ガールミーツ共犯者
「食器じゃなくて農具の方だったのか」
トゲ付きの高い塀に囲まれた、とうふのような建物、裏王都工業組合本部の奥。
そこで見せられたのは、彼らが地下の神の使いである証拠。三メートル程の長さを持つ、三つ又の槍のような形状をしたフォークだった。
地下の神のフォーク。
刺したものを例外なく土に返す強力な武器であると同時に、地面に突き立てると周囲が耕されるという、高性能農具でもある。
名前通り地下の神の持ち物だったのだが、七年帝国との戦いの際に、右腕ごと斬り飛ばされて以来、行方知れずだったらしい。
フォークの周囲をぐるりと回って確認したひよこは、大きく頷いた。
どうやら本物らしい。
一般人より二回りくらい大きい工業組合長が言うには、闇市で偶然発見し、組合で保管していたとのことだ。
せっかくの高性能農具なのだから、活用すればいいのに。
「かつての力を失った地下の神を支えることができるのは、我らが裏王都工業組合だけ。是非とも我が組織を認めて頂きたい」
「伝えておきましょう」
態度も二回りくらい大きい工業組合長の言葉を、適当に流すひよこ。
その後、組合で出されたやたらと豪華な昼食を片づけ、俺たちは裏王都工業組合本部を後にした。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
裏王都自警団本部の門前で、ここまで道案内してきた団員と、トラに乗っていない敷地内を案内する団員が交代する。
広い庭の奥に見えてきたのは、白い壁と縦に長い窓が特徴的な、城のような建物だった。
なんと言ったらいのだろう。
「工業組合でも思ったけど、俺たちの拠点と比較したくないなあ」
「実質的に裏王都を仕切っている二大組織ですからね」
ひよこが言うには、裏王都の名義上の代表は、街のシンボルである霧に浮かぶ城に住む領主だが、二大組織の政治決定にただただ従うのみとなっているらしい。
俺たちは通された応接間で、用意された紅茶を飲みつつ、クッキーのような茶菓子を手に取った。
きっと高級品なのだろう。味が高次元過ぎて、たくさん食べる気にならない。
ひよこは自分の頭より大きなクッキーを、抱きかかえるようにしてかじっている。なんとも幸せそうだ。
しばらくして、自警団の代表である、トラの頭をした体格の良い獣人が応接間に入ってきた。
「お二人が来られるのは、地下の神から聞いておりました。どうぞこちらへ、私どもの神殿へご案内いたします」
もちろんそんな話は、地下の神から聞かされていない。
俺とひよこは顔を見合わせる。
ひよこは一度肩をすくめてから、見せてもらいましょうかと言って、代表の後に続いた。
案内された扉の向こうは、神殿だった。
正確にいうと、地下の神の神殿と同様の雰囲気を持つ空間が広がっていた。
ひよこも驚きの表情を浮かべている。
「預言者さん。これ、本物の神殿ですよ」
「じゃあ、自警団は本当に地下の神の使いなのか?」
ひよこは首を横に振った。
裏王都には神界との橋が架かっていないので、地下の神の神殿はこの場につながらないらしい。
「ということは、この神殿は一体?」
「地下の神の名を騙る、別の神のものです。裏王都に住み、地下の神を良く知っている神と考えるのが妥当でしょうか」
ややこしい事になってきた。
しかも、ひよこの探偵脳によるミスリードの可能性まである。
そしてその結果は――
「えっと、それでは、また明日来ますね」
結果は、明日に持ち越しとなった。
「「「申し訳ございませんでしたーっ!」」」
横一列に並んで頭を下げるスーツ姿の自警団員に見送られて、俺たちは自警団本部を後にした。
神殿内に居るはずだった、自称地下の神との対話に必要な、巫女が不在だったのだ。
代表の話だと、どうもこの巫女というのが、仕事を抜け出すくせのある困った人物らしい。
まあ、この数時間で、地下の神に言われた通り裏王都で認めると伝え、結果として行方知れずだったフォークを発見し、怪しげな神と接触する予約も取れたと考えれば、今日の収穫としては十分だろう。
俺たちは早めに宿を確保し、夕食まで裏王都で自由に過ごすことになった。
「さて」
やる事が無くなってしまった。
ひよこは、明日の観光コースの下見をしてくると言って、張り切って出て行ってしまった。
ひよこの中では、もう任務は終わっているようだ。
三階の部屋の窓から大通りを眺めていても仕方がないので、俺は宿の外に出ると、適当にその辺を散歩してみることにした。
外は相変わらず夜の様に暗く、すれ違う人もハロウィンの仮装じみた者が多数派で、ファンタジー感が素晴らしい。
とはいえ、よそ見ばかりしていてはいけない。
一応知らない街なので、遭難だけはしないように気を付けなければ。
などと思った瞬間、もう戻り道がわからなくなっているものだから世の中油断ならない。
「どこだここ?」
きょろきょろと辺りを見渡してみても、似たような高層建築と、同じ姿の街灯ばかりだ。
ふと、見覚えのある恐竜にのった紫ローブの三人組が目に入った。
ちょうど良かったので、俺は道を尋ねるつもりで、工業組合員に声をかけてみることにした。
「ちょっとすみません」
そして、すぐに後悔した。
振り返った工業組合員の一人に、正確にいうと工業組合員の一人が乗った恐竜の前足に、左腕をつかまれている少女がいることに気づいたからだ。明らかに嫌がっている。
裏王都は王都と同じく治安の良い街だと聞いていたが、あくまでこの世界基準の話だったのだろうか。
ここで奇妙な事に気づいた。
少女の恰好は、裏王都特有のファッション事情から偶然似通ったのか、配色と細部は異なるものの、俺が着ている高校制服に限りなく近い。しかもスカートと組み合わせているので、きっちりと女子制服になっている。
こんなこともあるのかと感心すると同時に、妙な親近感がわいた。
が、今はそんなことは重要じゃない。この状況を何とかしなければ。
しかし、事態は俺の選択を待たずに動き始めた。
「隙ありっ!」
べしっと音を立てて、こちらに目を向けていた、恐竜の腹に叩き込まれる少女のするどい蹴り。
続けて、つかまれていた腕を振り払うと、うずくまる恐竜の頭部を踏み台にその背中に上って、乗っていた組合員を突き飛ばした。
恐竜から落とされた組合員は後ろにごろごろと転がり、運悪く近くにあった下り坂に突入、回転数の上昇が止まらない。残る二人の組合員が呆然と見送る中、主を落とされた恐竜がその後を必死に追いかけていく。
よそ見をしている組合員たちに気づかれないように、こっそりとこちらに向きを変えた少女と目が合った。
赤い瞳にきれいな飴色ショートの髪、そして服装に気をとられて見落としていたのだろう、その頭には、くるっと巻いた羊のような角が生えていた。
少しづつ組合員たちとの距離を離していた少女だったが、それに気づいた一匹の恐竜が声を上げた。
「逃げようとしてるぞ!」
「うわ、やばっ!」
少女は逃走ルート上にいた俺の腕をつかむと、「逃げろー!」と言ってそのまま走り出す。
恐竜たちも、逃げているからあいつも追いかけろと、野生の理論で追いかけてきた。
「俺逃げる必要なくない?」
「共犯だろ、いいから走れ! 捕まったらあのでかい口で可愛がられるぞ!」
逃げざるを得なくなった。




