帰ってきた大幼虫と帰れない妖精
「戦闘砂行船の一隻や二隻、この魔法合金製のロングソードがあれば十分だ」
そう言ったマナさんは近くの丘を駆け上がると、戦闘砂行船スナソースに向かい剣を構え、高らかに叫ぶ。
「さあ来い!」
どうか砲弾が来ませんように。
ところがスナソースは、マナさんの気迫に押されたのか、再び舵を切りこの場からの離脱を始めた。
用事でも思い出したのだろうか?
「預言者さん、大変です!」
「どうしたひよこ?」
「後ろから大量の魔物が迫ってきています!」
丘の上で三人同時に後ろを振り返ると、地平線を曇らせるほどの砂煙を巻き起こしながら、向かって来る魔物の群れが見えた。
目を凝らしてみると、どこかで見たようなディティール。
気付いたマナさんが驚きの声を上げる。
「まさか、大幼虫!?」
大幼虫だ。しかも一匹や二匹ではない。
この数なら王国南部の草原を食い尽くして砂漠に変えたという説も、いよいよ現実味を帯びてくる。戦闘用砂行船も地平線の向こうへ逃げ出すわけだ。
どう考えても、さっきより状況が悪化している。
だが、そんな中でもひよこは冷静だった。
「大幼虫はもういません」
ひよこは携帯を操作するジェスチャーを見せる。
なるほど。
「わかった」
俺は改造携帯を取り出し、ホームボタンを押す。
しゅぼっと灯る小さな火。
「魔法はある。
この灯に魔法はある。
魔法は真の姿を照らし出す光となる。
魔法はこの灯にあり、偽りの幻影を払い去る」
唱えたのは幻影を解除する光の魔法。
大幼虫の群れが、作り出された幻なら、ゆがんで見えるはずだ。
結果は、
「んー……、あの辺ちょっとゆれて見えます、かね?」
ひよこが首をひねる。
対象が大きすぎるのと魔法の出力が低いせいで、はっきりとした効果が表れないようだ。
俺には光を扱う魔法の適性がないため、地下の神が携帯の中に詰め込んだ火の魔法に頼るしかなく、これ以上の出力は望めない。
もうかなり近くまで魔物の群れが来ているというのに、まだ判別がつかない。
というか、すでに逃げ切れる距離ではなくなっている。本物だったら俺たちみんな、視聴の際にモザイクが必要な身体にされてしまうだろう。
「あ」
「どうしました?」
ガス切れ、もとい火の魔法が切れた。
携帯のホームボタンを何度押しても、もう火は灯らない。本来の姿に戻ったのだ。おかえり携帯。
俺のあきらめの視線に、ひよこが肩をすくめる。
「見切ったぞ!」
「「え?」」
何を見切ったのか、マナさんが魔物の群れに向かって丘をすべり下りる。
ここに至ってもう考えることもないので、俺とひよこはその後を追いかける。地味に楽しい砂すべり。
そこにあったのは、半分砂に埋まったギターだった。
捨てられたものだろうか、汚れがひどく壊れている。具体的にいうと弦が張られていない。
マナさんが剣先をすっとギターに向けた。
「貴様が魔物たちの親玉だな!」
どうやら、このギターからこちらに注意を向ける気配を感じたらしい。この世界のギターには意思があるのだろうか? まあ良くわからないが、マナさんがそういうのならそうなのだろう。
三人でじっとギターを見つめていると、目前に迫っていた魔物の群れがいつの間にか消えてなくなっていた。
吹いていた風が止み、辺りは静かな熱気に包まれる。
そして……
「お見事です」
ギターがしゃべった――――
思い返せば、そんな感じの出会いだった。
現在、ギターに入っていた雪の妖精かるかんは、俺たちを近くの町まで案内してくれている。
俺はかるかんの後ろを歩きながら、さっきから気になっていた事をひよこに聞いてみた。
「なあひよこ、妖精って自分のサイズを変えることが出来るものなのか?」
「変身能力の有無は、妖精の種類によりますね」
なるほど。
人間大になったかるかんは、ギターを片手に裸足で歩いている。
「ひよこも大きくなれるのか?」
マナさんが後ろから話しかけてきた。今のを聞いていたのだろう。
ひよこは少し困った顔で、できますけどやりませんよと答えた。
変身能力を使わずにいれば病気にかかりにくくなるという、逆に考えたくない祝福があるらしい。
マナさんはそれなら仕方ないと、残念そうな顔をする。
ひよこは後ろ向きに飛びながら、もしも自分が人間大になったらどうしたいのかマナさんに尋ねた。
「ひよこにまともな服を着せたい」
「水着はまともな服ですよ!」
ひよこは、自分よりも先にかるかんに言うべきだと主張する。
マナさんは顔を上げ、前を歩くかるかんへと視線を向けた。
「かるかんは、ちゃんと服を着ているだろう?」
「あれは羽ですよ」
おお……
日が暮れてきた。
地面は赤さを増し、月と太陽が共存する空を青紫色の帯が両断している。
四方にガスファンヒーターを置いたような暑さから一転、真夏のコンビニ店内のようになった空気がきびしい。
というか、足がつらい。主に足がつらい。もうRPGゲームで、歩き回るレベル上げを楽しめない。
俺はつとめて笑顔で、近くの町とやらはどこにあるのかと、かるかんに聞いてみた。
かるかんは足を止めて、こちらに向き直る。あの後マナさんに着せられた、砂で白くなった黒色のマントが暖かそうだ。
「近くに町がある事を鳥から聞いて三日たちました。かるかんは未だ町の近くにいるのです。いつの日か、かるかんは近くという距離を知るでしょう。それが町にたどり着いたときであることを、かるかんは願うのです」
詩的だ。
しかも、遭難している。
目を閉じたまま祈るように胸の前で手を組んだかるかんをよそに、俺たちは次の行動を話し合う事にした。
作戦会議の結果。
ひよこの未知のものを見つけ出す力を消去法的に使って、元いたオアシスの町を目指すことになった。
余談だが、地面に立てた魔法合金製ロングソードの倒れた方向に進むというマナさんの案は、無事却下された。
再び歩き始めてから間もなく、雲の切れ目からきれいな星が見えてきた。
あの星々は砂漠で行き倒れた者の魂なのです、などと言うかるかんの言葉は聞かなかったことにする。
見れば前を行くひよこも、星空を見上げていた。
ひよこは、白く染まる息を吐いて「方角は合っているようですね」とつぶやく。
真面目に町を探していたみたいだ。
丸投げした上に、ぼんやり空を眺めていてなんだか申し訳ない。
「ああ、そういえば」
マナさんが何かを思い出したようだ。
「雪の妖精は通りがかった人に幻を見せて迷わせるという話があったなあ」
「そうなのですか?」
かるかんが隣にいたマナさんを見上げて聞いた。
私が聞きたいのだが、とマナさんが返す。
「かるかんはどちらかというと、この世界という幻に迷わされ続けています」
「うん? よくわからないが、昼間使った幻を見せる術はすごかったぞ」
「あれは、砂の神に押し付けられた、持ち主の意思とは関係なく砂の神の都合で砂上に幻を作り出すスキルです。かるかんはこの世界と言う乾いた砂漠で無力なのです。いっそかるかんの方が幻なのかもしれません。……はぅ」
かるかんがついたため息を、星明りをうけた空気が白く映し出す。
寒い。日焼け防止の為に制服の上着を着てきて正解だった。
これも、この地方に来た初日に、
「えっ、雪の妖精には幻を見せる力が無いのですか?」
あ。俺の回想は、ひよこによってキャンセルされた。
ひよこは、こちらにやってきて話を続ける。
「ということは、ソト王国の極地探検隊が、雪の妖精の作り出した幻によってクレバスに落ちたというのは、作り話だったのでしょうか?」
ファンタジーをホラーにシフトさせるのはやめてほしい。
マナさんも微妙な顔をしている。
「私が聞いた話では、探検隊の生き残りが犯人という事になっていたが……」
「なんですかそれ! くわしく! くわしく教えてください!」
「この話結構長くなるのだが、まあいいか、町に着くまでだぞ」
到着が遅れそうだ。
どういうことかとこちらを見てきたかるかんには、幻が大好物の妖精もいるのだと伝えておく。
結局、俺たちがオアシスの町に到着したのは、星が撤収を始めたころ。
極地探検プロジェクトの一部始終に加え政治的背景までしっかりと語られた後の事だった。




