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本物の地下の神の使い


 自爆スイッチの入った変形ナイフは、完全にカニシア工房製だった。

 よく知っている火薬のにおいと、かん高い耳鳴りの音。

 廊下の端まで吹き飛ばされたのだろうか、痛む背中に壁の感触がする。


 俺が震えるまぶたを開けると、この場にいるはずのない、見知った人物が目の前で立ち上がるところだった。

 爆発にでも巻き込まれたかのようなすすの付いた顔をしており、手に持ったフォークが俺に向けられた。

 ああ、そうだこの服装。さっきまで戦っていた工作員だ。顔を隠していた布が吹き飛んだのか。


「ごめんよ、見られなければ消す必要はなかったんだ」


 でもこの声は、その顔は……


「クロエ?」


 俺を土に返すために動きかけた工作員の手が止まる。

 と同時に、


「魔法は衝撃となり、敵を撃つ!」


 良く通る声と、魔法のかたまりが側面の階段から突っ込んできた。

 窓が割れ、ほこりが舞い、天井の破片が降り注ぐ。

 衝撃が収まってから階段に目を向けると、意外な人物がいた。


「フアルミリアム!?」


 天上の神の使いで魔術師にして三大魔物討伐達成者、あと名誉なんとかの称号をいくつか持っていて、本日誰よりもこの建物を破壊した奇跡の少女、フアルミリアムだ。

 フアルミリアムは、裏王都ではそれほど目立つことのないゴスロリ衣装をたなびかせ、階段を駆けあがると、勢いそのままに廊下を滑り、右手に持っていたステッキのようななものの先端を、飛び退いた工作員に向けた。

 ステッキのようななものは、良く見たらJ字型のハンドルが付いた小さな傘だった。


「その神界の道具をこちらに渡しなさい!」


 フアルミリアムは言うと同時に、小さな傘の先端から衝撃の魔法を連射した。渡すのを待つ気が見られない。

 工作員は素早い身のこなしで次々と魔法を回避、一発も当らない。それどころか姿勢を低くとると、フォークを構えてこちらに駆けてきた。


「へえ、良い根性してるじゃない、よく似た誰かさんとは大違いね。でも、甘いわ!」


 不敵に笑って見せたフアルミリアムは、左手で傘の下ろくろにをつかむと、勢いよく傘を開いた。

 次の瞬間。どかんと特大の衝撃が廊下を震わせた。

 身体をくの字に曲げて廊下の奥へと吹き飛ばされていく工作員。


 フアルミリアムは、優雅な動作で傘を肩にかけてポーズを決める。

 くるくると回される小さな傘は、黒を基調としたひらひらした装飾が目立つ、実用性よりも見た目重視のデザインだ。

 目が合った。なんとなくだが、早くこの新アイテムについて聞けと言われているような気がする。


「ええと、それは?」

「良いところに目を付けたわね。これは天上の神に授かった、持つ者の魔法を強化し、敵対者を弾き飛ばす傘なのよ!」


 天上の神はいいもの持っているなあ。


「ところで、なんでフアルミリアムがここにいるんだ?」

「あら? 私は野放しにされている神界の道具を処分するように言われてきたんだけど。アンタたちも同じ目的じゃないの?」


 絶縁の神が伝えたのか、潜入工作員の動きから察したのか、知らないところで話が進んでいる。

 フアルミリアムには助けてもらっておいて悪いが、フォークを処分されては困るので、先に倒れている工作員から回収してしまおう。

 俺がさりげなく廊下を進もうとしたところ、


「ちょっと! 横取りするつもり? 倒したのは私なんだからね!」


 引き止められてしまった。

 そこから先は、見つけたのは俺だ、倒したのは私だの、主張合戦。

 結局、一番奥の部屋からひよこたちが出てくるまで続けてしまった。


 ともあれ、これで問題は解決したも同然だ。こちらには交渉にめっぽう強い、ひよこがいるのだから。

 俺はさっそくひよこに助言を求めた。


「はあ、それはいいのですが、肝心のフォークはどこですか?」

「「えっ!?」」


 驚きの声を上げて、廊下を見回す俺とフアルミリアム。


 ない。

 廊下に転がっていたはずのフォークがない。

 それどころか、一緒に転がっていた工作員の姿もない。


 ぴぃぃぃーぃっ、と突然、廊下に笛の音が響いた。

 エンマクサのあった部屋からだ。開けていたはずの扉が閉まっている。

 俺とフアルミリアムは顔を見合わせた。



 大きく開かれた窓。

 風にゆれる煙色に染まったカーテン。

 開いた唇からこぼれる小さな笛が、一瞬だけ照明を弾き、首からかけたひもをスイングする。


「ご苦労。頭の変装が溶けているのは、なぜだい?」

「下で待ってたら、水かぶりましてん。ていうか、あんさんも顔見えてますやん」


 工作員の問いに答えたのは、バケツが直撃したあの恐竜だった。

 いや、恐竜ではない。よく見れば頭にはくちばしが付いており、前足の代わりに生えた翼で窓の外を飛んでいる。

 工作員は恐竜もどきに飛び乗った。その手にはフォークが握られている。


「待て!」


 俺の声に一度だけこちらを振り返った工作員は、恐竜もどきに行けと命じ、裏王都の暗い空へと飛び立った。

 シンバルのような音を立てて窓ガラスをたたき割った数発の魔法は、暗闇に吸い込まれていくばかりで手ごたえは無い。

 室内に残された、くやしげな声と徒労のため息。



 この日を境に、絶縁の神の預言通り、裏王都の力関係は大きく変わった。

 勢いを失った二大組織にかわって、天上の神を称える党という名の新しい組織が、街を取り仕切るようになったのだ。

 ちなみに天上の神を称える党の構成員は、旧二大組織のメンバーなのだとか。

 お城の領主は何をしているのだろう。


 王都への引っ越しを済ませたメリーは、ねこのなまくびグッズの販売店を始めたようだ。名義上は絶縁の神の人界神殿という事になっているのだが、いいのだろうか。

 フアルミリアムは、王都での仕事を終えた聖騎士マナさんと合流し、奪われたフォークの行方を追っている。


 そして王都へ戻った俺たちを待っていたのは、地下の神からの呼び出しだった。




 地下の神の神殿。

 応接間の宙に浮かぶ、ねこのなまくび缶バッジ。


『これは、かわいいですね。ねこでかわいいがあります』


 裏王都土産は、地下の神に気に入ってもらえたみたいだ。

 このキャラクターは、首から下が無い事を知られなければ、プレゼントに使えるという点が優れていると思う。


『大変良いなまくびです』


 ご存じだった。

 苦笑いを浮かべる俺と、自信に満ちた表情を維持するひよこ。

 缶バッジが、背の高い切り株の上にゆっくりと置かれた。


『ひよこ』

「はい」

『どうしてですか?』

「神界の道具に対抗するには、必ず神界の道具が必要になります」


 準備不足だった事を、フォークを確保できなかった理由にするのだろうか?

 実際、神界の道具を貰っていたフアルミリアムは、対抗できていたので間違ってはいない。

 しばらくして、地下の神は言った。


『お願いします』


 任務の内容はもちろん、野放しにされた神界の道具の処分だ。

 本当に処分していいのか、一応聞いてみる。


「あの、フォーク壊しちゃっていいんですか?」

『……境界還元剤、あげます。使って、使って下さい』


 応接間の奥から植物のつるが伸びてきて、その先にくくり付けられたものが、俺の手に渡された。

 赤く光る液体が入った、手のひらに収まるくらいの小さな容器だ。容器内にストローのようなものが見えるので、スプレーボトルなのだろう。


 ふいに周囲が明るくなる。聞こえてくる王都のざわめき。



 どうやら神殿から王都に戻されたようだ。

 ここ数日間ずっと暗がりにいたせいで、陽の光がまぶしく感じてしまう。


「それでは、一旦拠点に戻って準備をしましょうか」


 ひよこに続いて、王都歓楽街を後にする。

 一度だけ振り返って見た裏王都の入口である旧城壁の上では、トラ柄のネコがうつ伏せになっていた。


「あ、すっかり言い忘れていました。預言者さん」

「どうした?」

「完璧で完全でしたよ。預言者さんは間違いなく地下の神の使いです」


 背中を向けたままのひよこがどんな顔をしていたのかはわからないが、その声はどことなく嬉しそうだった。



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