すごいスキルは説明できない
それはすごいものだった。
すごい効果を発揮して説明できない状態にするスキルというのは、文字通りの効果だったのだ。
マナ隊長がロングソードで魔物の弱点を貫いて止めを差したこと以外は、スキルの影響でうまく説明できない。
ひよこが分析するには、これは状態を変化させるタイプのスキルで、本来の使用対象である未知の魔物に使えば、未知に説明できないが付加されて存在が消滅する、対未知属性スキルなのだとか。
おかげで、どういうことなのか、さっぱりわからないという事がわかった。
魔物に追いかけられていた人はと言うと、これといった怪我もないようだった。
俺たちに礼を言いながらかぶっていたフードを脱ぐと、自分と同い年くらいの少女であることがわかる。
赤茶色をした短めの髪がかきあげられて、ふわっとなるのはいいものだ。
その魅力は、黒地に白の逆十字模様が入った、中学時代の俺なら絶賛したであろう、衣装の微妙さを打ち消して余りある。
「「やっぱり」」
ひよこと台詞がかぶった。
俺が言いたかったのは、偶然そこに居合わせた少女を魔物から救出するのは、冒険ものの王道だなあ。である。
「預言者さんも気づきましたか、さすがですね」
「ん? ああ」
「そう、この人があの家を荒らした犯人です! 着ている物に付いたほこりからあの家と同じにおいがします」
ひよこのはミステリ路線だった。
そんな話を興味深そうに聞いていたマナ隊長が、少女に向かって言った。
「きみは盗賊なのか?」
「なっ!? 違うわよ! 私は預言者よ! これでも天上の神の使いなんだから!」
地下の神以外にも神様がいたのか。
少女はきつめの口調で、あの家は自分が以前住んでいた家で、私物だけを回収していたのだと説明している。
「す、すみません。間違えました。私は地下の神の使いのひよこです」
「私は王国第14騎兵隊隊長のマナだ」
「ふーん、そっちのアンタは?」
「地下の神の預言者らしい」
「らしいって何よ。まあ、地下の神の使いだし、そんなもんか」
地下の神の扱いは、天上の神の下なのだろうか。
ちらりとひよこの方を見ると、不満そうな顔をしている。違うようだ。
「私はフアルミリアム、さっきも言ったけど天上の神の預言者。この町に来たのは、神のお告げで、この辺りに出現した三大魔物の一匹を倒すように言われたからよ。って何よその顔」
俺たちの表情がどんなだったかは、言うまでもない。
「あっ、今さっき魔物に追いかけられてたやつに倒せるわけないって思ったんでしょう! おあいにくさま、私には天上の神から授かった、どんな魔物でも蒸発させることができる魔法の塩をがあるのよ!」
ああ、そういう事だったのか。
確認したところ、自信満々だったフアルミリアムは、持ってきたはずの塩の入った袋を無くしており、荒らされた家から持ってきた袋がそれだと判明した。つまり、スキルと塩の使用対象が逆になっていたのだ。
井戸の底。
俺とひよこは、地下の神に未知の魔物を倒した事を報告した。
『素晴らしい働きでした。えっと、では、次、お願いします』
「ええっ!?」
これで終わりじゃないのか。
「がんばりましょう。預言者さん」
そう言うひよこは、王都で開催された大車輪討伐記念祭に行った時に買った、異世界の文字で王都民と書かれたTシャツを水着の上に着て、井戸の壁にくっ付いたイモリのような小動物の上に座っている。
あの後、なんやかんやあって、俺たちとマナさんとフアルミリアムは王都に招かれたのだが、この寄り道のせいでタスクが増えたわけではないと思いたい。
俺は、いつの間にどこで作ったのかわからないが、今まで着ていたのと同じデザインの、真新しい高校制服を地下の神に与えられた。この神、長居させる気満々だ。
「それで、次は何をしたらいいんですか?」
『はい。ええと……カノ山。カノ山の洞窟へ向かって下さい。お願いします。お願いします……』
うさぎおいし。
『カノ山には、未知の魔物がいます。また、その、お願いします。案内はひよこがします。くれぐれも仲良く。仲良くしてください』
「ひよこは良い子ですよ」
『…………』
不可解な間を開けた後、地下の神は、一緒に井戸の中にいたひよこを外に転送し、話を続けた。正直なところ、耳を疑いたくなるような内容だった。
それは、不仲だった前任の預言者を生き埋めにしてしまったひよこに、怒った地下の神が、預言者と仲良くできなければ、ひよこの安全が失われる呪いをかけたというものだ。
安全が失われるという言い回しはたぶん、そういうことなのだろう。
そういうことなのか……
「――大丈夫か?」
目の前にマナさんがいた。どうやら井戸の外にもどっていたようだ。
マナさんは三大魔物の討伐の褒美として、以前から出していた転属願いが受理され、騎兵隊長から聖騎士へと転職した。
この聖騎士というのが、実は国王がその場の思いつきで作った役職で、魔物討伐に大きく貢献した神々の手助けを行う、専門の騎士という位置づけなのだとか。
「少し考え事を……え?」
マナさんの伸ばした右手がそっと俺の頬に触れた。
「いや、その、大丈夫ですよ?」
「動くな」
真剣なまなざしに、どうしていいかわからなかった。
視界のすみっこでは、ひよこが両手で口を隠すポーズをとっている。
マナさんは右手を引っ込めると、つかんでいたものを見せてくれた。
「小さいカエルが付いていたぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
カエルありがとう。
マナさんが優秀なカエルを井戸に戻しに行くと、入れ違いにひよこがやってきた。
なぜか笑いながら俺の前髪をぺしぺし叩いている。楽しそうで何よりだ。
「それじゃあ、カノ山に行きますよ~」
上機嫌なひよこの案内で、俺たちは次の目的地へと向かった。