奇襲と星のスナイパー
ダクー艇が高速航行する巨大な岩と岩の間は、まるで巨大な溝の様。
日光が遮られているためか、露天甲板を駆け抜ける砂混じりの風は冷たい。
地面に埋まった岩や大きめの石が、海の魔法にかかりきらず、船体への不規則な振動となって、頼んでもいないのに俺の筋肉を鍛えている。
船首にあるバネ付きの艇長席に座ったフアルミリアムは、釣竿を構え、船を引く二頭のダクーに吊るした水晶玉を見せている。
目的地を映し出す水晶玉は正しくナビの役目を果たしているし、使い方は何も違っていないはずなのにどこか変な光景だ。
崩れた岩が重なってできた短いトンネルをくぐり抜けると、ようやくこの溝の終わりが見えてきた。
ダクーが叫ぶ。
「スナソースハ、コノ先、左舷側デス!」
フアルミリアムは水晶玉を片付け、俺たちはそろって左に見える岩の壁の切れ目をにらみつける。
ついに溝を抜けた。広がる景色。
まぶしい逆光を背に受け浮かび上がる大きなシルエット。
戦闘砂行船スナソースだ。
前から数えて二本目の一番高いマストのてっぺんには、初めて見る黒地に白の砂賊旗がひるがえっていた。
旗に描かれているのは、この砂漠において墓標を表す、Vの字に地面に刺さった二本の杖。大人しく物資を差し出すなら良し、逆らうならこうなるぞという砂賊のシンボルマーク。
だが、襲撃者が襲撃されないという決まりはない。
「突撃!」
フアルミリアムの掛け声とともに、俺たちを乗せたダクー艇は、スナソースに向かって方向転換する。
二頭のダクーは、カンガルーのように飛び跳ねながら進む走法に切り替えると、爆発的に加速した。
みるみる近づくスナソース。
「預言者、ちょっと代わって!」
「えっ?」
フアルミリアムは艇長席を立つと、すぐ後ろに設置された主砲の旋回台座に登る。ダクー艇唯一の固定武装、旋回式の大型弩砲だ。
俺は空いた艇長席に腰掛け、使い方はわからないけどダクーの手綱をとった。
「預言者さん!」
ひよこの声に振り返って見ると、船体後部で三角座りしたマナさんが、胸の前でひよこを抱きしめていた。
大事な人形を握りしめているようで、可愛らしいですね。
「ち、ちがう! これはひよこが振り落とされないように守っているのだ!」
感想が口に出ていたらしい。
マナさんがいい感じに抗議してきたので、わかったと頷いておく。
ハンドルを回して主砲の弓を引くフアルミリアムを挟んで、ひよこが続ける。
「砂行船の真後ろにつけると、海の魔法のかかった航跡にダクーが足をとられてしまいます。斜め後ろに位置取るように伝えてください」
「わかった」
俺が言われた通りに伝えると、ダクーはスナソースの五時方向ぴったりにつけた。その距離はもう百メートルもない。
背後で詠唱が響く。
「魔法はある。
魔法はこの銛にある。
二つ重ねて魔法はある。
一つ。
魔法は空を駆ける流星となる。
魔法はこの銛にあり、捉えし獲物を穿つ!」
フアルミリアムが発射レバーを倒すと、弩砲から放たれた銛は一筋の光となってスナソースの船尾上方に突き刺さった。
突然の閃光に見張りの砂賊が気付いたのだろう、甲板にいた砂賊たちが船尾に集まってくる。
主砲台座から降りてきたフアルミリアムは、俺の隣まで来ると、ダクーたちに声をかける。
「ご苦労様、約束通り戦闘には巻き込まないから、近くの町に退避なさい」
「了解デス!」
「ゴ武運ヲ!」
二頭のダクーは走りながら前足を器用に使って、自分の腰に付けられた船との接続金具を外し、ダクー艇を離れた。
俺たちを乗せた船は動力を失い、惰性での航行を始める。
フアルミリアムは左手を額に当てて日よけに、右手をスナソースに向けてまっすぐに伸ばして追加の魔法を唱える。
「二つ。
魔法は流星の尾にあり、彼我を繋ぐ鎖となる!」
がしゃんと大きな音を立てて、船に衝撃が走った。
魔法で作り出された一本の鎖が、スナソースに突き刺さった銛と、銛を放った弩砲とを接続したのだ。
暖かい空気に混じる鉄と油の臭いが、マテリアライズの精度を証明する。
俺はとっさに艇長席をつかんだので振り落とされずに済んだが、隣でおそらくかっこいのであろう詠唱ポーズを決めていた、フアルミリアムの姿が無い。
まさかと思って後ろを見ると、マナさんが片手でフアルミリアムを受け止めていた。さすがである。
「うまいこと繋ぎましたね」
マナさんから解放されたひよこが俺の隣へ来て言った。
俺たちの乗った船は、モーターボートに引っ張られる水上スキーのように、スナソースに引きずられている。
スナソースの武器である高性能砲は横向きにしかついていないので、真後ろは安全地帯だ。
「ここからどうするつもりですか?」
振り返ったひよこがフアルミリアムに尋ねる。
ひよこの代わりにマナさんに抱きつかれているフアルミリアムが、当然と言った顔で答えた。
「その鎖を渡って乗り移るに決まってるじゃない」
誰が?
上を見上げたフアルミリアムに、マナさんが大きく首を横に振る。
次に視線を向けられた俺とひよこも首を横に振った。ここでひよこが提案する。
「フアルが自分に魔法をかけて行ってきたらどうでしょう?」
「無理。私、人に魔法かけるの苦手なのよ。ひよこがかけてよ」
「できません。私の魔法は地下の神が許可したもの以外、封印されていますので」
むむむとうなるフアルミリアム。
こうしている間にも、スナソースの甲板に集まった砂賊たちが、ぱしぱしと当たらない銃を撃ってくる。
いや、この距離でこの揺れとはいえ、運が悪ければそのうち当たるかもしれない。
フアルミリアムは立ち上がって、言った。
「本当はあれに乗って帰るつもりだったんだけど、仕方ないわね!」
「何をする気ですか?」
尋ねるひよこに、フアルミリアムはにやりと笑みを浮かべた。悪い事を考えている顔だ。
「星の大魔法でスナソースのマストを残らずへし折る!」
「ちゃんと当ててくださいよ」
「当てるに決まってるじゃない、見てなさいよ!」
星の大魔法は放たれた。
はるか上空から飛来した隕石は、轟音を響かせ砂漠にクレーターを描く。
望遠鏡があれば良く見えたかもしれない。それくらい遠い位置に落ちた。これで十発目である。
「全然当たらないじゃないですか」
ひよこはフアルミリアムにじっとりとした視線を向ける。
一方でスナソースの甲板から撃たれた銃弾は、ぱちんと音を立てて、こちらの主砲の照準器を吹き飛ばした。
ようやく出た命中弾に、砂賊たちが歓声を上げる。
次の瞬間。
お返しと言わんばかりに、斜めに降ってきた隕石が、スナソースのてっぺんに掲げられた砂賊旗を叩き折った。
「「おおー」」
俺とひよこはぱちぱちと手を叩き、フアルミリアムはハゲたスナソースのてっぺんを指さして誇る。
そんな姿を見て、連発式拳銃で空を撃ちながら悔しがる砂賊たち。
フアルミリアムは船首に片足を乗っけて、高らかに宣言した。
「まだまだ序の口よ、次はスナソースを手漕ぎボートに変えてやるんだから!」
そんなフアルミリアムを見守る俺とひよこの後ろでは、なんてもいいから早く船を止めてくれと、マナさんが涙ながらに訴えていた。




