝となったのだとか。
結局どちらが強いのかはわからすじまいだ。
「決勝戦はあの日終った事。今、私は聖騎士として戦うだけだ」
言うやマナさんは一歩踏み出す。
かあんと金属音が響き、剣で何かを受けたバロハニが一歩後退、マナさんの姿が徐々に薄れて消える。
消えた。
「思ったより、速いじゃないか」
そう言って後ろを振り返ったバロハニの視線の先に、剣を振りぬいたマナさんがいた。
俺をはじめ一部始終を見ていたフアルミリアムや砂賊たちは、目をこすったり瞬きを繰り返したりしている。
一体何が起こったのか?
「マナさんがすれ違いざまに三度斬りつけましたが、全て防がれましたね」
「ひよこ!? 見えたのか?」
「預言者さん、瞬きしてたら見逃してしまいますよ」
そんな次元の話じゃない気がする。
「あれ? 三度斬りつけたって、剣のぶつかる音は一回だったけど?」
「ごく短い間の事でしたので、音が重なったのでしょう」
それ、もはや人間技じゃなくない?
俺以外は特に疑問に思っていないのか、ひよこの解説に、おおおと歓声が沸く。
高速再生中の動画のような光景。二人の剣士は時折姿が消える。剣のぶつかる音と、剣が空気を切り裂く音。
いつしか、観客の目線はひよこに集中し、ひよこの解説だけが戦闘の経過を伝えるのみとなっていた。
超人同士が高速戦闘するシーンが描かれているバトル漫画はよく見てきたが、あれは状況が見えている読者だから盛り上がるのであって、漫画の中の一般人はきっとこんな気分だったんだろうなあ。
ふいに、ひよこの解説が止まった。
二人は足を止めている。
マナさんがボロボロになった自分の剣に魔法を流して、形状を修復させる。魔法合金製武器はメンテナンスフリーだ。
一方でバロハニの青い輝きを放つ剣は、刃こぼれ一つしていない。一体何でできているのだろう。
バロハニは、マナさんの剣の手入れを待つ余裕を見せながら、言った。
「どうだ。これがあの大会の優勝賞品だ。お前がどれだけ剣の腕に自信があるかは知らないが、この剣には勝てない。戦いの神が作った、持つ者は決して敗北しなくなるこの剣にはな」
鳴り響く雷鳴。
「ちょっと! そんなの卑怯でしょ!」
俺の左隣で木箱を並べて腰かけていたフアルミリアムが、立ち上がって抗議する。
が、「お前が言うな」と砂賊たちの総ツッコミを受けて着席した。
とはいえ、決して敗北しなくなる剣というのは、いくらなんでもチートすぎやしないだろうか。
ちらりと右隣を見れば、ひよこが目を輝かしてチート剣を見つめている。
「すごいですね。あれ、神界七剣の一つですよ」
「神界七剣が何なのかわからないけど、このままだとやばくないか?」
「え? ああ、そうでした。マナさんが心配ですね。……ふふふ」
ひよこの様子がちょっとおかしい。
当のマナさんは、フアルミリアムが天上の神の棒を貸そうとしたのを断っていた。
いつものように「魔法合金製ロングソードがあれば十分だ」と言って手を振るマナさんに、苦い顔をするフアルミリアム。
完全に修復された剣を手に、マナさんはバロハニへ向き直った。
「わざわざ待ってもらってすまんな」
涼しい顔してこのセリフである。乗り物から降りたマナさんは本当にカッコいいと思う。
バロハニはため息をつき、下ろしていた剣を構え直す。
「すでに付いた決着に納得がいくまで、せいぜいあがくといい」




