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戦闘砂行船スナソース


 雪のように白いウェーブのかかった髪。

 まぶしいのか眠たいのか、閉じられたままのまぶた。

 小さな小さな少女は、壊れたギターのサウンドホールからひょっこりと姿を現した。


「ギターが喋ってるのかと思ったら、中身がいたのか」


 俺の言葉に、少女はにこりとほほ笑んだ。

 ひよこは少女の隣に降下して、ぺこりと頭を下げる。

 少女もおそらく妖精なのだろうけど、縮尺が違うのか、ひよこの半分くらいの大きさだった。


「先程は助かりました。私は地下の神の使いのひよこです。こちらは預言者さん。その隣にいるのは、マナさんです」


 少女はひよこに向かって何か言っているが、声が小さすぎて聞こえない。

 ひよこは何度かうなづいてから、声が届かないからもっと近づくようにと手招きする。

 俺とマナさんはギターの前に正座して、話を聞くことにした。



「かるかん。雪の妖精です」


 小さな妖精かるかんは、小さな小さな声でそう言った。

 よく見ると、ひよこと違って背中に羽のようなものは付いておらず、かすかに透けてみえる薄い布を使ったワンピースは、砂色基調の二色迷彩柄で、あんまり雪の妖精っぽくない。

 まあ、保護色としては正解なのだけど。


 俺は改めて周りを見渡す。

 薄曇りの空の下。地肌を見せる大地は地平線まで続き、ところどころ植物のようなものや岩などが転がっている。

 ここは、ショウ王国南部からソト王国領内へと伸びるの広大な砂漠地帯。周囲三百六十度、俺の靴の中までしっかり砂漠だった。


 暑い……




 ――――時は少々さかのぼる。

 俺たちの前には、ある問題が立ちふさがっていた。


「おーい、誰かいるのか?」


 木製のドアが声の主から引き出した、ノック音が響く船室内。

 ひよこは引き出し付きの机の上に立って、俺が広げた設計図面を見ながら対策を考えている。


「目的地までは、この船室の外にある通路を使わざるを得ませんね」

「まいったな」


 俺たちが乗り込んだのは、オアシスの町に停泊中の戦闘砂行船(せんとうさこうせん)スナソース。成り上がりの砂賊(さぞく)が大金をはたいて建造した、王国海軍も所持していない、最大クラスの一等砂行船だ。

 スナソースの火力は両舷合わせて百門の高性能砲、使用する弾丸は着弾地点周辺の物体をバラバラにするデンジャラスな新型砲弾。

 同船の設計者が言うには、神界の道具が組み込まれた謎の魔法動力炉を備え、無補給の砂上推進を可能としているらしい。

 おそらくその設計者にすら謎と言わしめる魔法動力炉に、地下の神のフォークも含まれている。


 そんなスナソースに上手く潜入できたと思った矢先、船外に集合していた砂賊たちがなぜか一斉に戻ってきたのは、想定外の出来事だった。

 やってきた砂賊に見つからないようにと近くの船室に隠れたら、このありさまだ。


「ここを開けてくれ、運び込む荷物があるんだ」


 再びこんこんと鳴いたドアから設計図面に視線を戻す。


 目的地の魔法動力炉は、ここから二階層下の船体中央部。

 しかも、即席のバリケードをはったこの部屋の外には、不審に思った砂賊たちがそくぞく集合中だ。

 困った事になってきた。



「ドアから出られないのなら、床を抜けばいいじゃないか」 


 思わぬ発言に振り向くと、マナさんが両手を腰に当てて立っていた。

 マナさんは今日もきれいだ。


「ドアから出られないのなら、床を抜けばいいじゃないか」(二回目)


 ひょっとしたら聞き間違いかと思ったが、そんな事はなかった。

 思わず図面を見直す俺とひよこ。

 信じられない事に間違ってはいない。間違ってはいないのだけど。


「可能ですか?」

「魔法合金製のロングソードをもってすれば、たやすい事だ」


 実際たやすかった。

 目にも止まらぬ速さで物理法則を飛び越えて繰り出された剣によって、ウサギ型に開いた床の穴。こだわりの造形。

 床の穴の向こう側から見上げている砂賊たち。その一人が叫んだ。


「し……侵入者だーっ!!」


 はい。侵入者です。



 徐々にボリュームを上げていく階下のざわめき。

 マナさんは、俺とひよこの訴えるような視線を受け流しつつ、部屋のすみに立ててあったデッキブラシを手に取り振り返る。


「道は開いた。いくぞ!」


 いばらの道に見えるのは俺だけだろうか。


 そんな疑問をよそに、マナさんはひよこを肩に乗せて階下へと降り立った。

 マナさんは棒術も使えるのだろう、デッキブラシをびゅんびゅん振り回し、やたらカッコいいポーズで構える。

 この空気の中、俺も階下に飛び込まなくてはならないのだろうか?


「我々は地下の神の使いです。この船にある地下の神のフォークを差し出しなさい!」


 ぐるりとまわりを囲む砂賊たちに要求をぶつけるひよこ。

 砂賊たちは、なめるなと言うや、その辺にあった武器になりそうなものを手に取り襲いかかった。


 マナさんはデッキブラシを武器に、飛びかかる砂賊を流れるような動作で、ちぎっては投げちぎっては投げのルーチンワーク。

 無敵とはこういう事だと言わんばかりの風きり音が踊る中、それは起こった。


 船体をどかんと揺らす衝撃。

 俺が覗いていた床の穴が天井の穴へと変化し、差し出されるマナさんの左手。ありがとうございます。細かい振動がゆったりとした上下動に変わり、船体後方へと引き寄せられる感覚が足元から提供される。


「わ、動いてますよ!」


 船体側面にはめ込まれた丸い窓から外を確認したひよこが叫ぶ。

 こちらを振り返ったひよこの後ろで流れるのは、円形の枠にはまった砂漠の風景。


「ひゃああああ! わ、私に勝てないからと言って、船を動かすなんて卑怯だぞぉぉ」


 可愛らしい悲鳴をあげたマナさんが、デッキブラシを投げ出し、頭を抱えてうずくまる。こうなってしまったマナさんは、もはや戦力としては機能しない、ただの美人だ。

 普段ならそれで十分なのだが、状況はそれを許さなかった。

 頼んでもいない砂賊のおかわりが、船室に入ってきたのだ。



 必死の悪あがきもむなしく、気が付いたときには、俺たちは甲板から砂の大海原へと叩き落とされていた。

 正確には撤退戦の末に追い詰められて落ちたというか、マナさんに至っては自主的に飛び降りていた気もする。


 数秒の無重力の後、柔らかそうに見えて実は硬い砂の地面と再会した。

 痛む体を起こすと、海の魔法によって砂を波のようにかきわけながら、去り行く先程まで乗っていた船が見えた。

 無数の白く大きな帆が風を受けて力強いカーブを描き、四本の背の高いマストは大木のよう。

 元いた世界の映画で見た海賊船を、さらに大きく頑丈にしたようなシルエットの威圧感が恐ろしい。


 これが、戦闘砂行船スナソース。

 名前は変なのに、かっこいい。



「預言者さん。大丈夫ですか?」

「ああ、なんとか」


 やって来たひよこはスナソースを見つめながら言った。


「案外あっさりと解放されましたね」

「助かった、のか?」


 停船して追っ手が降りてくるような気配もない。

 そのかわり、スナソースはゆっくりと舵を切り、広い船体側面をこちらに向ける。続いて、船体側面にある四角い窓が一斉に開くと、凶悪そうな大砲が顔を覗かせた。

 人以外の物にだけ向けることを切に推奨したい、片舷五十門の高性能砲だ。


「ひよこ……」

「大丈夫です。我々には地下の神の加護があります」


 それがあったか(つまりなにもない)

 いい笑顔のひよこから視線を外す。


 もうどうにもならないのか?

 待てよ、マナさんなら何とかできるかもしれない。

 俺は、ぺたりと座り込んで抜け殻のようになっているマナさんに声をかけた。


「マナさん!」

「え?、はっ! そうか、地上に降りたのだったな」


 魂がですか?

 そんなことを考えていると、ついにスナソースの高性能砲が火を噴いた。

 ぼんぼんと音を立てて散発的に放たれる砲弾は、俺たちの頭上を通り越えていく。

 やや遅れて聞こえてくる新型砲弾の爆発音。


 いよいよ大変な状況になってきた。



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