未知と魔法と大車輪
隣町はまるで廃墟のようだった。
町内にある木造家屋群は原形こそとどめているが、台風の直撃でも受けて人が住まなくなったような、不気味な空気が漂っている。
町の入口にあるアーチをくぐろうとした時、先を進んでいたマナ隊長がこちらを振り返って言った。
「ついてくるなと言ったはずだが?」
そう言われても、そうはいかない事情がある。
聞けば麗しのマナ隊長は、この辺りを支配している王国でも一,二を争う剣の腕前を持つ上級騎士らしく、あまり怒らせたくはない。
だが、こちらのボスも、さっきから「お願いします。お願いします」と地の底から脳内に直接注文してくるので、放置できない。
そんな俺の頭痛を知ってか、ひよこが間に割って入った。
「ご心配なく! 我々は地下の神の祝福を受けた使いなので。未知の魔物に負けることはありません!」
マナ隊長は、招かれざる訪問販売業者を見るような目で、ひよこを見た。
ちょっと羨ましい。
「私は、下着姿の妖精を使いに出すような神を信用しない」
「なっ!? これは水着です! 断じて下着ではありません! こう見えて、私は井戸内二往復自由形の優勝者なんですよ!」
ひよこが水泳選手だったとは、知らなかった。
それならそれで、着ている水着がセパレートのやつじゃなくて、競泳用のだったら反応も変わっていたかもしれない。
「水着だと? 水着と言えばガラス窓付きのヘルメットとゴム製の防水服ではないのか?」
マナ隊長の反応は、競泳用のでも駄目なやつだった。
これに慌てたひよこは、試験当日に試験の存在を思い出したような顔で俺を見ると、震える声で言った。
「あ、あれ? ひょっとして、これ、変ですか? 私の地元では水着だったんですけど……」
「安心しろ、俺の地元でも水着だ」
「よかったぁ~、預言者さんもこういうの着てたんですね」
「いや、俺は変態扱いされたくない」
ふぇぇと情けない声を出しながら、力なく垂直着陸するひよこ。
マナ隊長は、様子を見てくるから、お前たちはそこで待っていろと言って、無人の町の奥に消えた。
やる事のなくなった俺と、性別によって推奨される水着のデザインの違いを理解したひよこは、この町の入口付近だけでも見て回ることにした。
規模の大きな町ではないが、小さな丘を中心に出来た町なので、見通しが悪い。
一番近くの家の中を壊れた窓から覗くと、台所と思われる部屋の中が、随分と荒らされていることがわかる。
「盗賊の仕業ですね。それもごく最近の事でしょう」
窓から室内に入ったひよこが、机の上を右手でさわり、開けっ放しの引き出しの中を左手でさわり、こちらに両手を向けて見せた。右手はほこりでまっしろ、左手には何もついていない。
「いい推理じゃないか」
「えへへ~、そうでしょう。そうでしょう」
ひよこは手に付いたほこりを払うと、引き出しの真下辺りに落ちていた小さな袋に気づいた。
「盗賊の落としものでしょうか?」
「何っ!?」
ひよこと目があった俺は、それを持ってくるように伝える。
「宝物は何だった?」
「いえ、中身は……塩みたいですね」
残念。ゲームだとアイテムが入ってたりするんだけどなあ。
塩の入った袋を窓枠にひっかけて、荒らされた家を後にする。
「預言者さん預言者さん! 見て下さい!」
すっかり調子を取り戻して先行していたひよこが、家の角を曲がった先から呼びかけてくる。
「どうした?」
「未知の魔物です」
ひよこの指さす先、この家の庭の真ん中にそれはいた。
未知の魔物。
それは、動物らしい特徴を一切持たず、知りうる架空生物のいずれとも似つかない、しいて言うならスーパーの買い物かご、あるいは鍋に浮かぶ灰汁のようにも見える、言いようのない何かだった。
「良く見つけたな」
「私は、地下の神のから、未知のものを見つけ出す力を与えられているのです。えっへん!」
誇らしげに胸を張るひよこ。地下の神的にはこれもスキルなのだろうか。
後はこの魔物を片づけるだけだが……
「塩でもかけてみようか?」
その後、冗談のつもりで荒らされた家から持ってきた塩をふりかけてみたところ、未知の魔物は消滅、俺たちの冒険は終わった。
「俺がいる意味あったのか?」
「きっと、預言者さんは塩をまくために来たんですよ」
それなら、スモウレスラーを連れてくるべきだったのでは?
ともあれ目的は達成された。
町の入口へ向かっていた俺たちは、入口から続く上り坂の一本道を、ボロボロになって転がり落ちてきたマナ隊長と再会した。
「「どうしました!?」」
「くっ、私としか事が油断した。車輪の魔物の親玉が出た」
見れば、丘の上から、道幅を超える巨体を誇る車輪の魔物が、道の両脇の家屋を踏み潰しながら、転がってくるのがわかった。
マナ隊長は魔物に向かって魔法銃を撃つが、虹色に輝く魔法は魔物の表面に当たると弾けて消えた。明らかにやばい。
それを見て、あっと声を上げたひよこが飛び出して言った。
「あれは、大車輪! 三大魔物の一匹です。聞くところによると、王国親衛騎士団を壊滅させたとか」
「なんだと!?」
驚くマナ隊長は、ボロボロでも美しい。
「王国親衛騎士団を壊滅させたのは食中毒ではなかったのか!?」
正直どうでもいい。
俺たちは、魔物に整地されるわけにはいかないので、脇道に入って、転がってくる魔物をやり過ごした。
マナ隊長は、フリントロック式っぽい魔法銃の火皿に火薬を入れながら、聞いてきた。
「お前たちは本当にあれを倒しに来たのか?」
もちろん魔物違いだ。
「あの……」
「今更あきらめろなどと言うつもりはない。ただ、少しだけ手伝ってほしい。頼む」
俺とひよこは顔を見合わせた。
マナ隊長の作戦は、俺たちがおとりになって大車輪を射撃地点へ誘導し、車輪系魔物の弱点部分である側面中央にある目玉を狙撃するというものだった。
だが、その作戦が決行されることは無かった。
魔物の目玉と同じ高さの屋根に上ったマナ隊長が、町の外で魔物に追いかけられている人を見つけたからだ。
マナ隊長は高い所が苦手なのかと思っていたのだが、馬のように動きまわるものでなければ平気らしい。
……いや、騎兵隊長としてはどうかと思うが。
屋根から飛び降りたマナ隊長と、魔物をおびき寄せるための布は、赤がいいか青がいいか考えていた俺とひよこは、町の入口へと走った。
「おーい! こっちだ!」
ロバのようなものに乗って逃げていた人は、マナ隊長に呼ばれて、こちらに向かってきた。
マナ隊長は入口近くの木に登り魔法銃を構え、俺たちは入口でこっちこっちと呼びかけ続けた。
少々作戦とは異なる展開だが、これでもうまくいくかもしれない。その希望は一瞬で打ち砕かれた。
逃げていた人が、ロバのようなものから転落したのだ。町までもう百メートルもないというところだったのに。
乗っていたロバのようなものは、右向け右したあと、二足歩行で魔物の進路上から退避してしまった。やはりロバではない。
木の上のマナ隊長は銃を構えた。角度が角度なので、魔物の側面に当てるのはきびしいように見える。
「魔法はある。
この銃に魔法はある。
魔法は敵に向かい飛翔する弾丸となる。
魔法はこの銃にあり、火の号令を待つ」
落ち着いた詠唱で魔法を装填し、撃鉄を上げ、逃走者に迫る魔物に狙いを定めて、引き金を引く。
こおぉんという音と白煙を立てて放たれた魔法は、魔物を追いかけるような軌道を描いて飛んで行ったが、
移動する的を狙う性能はないのだろう、魔物のやや後方に着弾した。
「ああっ! やはりここからではだめかっ!」
マナ隊長は悔しそうに自分の登っていた木を叩き、その衝撃で座っていた枝が折れて落ちてきた。
まずい。万策尽きた。
「預言者さんっ!」
「ひよこ?」
「スキルを! スキルを使うんです!」
「その手があったか!」
あまりにもあっさりと未知の魔物を倒してしまったので、すっかり存在を忘れていたスキルの事を思いだした。
俺は右手を魔物の中心に向かって伸ばし、謎のスキルを開放する。
今度は、ためらわない。