この中に地下の神の使いがいる
「我々以外に地下の神の使いを名乗る者を見かけたら、自警団本部まで知らせるように」
そう言い残して、裏王都自警団は妖精のレストランを後にした。
店員たちが仕事に戻り、手を止めていた客が食事を再開する。
裏王都にできた地下の神を崇める謎の集団とは、裏王都自警団の事なのだろう。
ひよこは、とんでもない物でも見たかのような表情を浮かべて言った。
「何ですかあれは。いくら地下の神の目が届かない裏王都だからって、命知らずにもほどがあります!」
カウンターテーブル上に置かれた妖精用の小さな丸テーブルを、両手でぺちぺち叩くひよこ。
相変わらず可愛らしい怒り方をする。
「なあ、地下の神の使いを騙るのって、やっぱりダメなのか?」
「本当に地下の神の下に連れて行かれますよ」
「あんまりだ」
「でしょう?」
冗談はともかく、地下の神は呪ったり祟ったりするタイプの神様なので、あまり怒らせない方がいいらしい。
地下の神から山ほど呪いを受けているひよこが言うのだから、間違いなさそうだ。
ひよこは考えがまとまったのか、あごに当てていた手をテーブル上に戻して、顔を上げた。
「もう少し情報収集したら、裏王都自警団本部に行ってみましょう。愚行をやめさせるか、神託を伝えるかは様子を見てからですね」
「わかった」
「あ、料理が来ましたよ。預言者さん」
小さな妖精のウェイトレスが、待ちに待った料理を運んできた。
……二人分を運んできた。
昼食を終えた俺たちは、再び裏王都の大通りに戻ってきた。
「まさか、全部あのサイズとは思いませんでしたね」
「異世界は広いな」
ひよこサイズのテーブルに並べられた、十分の一スケールのミニチュアを思わせる良くできた料理。それを、指でつまんだ小さなフォークとナイフを使って、食べるという精密作業。辛くも貴重な体験だった。
「それにしても、不釣り合いな大きさの食器で、食事する姿を見るのは大変良いものですね。料金は割高でしたが、大変満足しました」
「……まあ、わからなくもないけど」
俺も、自身の背丈ほどあるフォークを抱えて使うひよこの姿は、なんとなく可愛いと思っていた。
けれども良く考えてみれば、さっきの俺と同じで、ひよこも貴重な体験を繰り返していたのかもしれない。
次の機会があれば、何か手伝ってやれないものか。そんなことを考えながらひよこをじっと見ていると、何かに気づいたひよこがすっと後ずさった。
「ま、待ってください。預言者さんが空腹なのはわかりますが、私を食べようとするのは危険です。確かにこの裏王都には地下の神の目は届きませんが、祝福の効果がなくなったわけではありません」
「いや、食べないから」
「そうですか……でも、妖精って結構おいしいですよ? 今度食べに行きましょう」
「ひよこは時々すごい事言うなあ」
相も変わらず真っ暗な裏王都の空の下、等間隔に立てられた街灯の、青白い明かりの流れだけが移動状態を証明する。
この世界では長らく、神々が住む非物質の世界である神界と、人が住む物質の世界である人界、そしてその二つの世界の間に、物質と非物質の中間である境界が、存在するとされていた。
ところが近年では、神界も人界も、広大な境界の海に浮かぶ島のようなものであり、それぞれを結びつける橋が、両世界の行き来を可能にしているという考え方が、主流になってきている。
裏王都や地下の神の神殿は、境界上に物質生成して出来た、人工島のようなものらしい。
ちなみに最も大きな人工島は、神界からの亡命者が作った隠れ家である魔界なのだとか。実にファンタジーだ。
俺が元いた世界も、どこかにある島なのだろうか。
「預言者さん、預言者さん」
「どうした?」
ひよこが指さす方を見ると、道端に人だかりができていた。
人やら人以外やらを押しのけて最前列に出てみれば、奇妙な集団同士がにらみ合っていた。
これは何事かと、隣にいたウサギ頭の紳士に聞いてみる。
「ああ、自警団と工業組合の抗争さ」
自警団とは例の裏王都自警団である。全員がトラに騎乗し、黒の腕章とスーツで統一された集団だ。
聞き込みの結果、彼らは、地下の神の声を届ける事が出来る巫女を抱えており、正統な地下の神の使いであることを自称している事がわかった。
一方で工業組合こと裏王都工業組合は、全員が二足歩行の恐竜のようなものに騎乗し、白の腕章と紫のローブをまとった集団だ。
彼らもまた、地下の神の代行者の証であるフォークを所持しており、正統な地下の神の使いであることを自称している。
そして仲が悪い。
ひとしきり裏王都スラングをぶつけ合った後、互いに乗り物から降りて、殴り合いのけんかが始まった。
それを後ろから応援するトラと恐竜。どう見ても乗り物の方が強そうなのだが、誰もツッコミを入れようとはしない。実にファンタジーだ。
そんな光景を目の当たりにして、ひよこはぽんと手を打った。
「預言者さんのために昼食を用意してきますね」
「え、今このタイミングで?」
「私に任せてください」
なんとも不安だが、悪いようにはしないと言うので、食欲を優先させることにした。
「そこまで! そこまでです!」
いい感じに盛り上がっていた乱闘に、稲光の様なフラッシュをたいて、割り込んだのはひよこだ。
背中にある四枚の羽が、街灯に負けない光を放ち、乱闘者たちを威圧する。
ひよこは周囲のざわつきが収まったのを確認すると、高らかに宣言した。
「我々は、地下の神の使いです!」
ついに地下の神の使いが、三組になってしまった。
皆、口をぽかーんと開けている。
「神託を伝えます。自分の信仰心に騙される覚悟の無い者は、良く聞いてください」
ひよこは告げた。
地下の神は認めるという事を。そして、本件の案内役が自分であることを。
「異論がある者は、この場での発言を認めます」
ひよこは俺を振り返って人差し指を立て、自分の口元に当ててから乱闘者達を指さし、すーっとなぞるように動かす。
黙らせろという事だろう。
俺は彼らに向けて右手を伸ばし、こっそりとスキルを発動する。
すごい効果を発揮して説明できない状態にするスキルは、ひよこの発言に対する異論を封じ込めた。
これでだれも文句をつけられなくなった。そう思った時、後ろの野次馬の一人から声がかかった。
「あのう、神の使い様……」
「何でしょう?」
「自警団と工業組合。一体どちらを、お認めになられるのですか?」
良い質問だ。俺も気になっていた。
皆が注目する中、ひよこは答えた。
「我々はまだ、裏王都の事情を詳しく知っているわけではありません。これからそれぞれの組織を訪れて、代表に話を聞いてみるつもりです。そうですね、ここからだと、どちらが近いでしょう?」
ひよこがちらりと後ろを見ると、恐竜のようなものに乗った工業組合員がさっと進み出た。
「我々の裏王都工業組合本部は、あちらの建物になります」
意外にも口を開いたのは、恐竜の方だった。
ひょっとして、乗り物の上から話しかけるのは失礼にあたるから、乗り物が気を利かして喋る文化でもあるのだろうか。
上に乗っているのは普通のヒトのようだが、その表情は深くかぶったフードに隠れて覗えない。
「そうですか。それではこの後訪れますので、食事を用意して待つように伝えてください」
「かしこまりました」
工業組合員は一礼すると、本部のある建物へと走って行った。
ひよこは近くにいた自警団員をつかまえて、次に訪問する予定なので、茶菓子を用意して待つように言っている。
他の構成員や野次馬たちは、帰り始めていた。
しばらくして、交渉を終えたひよこが戻って来た。
「昼食の準備ができましたよ」
「すごいな、プロの技を見た気がするよ」
「そうでしょう、そうでしょう。プロの神の使いですからね」
そう言って笑顔を浮かべるひよこ。
にわか仕込みの神の使いが、いくら束になったところで、敵う気がしない。
「あの、そろそろご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
道端に残っていた工業組合員の恐竜が声をかけてきたので、任せることにする。
俺たちは昼食……もとい、裏王都工業組合本部を目指した。




