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二代皇帝ヒョウカイザー


 しんしんと雪が降る中、討伐隊の行く手には、ダムのような巨大な氷の壁が立ちはだかっていた。


 俺は後ろを振り返る。

 討伐隊はここまでの雪道という大自然の交通規制によって、必要以上に混雑緩和されていた。

 到達できた者は合計で十五人。攻城兵器が二機。シカ一頭に運搬用のそりが一台。以上だ。


 それでも、元領主で討伐隊の実質的な隊長であるおじいさんは、ごきげんで、氷壁をぺたぺたと触っていたクロエと俺に、気さくに話しかけてきた。


「これは、大番兵によって防衛地点を挟むように作られた壁の、ショウ王国側のものです。この向こう側に伝説の大番兵がいると考えただけで、ワクワクしますなあ」

「「おー……」」


 三人そろって、壁を見上げる。なんだか後ろに倒れそうになるような迫力だ。クロエは倒れている。


「で、この壁はどうすんのよ!」


 腰に手を当てたフアルミリアムが、俺たちに向かって、もっともな事を言ってきた。



 数分後。


「準備整いました!」


 討伐隊の砲兵がおじいさんに向かって、脇をしめて手のひらを顔の横で正面に向ける、ショウ王国式の敬礼をする。

 その横で壁に向かって大きな砲口を向けているのは、ここまでそりで運んできた、大型魔法銃という、火薬で大魔法を飛ばす兵器だ。見た目はただの大砲だが、今回の品評会で最優秀賞を受賞している。

 やはり、技術というものはシンプルな方が良いのだろうか。


「ちょっとまってくださいー!」


 ここで、待ったをかけるクロエ。

 周りの視線が集まる。

 クロエは背中に担いでいた携帯破城砲を雪面に下ろし、おじいさんに向かって言った。


「うちがやります」


 強い武器が大好きなおじいさんは、昨日の発表で見ることができなかった発砲シーン見たさに、手を叩いて賛成した。

 クロエはふふーんとドヤ顔をして見せてから、雪面に座って黄色い肩掛け鞄を開け、弾薬を取り出し、準備を始める。

 大型魔法銃運用部隊の砲兵や魔術師たちは、そろって苦い顔をしていた。



 ついに、強烈な砲火が壁を叩いた。

 谷間にこだます爆音は、衝撃となって、身体をびりびりと震えさせる。

 遠くに見える山の斜面が雪崩を起こして、眼前の状況と同じく、白い雪煙を上げている。


 景色が開けると、巨大な氷壁はV字型に破壊され、大きな破片が向こう側に飛び散っているのが見えた。すごい威力だ。

 砲口からはまだ、吐き出された大魔法の金色の輝きが、線香の煙のように出ている。


 一呼吸おいて、わっと歓声が上がった。


 俺は盾にしていた魔法の両手鍋を片づけて、振り返った。

 両ひざ両ひじを雪面についてうなだれるクロエを、マナさんが慰めていた。

 昨日に続いて二度目の失敗の原因は、上向きに背負っていた携帯破城砲の砲口から入ってきた雪が詰まって、弾薬の装填が出来なくなってしまった事らしい。


 クロエが雪だまりにヘッドスライディングして遊んでいたのは、見てないで止めるべきだったか。

 そんなどうしようもない事を考えていた俺の(ふところ)が、ごそっと動いた。


「はぅ、すみません寝てました」


 今の騒ぎで目が覚めたのだろう、いつのまにか俺のコートの内ポケットから、ワイシャツの胸ポケットに引っ越していたひよこが、コートの襟もとから外へ出てきた。

 結構暖かかったので、もう少しゆっくりしていても良かったのに。


「どういう状況ですか?」

「これから大番兵の防衛地点に侵入するところかな」


 ひよこは、解けたマフラーを外して、両手で頬をぺちぺちたたいて気合いを入れている。

 手放されたマフラーは、浮き輪のような円状になると、空の魔法でひよこの周りをくるくると回り始めた。


「ひよこは真面目だな」

「せっかくの休暇中に、預言者さんを危険な目に合わせるわけにはいきませんからね。ところで、クロエちゃんはどうしたんですか?」

「なんていうか、思うようにいかない人生に打ちひしがれている的な」

「クロエちゃんって、出会った時からずっとそうですよね」

「そういえば……そうだなあ」


 平常運転なのかもしれない。



 再出発の準備を終えた討伐隊は、仕事の終わった大型魔法銃運用部隊と、携帯破城砲の整備を行なうクロエをこの場に残して、先へ進むことになった。

 最初はクロエも短剣片手について行こうとしたのだが、聖騎士さんの仕事が増えるからやめなさいと、フアルミリアムに言われて引き下がった。少しかわいそうな気もするが、これもクロエの為だ。もちろん、自爆短剣で犠牲者を出さない為でもある。



 討伐隊は、おじいさんを先頭に、崩れた氷壁の向こう側へと足を踏み入れる。

 この場に壁の向こうを知る者はいない。

 かつてショウ王国とソト王国が共同で、谷の街道を手に入れるべく、大番兵の討伐作戦を実施した際に、雪山越えによって防衛地点に侵入した時の記録だけが頼りだ。


 壁の向こう側は、広い雪原だった。

 千年以上も雪が降り続いたからだろうか、一本の木もない、真っ白な盆地が広がっている。

 良く見れば、かつて防衛拠点だった名残の見張り塔跡や、石を組んでできた壁の跡、大きな岩などが一部露出していて、雪に埋もれた遺跡のようだ。


 しかし、すぐに出てくると思われた、大番兵の姿が見当たらない。どこにいるのだろう?

 だだっ広い雪原に、足跡だけが増えていく。



「警告スル。(タダ)チニ、ココカラ退去セヨ。繰リ返ス。直チニ、ココカラ退去セヨ」


 突如として雪原に機械音声のような声が響いた。


「近くの遮蔽物(しゃへいぶつ)まで後退だ!」


 そう叫んだマナさんは、剣を抜き、周囲を警戒する。

 おじいさんと近衛魔法銃士隊が反転、さっき通過した岩と背の低い壁の辺りを目指して移動を開始し、俺たちはそれを追うように続く。

 そして、全員が岩の近くまで到達した時、激しい揺れと共に、百メートルほど背後の雪面が盛り上がり、ついに大番兵がその姿を現した。



 大番兵は、巨大な四角い氷の塊だった。

 比較対象が無いので正確な大きさがわからないが、とにかくでかい。


「オ前達ハ、帝国ノ領土ヲ侵犯シテイル。指示ニ従イ退去シナイ場合ハ、強制的ニ排除ス……」


 と言いかけたところで、ボフッ! と音を立てて、大番兵に投げつけられた何かが爆発した。


「何寝ぼけた事言ってんのよ、帝国は千年前に滅んでるっての! ここはショウ王国領。退去するのはあんたの方でしょ!」


 よく通る声が、雪原に響く。

 警告途中の相手に容赦なく魔法をぶつけていく奇跡の少女、魔術師にして天上の神の使いで三大魔物の天敵、フアルミリアムだ。

 オオオオと、うめき声のようなものを上げる大番兵。


(イナ)! 帝国ハ滅ビテイナイ! 何故ナラ、(ワレ)ガ、今、ココニ、()ルカラダッ!」

「はぁ?」


 首を傾げるフアルミリアム。

 がたがたと体を震わせながら、大番兵は続ける。


「国トハ何カ? 国民、国土、ソシテ、ソレラ国ノ財産ヲ守ル(チカラ)ダ。ダガ国民ト国土ハ、国カラ切リ離シテモ、存在スル事ガ出来ル。シカシ、国ヲ守ル(チカラ)ハ、ソレダケハ成リ立タナイ。何故(ナゼ)カ? ソレハ(チカラ)コソガ、国ソノモノダカラダ! 従ッテ! 国ヲ守ル(チカラ)デアル我コソガ、帝国ナノダッ!!」

「なっ、あんた。番兵のクセに、皇帝にでもなったつもり!?」

「イカニモ! 我コソガッ!!」


 雪原にこだます大発表と同時に、巨大な氷の塊である大番兵にひびが入り、変形を開始した。

 胴体から折りたたまれた脚が展開、分離した氷片が靴状になって装着。空中を飛んできた腕パーツが胴体とドッキングし、飛び出た右手と左手がこぶしを握る。首元から出現した頭はその場で百八十度回転し、真上から妙にゆっくり降りてきた、古代ローマ兵めいたトサカ付き兜が合体。

 ついに正体を現した大番兵の真の姿。それはスーパーロボットを思わせる人型の巨人……


「二代皇帝ヒョウカイザー!」


 左のこぶしを右わきに、右のこぶしを天に掲げる決めポーズ。足元からドーンと音を立てて、間欠泉(かんけつせん)のように噴き上がる雪煙。

 カッコいいのかダサいのか、判別がつかない。


「二代皇帝ヒョウカイザァァァァァァァーッ!」


 しかも二回言った。



「勝負だ! ヒョウカイザー!」


 おじいさんのノリの良い掛け声で、お供の近衛魔法銃士隊が構えた、六門の魔法銃が一斉に火を噴く。

 撃ち出された閃光と炸裂の魔法が、レーザービームのような残光を引いて、大番兵に襲いかかりその巨体を白煙の中に隠した。

 立ちこめる火薬のにおい。


「やったか!?」


 徐々に晴れていく煙の向こう側から姿を現したのは、無傷の大番兵だった。その体の表面にきらめく虹色の反射光。対魔法結界だ。

 氷は魔法解除と相性がいい。溶けるという性質が、魔法が解けるに、かかっているからなのだとか。

 大番兵は再び右のこぶしを天高く掲げ、五本の指をまっすぐに伸ばすと、叫んだ。


(オロ)カナ侵略者ニ(ササ)グ正義ト国防ノ円筒形飛翔体ニヨル五重奏ッ!」


 垂直に発射された五本の指が、空中で軌道を変え、放物線を描いて降り注ぎ、近衛魔法銃士隊が盾にしていた遺跡構造物を吹き飛ばした。

 意訳フリガナ無しの恐ろしく長い技名と、威力に呆然とする討伐隊。


 大番兵は指の残っている左手を、今度は水平に構えた――――



ここから、「ワニ危機一髪」の冒頭に繋がります。読み返さなくても特に問題はありません。安心です。

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