おいしくいただいてほしい
「詩を作ればいいのか?」
翌日早朝。
俺はオアシスの町の市場で、かるかんに課題を出された。
「内容は、あなたが見知っている異世界の話が良いです。かるかんはそれを希望します」
「俺が異世界人って、ひよこに聞いたのか?」
かるかんは道端に放置されていた四角い石の上に腰掛けて、持っていたギターを構えた。本来なら弦が張られている空間をかるかんの白い手が通過すると、澄んだ音が響く。
背後の湖の水面に、朝日を軽減する木の硬い葉に、背の低い石造りの家々に、まだ静かな市場に、足を止めた人々に。
すっと息を吸ったかるかんの小さな口からこぼれた小さな声は、少しずつ大きくなり音を歌へと変えていく。
普段の、ぼそっとした喋り方からは考えられないくらいはっきりとしたきれいな声だった。
そして、その美しい歌声からは考えられないくらい……
変な歌詞だった。
足を止めた町の人々が首を傾げてから再び歩き始め、市場のざわめきは徐々に活性化されていく。
朝の日差しが上げ、通り過ぎる雲が下げる町のコントラスト。
乾いていく水辺。
演奏が終わり、拍手が鳴る。
観客は俺しか残っていなかったが、かるかんの技術は素晴らしいものだと思う。
変な歌詞も肯定的に聞けば、深夜アニメソングっぽくて懐かしい感じがしなくもない。
かるかんは立ち上がって、言った。
「かるかんは何も聞いていません。かるかんは長くこの砂漠の外に出ていません。かるかんはこの砂漠とは違う世界の話が聞きたいのです」
異世界って、そういう意味だったのか。
「わかった。何か考えておくよ」
「それでは、これは詩ができた時に交換します」
かるかんは報酬をギターの中に片づけ、代わりに何か取り出した。
サソリだ。ギターを一晩外に置いておくと食糧を捕まえることができると言っていたのは、ジョークではなかったのか。
そんなサソリをかるかんは、手のひらに乗せて俺に差し出してきた。
「あげます」
「いらない」
まさか断られると思っていなかったのか、かるかんが驚きの表情を浮かべた。
いつも眠そうにしている目がぱっちりと開かれたかるかんはかわいい。
「そ、そんな……おいしいのに。サソリもおいしくいただいてほしいと、考えているはずなのに」
それは無いと思う。
かるかんの手のひらの上にいるサソリも、顔の前でハサミを横に振った。
というか、どうしてサソリをくれるのだろうか。
「かるかんの作った歌を最後まで聞いてくれたからです」
かるかんが言うには、既存の歌だと高い評価を貰えるのに、自作の歌だとまるで相手にされない事に悩んでいるらしい。
詩が欲しいと言ったのも、新曲のヒントにするつもりなのだとか。
「さっきの子守唄も自信作だったのですが」
朝早くから働いているこの町の人々に、二度寝を提案する想いをこめて歌っていたそうだ。
外宇宙からやって来た猟奇殺人鬼が壁の隙間から出てくる歌詞に聞こえたのは、俺の聞き間違いなのだろう。
かるかんはサソリよりもおいしいヘビを捕ってくると言って、町の入口の方へと歩いて行った。
それを見送った俺は、ほとんど徹夜だった疲れが今になって出てきたのだろう、身体がふわふわするので、宿に戻ってもう一眠りすることにした。
はずだったのに、
「出発するわよ!」
なぜか宿の前で、肩書きが長い事で有名な奇跡の少女、フアルミリアムに捕まった。
フアルミリアムの隣には青ざめた顔のマナさんと、その頭の上でぐったりとしているひよこがいる。
「ええと」
「アンタの荷物も積んでおいたから、さっさと乗りなさい!」
見れば、乗り物のようなものが道に停めてある。二頭のラクダっぽい動物がロープで引く、小型の砂行船だ。
船はマイクロバス程の大きさで、風よけはあるが屋根は無く、砂行船の肝である海の魔法を引き出す宝石が、船体中央で赤い輝きを放つ。
船上には武器なのだろうか、旋回台座を備える一機の大型弩砲が銛をつがえてスタンバイしていた。
どうやらこの船、フアルミリアムが天上の神の指示で罰するついでに、カワイタキノコ商会から無期限で借りてきたものらしい。
神界の道具を商品として扱って儲けていた商会もアレだが。商会事務所を爆破し、会長の豪邸を爆破し、会長の実家を爆破し、会長のペットの犬小屋を爆破した、天上の神もたいがいだと思う。
「そうですか? 地下の神だったら、悪事を見逃した近隣住民と抽選で選ばれた若干名が、連帯責任で呪われてましたよ」
ひよこがさらっと怖い事を言う。
というか、抽選で呪われる若干名が気の毒すぎる。
そんなことを話しているうちに、俺たちを乗せた船は町の入口をくぐり、砂漠へと進み出た。
「速度を上げるからしっかり捕まってなさいよ」
フアルミリアムが手綱を引くと、船を引いていたラクダっぽい動物が二本足で立ち上がり、猛烈なダッシュをかけた。良く見るとマッチョな脚。
船は猛烈なスピードによって、モーターボートのごとく砂上を滑走し始めた。
乗せてあった荷物が船尾へ転がり、俺の鞄の中で仮眠をとっていたひよこが抗議の声を上げる。
マナさんは……ああ、船のへりを両手でがっしりとつかんで微動だにせず、涙目で船底をにらみつけている。
なんなのだこれは、というかどこへ向かっているのか、俺はごうごうと吹き付ける走行風に負けない声で、船首にある艇長席に座っているフアルミリアムに聞いてみた。
「決まってるじゃない。砂賊船スナソースを叩きに行くのよ! このダクー艇でね!」
ダクー艇とは今俺たちが乗っている砂行船の事で、ダクーとはラクダっぽい動物の事らしい。
俺が揺れる船上をふらつきながら艇長席の横まで移動すると、フアルミリアムはテニスボールサイズの水晶玉を覗いていた。
見れば、水晶玉には戦闘砂行船スナソースが映っている。
「おお、これいいな」
「でしょ? 天上の神に授かった、探しているものが映る水晶玉よ」
「で、スナソースはどこにいるんだ?」
「……」
映るだけだった。
船上にはダクーの足音と、砂をかき分ける音だけが響く。空を見れば、ところどころに雲が浮かぶいい天気だ。
太陽が大分高くなってきた頃、前方にいくつもの巨大な岩が見えてきた。近づくにつれて、山のように高い岩であることがわかる。
砂漠にもこんな景色があるんだなあ、と感心していると、隣のフアルミリアムが「ああっ」と声を上げた。
「見て!」
「ああ、山みたいな岩だな」
「そっちじゃなくてこっち!」
注目すべきは水晶玉の方だったらしい。
ぐいっとこちらに差し出された水晶玉に映し出されたスナソースの背景には、この辺にあるものとよく似た大岩が見える。
きっとスナソースは、このどこかの巨大岩地帯のどこかにいるのだ。
フアルミリアムはダクー艇を近くの岩に寄せて止めた。日影になっているので涼しい。
船体中央のにある海の魔法を引き出す宝石の赤い光が消え、海化していた船の周囲の地面がただの砂に戻る。
船から降りたフアルミリアムは、二頭のダクーに声をかけた。
「ダクー集合!」
「ヘイ」
「オヨビデスカ、キャプテン」
ダクーが喋った。エセ外国人みたいな口調だ。
というか、この世界の変な動物は言葉を話すのが普通なのだろうか?
フアルミリアムは持って来た水晶玉をダクー達に見せた。
「アンタたち、これがどこだかわかる?」
二頭のダクーは顔を見合わせてから、遠慮がちに、知っているがスナソースに近づくのはやめた方がいいと言ってきた。
この砂漠で最大の商会であるカワイタキノコ商会に所属しているダクーたちは、色々と知っているようだ。
ダクー艇のへりに腰かけた俺とフアルミリアムに、一頭のダクーが話し始める。
彼らは最強の砂賊で、最強の砂行船を持ち、最強の武器を持ったバロハニという名のボスが率いている。
神さえも敵に回して平然としているバロハニは、もう何人もの神の使いを返り討ちにしている。
船内の宝物庫は、戦利品である神界の道具がギッシリ詰まっているのだとか。
なんというか、あれだ。
「お近づきになりたくないなあ」
「何言ってんのよ、こんなふざけたやつ絶対ぶっとばしてやらないと!」
フアルミリアムは会う気満々だ。
俺と二頭のダクーはがっくりと肩を落とした。




