地下の神の右腕と地下の神の右腕
「確かに、地下の神の使いの方ですね」
自警団本部。
日を改めて訪れた俺たちの前に現れたのは、メリーだった。
見た目は昨日と変わらないのだが、なんというか雰囲気が違う。
この面会は、神殿ではなく応接間で行われている。
現在、室内には俺とひよこ、そして今やって来た自称地下の神の巫女であるメリーしかいない。
ひよこがテーブルの上に出された本日のスイーツを食べながら、つぶやいた。
「そういう事でしたか」
どういう事だ、とひよこに視線を送る。
「あれは地下の神の右腕です」
右腕と言うのは、重要な部下という意味ではなく、文字通りの意味だった。
そう、千年前に七年帝国との戦いで、地下の神が斬り飛ばされた右腕である。
神様は腕一本だけになっても神様たりえるらしい。
そんなプラナリアじみた神様が、今メリーの体を借りて俺たちと会話しているのだ。
ひよこは、自分用の小さなハンカチで口の周りを拭うと、メリーもとい右腕の前にふわりと進み出た。
右腕は何かに気づいたのだろう、首を傾げつつひよこに尋ねた。
「あなた……もしかしてひよこですか?」
「意外でしたか?」
「ええ、まさかまだ生きたまま使われているとは思いませんでした」
「いくら力を奪ったところで本質は変わらないものですよ。頭の足りない残骸さん」
右腕は目を丸くしてひよこを見てから、言った。
「どうやら本当に認めて頂けたみたいですね」
「はい、私も今知りました」
そんなひよこの発言に、右腕はため息をついて向かいのソファーに腰掛ける。
後で知ったのだが、ひよこには地下の神に対して露骨な悪態をつくと頭が爆発する呪いがかけられているらしい。
先程のタイミングで爆発しなかったのは、地下の神の右腕が新たな神として認められたため、呪いの判定から外れたからだ。
しばらくひよこと右腕は、出された紅茶の種類がどうだのと、神とするべきなのかわからない話をしていた。
高度な駆け引きなのかもしれないし、意味などないのかもしれない。
立派な家具に囲まれた窓のない部屋に、二人の柔らかな声が響く。
俺は、自分の前に出されたスイーツ……ひっくり返った七本足の両生類的な生物に砂糖をまぶしたものを、口にするべきかやめておくべきか、考えるだけで精いっぱいだった。
「ふー、今回の任務も無事終わりましたね」
裏王都自警団本部の正門のすぐ外。
一仕事終えて、これから観光に行くぞと気合いを入れるひよこ。
すぐ後ろでは、自警団員や彼らの乗り物であるトラたちが集まって泣き崩れている。
彼らが祀っていた地下の神が、地下の神ではなくなったからだ。
地下の神の右腕は、新たな神としてスタートするため、裏王都から人界へと引っ越す予定らしい。
自警団は行き場の無かった神を助け、その分の祝福はもう十分受けている。
これからは心機一転、神の後ろ盾なしに頑張ってもらいたい。
そう願いつつ俺たちは、裏王都自警団本部を後にした。
「裏王都にいる地下の神の右腕に、神界が新たな神として認めたってことを伝える。これが今回の任務だったんだな」
「違いますよ、預言者さん。『裏王都にあるものに認めると伝える』これが任務です。昨日、昼食を確保するついでに片づけましたよね」
裏王都の大通りを歩きながらひよこに聞いた質問の答えは、意外なものだった。
確かに地下の神が言った内容はそれだけだったので、間違ってはいない。
ひよこは目を細めて言った。
「神託に関して難しく考える必要はありませんよ。神の配置は完璧で完全ですから」
「そういうものなのか?」
「はい。ついでに良い事を教えてあげましょう。今の神界の主神は天上の神なんですよ」
どういう意味だろう?
俺がわかりかねていると、ひよこは俺がこの世界に来る前の話をしてくれた。
その時の地下の神の注文は今よりさらに難解だったらしい。
たとえば……
『海の向こう、です。お願いします』
『明後日にあります。二つです。お願いします』
……とか。
こういったものはまだマシな方で、『お願いします』だけという無茶振りも珍しくなかったのだとか。
それでもうまくやってきた理由は、神の采配か、ひよこの経験か、考え方次第で何とでもなりそうだ。
待てよ、まさかこれって、今後こういう無茶振りが来るから覚悟しておくようにといった類の、アドバイスだったりしないよな?
見れば、ひよこはいい笑顔だった。
裏王都の中央にある霧に浮かぶ城に向かって歩いていると、通りの真ん中に円形の広場が見えてきた。
広場の中央には噴水があり、下から照らす青白い照明を受けて、水しぶきを輝かせている。
「昨日見つけたんです。良い場所だと思いませんかっ!」
ひよこは興奮気味に噴水の広場を紹介した。
「ああ、確かに」
「そうでしょう、そうでしょう。素晴らしい円形のプールです」
そう来るとは思わなかった。
ひよこは、ひと泳ぎする前に金貨を用意するように言ってきた。
俺は財布から、今回の出張費として地下の神からもらったショウ王国金貨を取り出す。
五百円玉よりもかなり大きい、地下の神の手作り金貨だ。
地下の神は地下資源を仕切っているだけあって、用意した金の純度は本物よりも高い。おかげで使えない。
本物なら一枚で、一カ月のバカンスが楽しめる程度の価値があるそうだ。
「それを噴水のプールに投げ入れてください」
裏王都のプール利用料金、高すぎやしないか?
俺はプールに金貨を投げ入れた。
ひよこは金貨が小さな水音を立ててプールに沈むのを確認してから、こちらを振り返った。
「この噴水には、言い伝えがあるんですよ」
よかった。ぼったくりプールは存在しない流れだ。
「それって、コインを投げ入れると幸福が訪れるみたいなのか?」
「はい。思いを寄せる相手に金貨を投げ入れさせることが出来たら、二人の関係は当面は良好だそうです。そんな事をさせている時点で関係が良好なのか疑わしいところが、とても良いと思いませんか?」
ちょっと良くわからない。
俺はプールのふちに座って、噴水の周りを泳ぎ始めたひよこから、街へと視線を移した。
こうして見ると、やや奇抜な裏王都も穏やかな街に思えてくる。それは、自分が穏やかな気持ちだからかもしれないし、偽造金貨が手を離れたからかもしれない。
噴水の音を背にしばらくの間ぼうっとしていると、大通りを通る人々の流れが変わってきた事に気づいた。よく見ると、何かから避難してきているようだ。
俺は人が流れてきた方に目を向ける。
「どうしました?」
プールから出てきたひよこは、空中でくるりと回りながら、水の魔法で身体に付いた水滴をプールに返す。
俺は原因と思われる方向を指さした。建物の向こうから煙が上がっている。
「位置的に昨日訪れた工業組合本部のようですね。工業でもしているのでしょうか?」
「行ってみよう」
煙の出どころをたどってみれば、ひよこが言った通り工業組合本部に行きついた。
開け放たれた正門の外には、工業組合員たちと乗り物の恐竜が集まっている。
何があったのか尋ねると、その場にいた一般人より二回りくらい大きい工業組合長が、組合員の誰かが火事だと騒ぎ出したので、皆で本部から避難してきたところだと説明してくれた。
確かに煙は、工業組合本部三階にある複数の窓から出ている。
ひよこは煙をふかす窓をにらみつけて言った。
「火事だと言ったのは誰ですか?」
工業組合員たちと恐竜は皆、首を横にふる。
俺はどういう事なのか、ひよこに聞いてみた。
「エンマクサの焦げるにおいがします」
エンマクサは水につけると大量の煙を出す変わった草らしい。
つまり、火事ではない?




