缶切り三倍段
地下の神のフォークが保管された部屋の前。
メリーが、両開き扉についたコの字型の取っ手をガタガタさせている。
「組長ぉー、これカギかかってるんだけど?」
「無駄に几帳面な盗人め、今に見ていろ。カギならワシが持っているから……ん? あれ?」
組長こと工業組合長は、着込んだ高そうな服のポケットというポケットをたたいて、青ざめた。どうやら持っていたカギを盗まれていたらしい。おろらく、そのカギは部屋の中だ。
さて、どうしたものか。
「預言者さん、あの変なナイフにカギ開け器具ついてましたよね」
「それだ!」
ひよこに言われて、俺はポケットから変形ナイフを取り出し、小さな取扱説明書付きストラップを外す。
ちょうどいいサイズの取扱説明書を読み上げるひよこに従って、展開したカギ開け器具を、二つの取っ手の間にあるカギ穴に差し込んだ。
ひよこは操作説明を続ける。
「次は変形ナイフ本体をひねって、カギ開け器具を分離させます」
「よし、できた」
「それが完了したら、すぐにその場を離れて地面に伏せてください、ってこれ……」
これ爆発するやつだ!
ひかえめに煙をふかす、こぶし大に広がったカギ穴。
わずかに手前に開く両開き扉。
俺たちは皆、床にうつ伏せになったせいで、エンマクサの煙が付いて、爆発に巻き込まれたみたいな姿だ。
メリーがかしゃかしゃと音を立てて、服に付いた汚れを落としながら言った。
「やるじゃないか、ヨゲンシャ。どっちが潜入工作員かわからないな」
「そりゃどうも」
カギの開いた部屋の中には、誰もいなかった。
中央にある台の上に乗った、フォークの保管ケースは開けられていない。
潜入工作員は、保管ケースにかけられた数字設定式のカギを開けられなかったようだ。
組長が自身の誕生日と思わしき番号をカギに設定して、フォークを取り出した。
探偵モノによくある、ニセ物と入れ替えられていた展開を予想したが。そんなことは無かった。
部屋の中をきょろきょろと見渡すひよこ。
「犯人はどこへ行ったのでしょう?」
「おそらく、横の物置部屋ですな。今度こそとっちめてやりましょう」
腕まくりをしてから物置部屋のドアノブを開けて突入する組長に、私が必殺キックをお見舞いしてやるとメリーが続き、決め台詞は私に言わせてくださいとひよこが続いた。
俺は特に思うところもないので、後ろから見ていることにした。
三人がドアをくぐった瞬間、それは起こった。
三人と入れ違いに小柄な影が、開いたドアの上部をかすめるように飛び出し、空中でドアを蹴って閉めると、ねばつく物体をドアノブに叩きつけた。
閉められた物置部屋のドアがガタガタと揺らされ、中から慌てた声が聞こえてくる。
「開かない! 閉じ込められたぞ!」
「メリー。スキルを使って開けてください」
「ごめん。あれ、日に一回しか使えないんだ」
「あのれ盗人めーっ!」
どうも接着剤だったようだ。
おそらく潜入工作員は、この瞬間のために、ドアの真上で待機していたのだろう。体格的に子供のようだが油断はできない。
忍者か特殊部隊を思わせる、黒ずくめの工作員と目が合った。
「チッ」
「させるかっ!」
俺と工作員は二人同時に、ビーチフラッグよろしく、開けっ放しの保管ケース内のフォークに飛びかかった。
勝ったのはもちろん工作員。
平均やや上程度の体育成績じゃプロには敵わないが、こっちもプロの神の使いだ。突発的な戦闘のコツはだいたいひよこから学んでいる。
工作員が台の上に乗って、フォークを槍の様に頭上で振り回しているのはただの威嚇だ。
俺は工作員から目を離さないようにしながら、両開き扉の前をふさぐように陣取ると、ポケットから変形ナイフを取り出しナイフの刃を展開した。切れ味なんか関係ない。こちらも威嚇なのだから。
状況を察した物置部屋の組長とメリーが、やっちまえとドア越しの声援を送る中。
ひよこが冷静な声でアドバイスをよこしてきた。
「預言者さん、相手は訓練を受けた工作員です。素人ケンカの戦術は通用しないので、戦わないように。ただしフォークは奪われないように、立ち回って下さい」
難易度高すぎる!
どうすればいいんだ。
工作員の目線が俺の武器に移り、顔をしかめた……ような気がした。
次の瞬間、フォークの先が顔面に迫った。
「うわっ!」
どんと音を立てて、半開きだった部屋の入口の扉に背中をぶつけながら廊下に飛び退く。
俺は再び突き出されたフォークを避けようと上体を引いた瞬間、両足が滑った事に、全身が凍りつく感覚に襲われた。
まさかここまで計算して煙をたいたのだとしたら、この工作員には絶対勝てない。
「けどそんなことはなっ うおっ!」
恐怖を振り切って横に転がった俺のすぐ隣の床に、フォークの反対側がどかんと叩きつけられた。そっち側なら当たっても土に返らないけど、へこんだ床を見るに、明らかに痛いじゃすまない威力だ。
俺は素早く身を起こして、廊下の壁に背をついた。ついてしまった。ああ、しまった。
工作員は、退路が開けた事で俺の前を通り抜ける。
そこへ階段を守っていた二人の組合員が飛びかかった。素晴らしいタイミングだ。が、全く相手にならなかった。
一人は足払いで床にたたきつけられ、もう一人のみぞおちには肘が決まっていた。
全ての障害を排して先へ進もうとした工作員の前に、再び人影が立ちふさがる。
もう登場人物はいないはずなのに、一体誰なのか?
俺が画面越しにこのシーンを見ていたなら、きっとそう思ったはずだ。
だが、立ちふさがったのは俺だった。
改めて見れば、ナイフだと信じてにぎっていた、変形ナイフは缶切り形態。
ノコギリを見つけたので五分ほど待っててくださいという、ひよこの声。
そしてさっきからやたらとうるさく感じた音は、俺の心臓だった。
五分なんて長すぎる。五十秒すら持ちそうにない。
幸いな事に、工作員は今のところ殺さないようにふるまっているので、最悪大けがをするだけだ。打てる手は少ないが、あるものは全部使わなければどうにもならない。
俺は大声を張り上げた。
「いいか、俺はそのフォークの管理者たる地下の神の使いだ!」
工作員はまったく動じない。
「あと、こいつはタダの缶切りじゃないぞ! カニシア工房製だ! カニシア工房製だぞ!」
あ、ちょっと動揺した。
しかし、それも一瞬の事だった。
眼力を取り戻した工作員は、フォークを横なぎに振るった。
フォークの先端が触れた廊下の壁が、ばさばさと音を立てて土に戻っていく。
思わずしゃがんだ俺の頭上を通過したフォークが、霧を払うかのように軽々と反対側の壁を削った。
あと五分あと五分と頭の中で繰り返される呪文は、何の効果ももたらさない。俺がやぶれかぶれで繰り出した缶切りは、くるりと回ってやって来たフォークの反対側に弾き飛ばされる。
神はいないのか! ああ、裏王都にはいないのだ。
大けがを覚悟した俺の瞳に、飛んで行った変形ナイフがスローモーションで映る。廊下の天井に当たった変形ナイフから飛び散る火花。なぜ火花? いや、これ……
これ爆発するやつだ!




