わなわなもくもく工業組合
にわかに事件性の高まりを見せるボヤ騒ぎ。
工業組合員たちがざわつく中、かしゃかしゃと音を立ててこちらに走ってくる人影が一つ。
「おーい!」
メリーだ。
彼女にとりついていた地下の神の右腕の用事が終わって、裏じゃない王都から帰ってきたのだろう。頭の角を隠すふんわりした大きな帽子が、良く似合っている。
息を切らせたメリーは、俺の両肩に手を置いて呼吸を整えてから、顔を上げた。
「やるじゃないか、ヨゲンシャ!」
「俺がやったみたいなこと言うなよ」
ちがうの? と首を傾げるメリーに向かって、一匹の恐竜が進み出た。
「お前は自警団の! どの面下げて来やがった!」
「は? 何言ってんの。私もうあいつらとは無関係だし」
メリーは自称地下の神の巫女から、地下の神の右腕改め、絶縁の神の使いになったのだという。
ひよこがメリーと工業組合員たちの間に入って、裏王都自警団が地下の神とは関係のない組織になった事を付け加えた。
これに対して工業組合長の喜ぶこと喜ぶこと。地下の神の使いは我々だけだーと叫んで、両手を真っ暗な天に掲げている。
……俺たちも地下の神の使いだけど。
そんな工業組合長の様子を無視してひよこは、メリーに向き直った。
「はじめまして、でしょうか? 私は地下の神の使いのひよこです」
「ええと、今朝方うちの神様に会っていた人だっけ? ヨゲンシャの知り合いだったのか」
「はい。私と同じ地下の神の使いです」
メリーは再び首を傾げた。
「ん? ひょっとして、ヨゲンシャって未来予知の方じゃなくて……てことは、絶縁の神が言ってた潜入工作員とは別人?」
「やはりそう言う事でしたか」
今度のは俺にもどういう事なのか理解できた。
昨日メリーが言っていた「この街の力関係を変えるであろう潜入工作員」というのは右腕もとい絶縁の神の神託で、今起きているこの事件の犯人こそが潜入工作員なのだろう。
そして、おそらく犯人の狙いは……
「地下の神のフォークか?」
「さすが預言者さん、話が早くて助かります」
俺とひよこは答え合わせを終えると、煙立ちのぼる工業組合本部から、後ろを振り返る。
さっきまでのざわめきがうそのような静けさだ。
すっかり青ざめた工業組合長が、ふらつく足取りでこちらに一歩踏み出した。
「わ、我々は一体どうしたら」
「保管しているフォークをみすみす盗まれるようでは、地下の神の使いは名乗れませんね」
「そ、そんな……」
ひよこはメリーに向き直る。
「絶縁の神。フォークはまだありますか?」
メリーの目つきがすっと変わった。普段よりやわらかく、それでいて隙のない視線がひよこを捉える。
「ええ、まだあります。私は手伝えませんが、必要ならメリーを使って下さい」
話し終わるとメリーの目がパッと見開かれ、なんで私が組長の手助けなんかしないといけないんだと、文句を言い始めた。
一人二役なのがちょっとおかしい。
あと、組長って工業組合長の事だろうか?
ひよこは工業組合長に向かって言った。
「組長!」
「あの、自分は組合長ですが……」
突然の組長呼ばわりにたじろぐ工業組合長に構わず、ひよこは命じる。
「とりあえず包囲です!」
「は、はいっ」
恐竜に騎乗した組合員たちが、本部に向かって一斉に駆け出し、建物の包囲を完成させる。
いい仕事だ。そして、
「それでは、行きましょうか」
俺たちは工業組合本部へと足を踏み入れた。
工業組合本部二階。
「白か」
「白ですね」
通路の天井から、網のようなもので吊るされたメリー。
組合長が言っていた、防犯用の罠が仕掛けてあるというのは本当らしい。
「ああああ、ぱんつ見てないで、助けろー!」
とりあえずメリーをありがたい罠から救出しなければ。
「預言者さん、あの変なナイフ持ってましたよね」
ひよこに言われて、俺はポケットから変形ナイフを取り出した。小さな取扱説明書付きストラップがゆれる。
これは、柄の中に折りたたんで内蔵された栓抜きやねじ回しなどを、必要に応じて展開して使う、異世界版十徳ナイフだ。
考案者がクロエの師匠で、試作者がクロエという事実にはこの際目をつぶろう。
俺はナイフを展開して網を切ろうとしたが、すこぶる切れ味が悪い。
あきらめてハサミを試してみたが、今度はぱきんと音を立ててネジ部分から真っ二つに分解してしまった。
これはもういっそ、変形ナイフ本体を修理する道具を内蔵するべきだな。
「あー! もういい、私が自力で何とかするから離れてろ!」
メリーは、自身の右手に着けた白色の長い手袋を噛んで脱がす。
中から現れたのは、青白い光を放つ境界でできた右腕だった。
その腕を天井に向けてメリーは唱えた。
「すごスキル」
一瞬耳を疑ったが、メリーも地下の神から分かれた絶縁の神の使いなので、なんらかのスキルを貰っていてもおかしくはない。
おかしくはないが……呪文がださいとは思わないのだろうか。
「え、そう? かっこよくない?」
床に落ちた網罠から抜け出したメリーは、境界に触れるらしい特殊な手袋をはめ直し、スカートをはたきながら言った。
そう思えるセンスがうらやましい。
メリーが使ったのは、すごい効果を発揮して二対象間の縁を七生にわたって断絶するスキルらしい。
天上から網罠を切り離すのに使うには、いささかオーバースペックだ。
とりあえず、後ろからついて来ている工業組合長に罠を解除してもらおう。
このままでは通路を進むのもままならない。
などと思って振り返ったら、網罠にかかった組合長と目が合った。
まったく世の中油断ならない。
罠から解放された組合長が言うには、防犯用罠の解除レバーを倒したのに、罠が動いたらしい。
おそらく、防犯システムはもう敵の手中に渡っている。
まだ見ぬ潜入工作員は、なかなかいい仕事をするようだ。
「感心するのはいいけど、これどうするんだよ」
メリーの言う事はもっともだ。
三階へ上がるための階段まで、この廊下を進まなくてはならない。
ひよこは、これまでに進んできた廊下の距離と罠の数から、一列になって進めば、今いる半数は無事に三階へたどり着ける計算だと言った。
俺、ひよこ、メリー、組合長は、後ろに控えていた組合員たちへと視線を向ける。
勇敢な組合員八名の活躍にご期待ください。
その後、無事三階に到着した俺たちは、片っ端から扉と窓を開けて、こもった煙を追い出し、特に煙の濃かった部屋の中で、煙を出すバケツを発見した。
水を張ったバケツの中にエンマクサが浸けられている。こうやって煙を発生させるのか。
ひよこが、バケツを放置しておくと、部屋の中が洗っても落ちない煙色に染まってしまうので、外に捨てるようにと言う。
メリーはバケツを両手でつかむと、開け放たれた部屋の窓から外へと放り投げた。
「そりゃー」
ばしゃーっという水音に続いて聞こえてくる「顔面がもくもくするーっ」という悲鳴。
しまったという顔をしているメリーの横から、窓の下を覗いてみる。
建物を包囲している組合員が乗っていた、恐竜の頭にバケツがかぶさっていた。首から上が黒色という珍しい模様をしているので、レア恐竜かもしれない。
メリーが窓から乗り出して謝ると、恐竜は「もくもくするの好きやさかい、きにせんでええよ」と返す。
いいやつだなあ。
煙の対処が終わった俺たちは、ついに一番奥の部屋へとたどり着いた。
三階からの脱出路である階段は、罠を逃れた二人の組合員に守らせてある。もはや敵は袋のネズミだ。
そのはずだった。




