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大番兵は次回登場します


 景色の鮮やかさを喰らう雪雲の下、先頭を進む真っ白なシカが引く、そりのなでた雪面を追いかける。

 雪に足をとられて歩きにくいが、先頭を行くチームに雪道の魔法を使える人がいるおかげで、これでもましな方らしい。

 広い一本道の左右には、白く染まる切り立った山の斜面。道はゆるやかに蛇行していて、振り返っても、隊列の後ろの方は見えない。



 !? 今、見てはいけないものを見てしまった。


 きっと、寒さに起因する幻覚に違いない。

 俺は感覚のなくなってきた両手に息を吐いた。手袋越しなので効果が感じられない。


 前方に視線を戻すと道のわきで、そりの一台を引いていた爬虫類(はちゅうるい)型の怪物が、冬眠を始めてしてしまい、御者と積荷である攻城兵器のオーナーが、寝るなー寝たら俺たちが死ぬぞと、必死でゆさぶり起こそうとしている。

 くやしいが、助ける余裕はない。息が氷のつぶになって張り付いた手袋をじっと見る。


 もう、何組の参加者が脱落したかわからない。

 名誉欲とお祭り気分を燃料にして進むには、明らかにきびしい道のりだった。



「ないんさん、ないんさん見て下さい!」

「どうした? ってうわぁ! なんだそれ!?」


 幻覚じゃなかった!

 すぐ後ろを歩いていたクロエは、自分自身の背丈に達するだろう、大きな雪玉を転がしていた。俺と同じく、討伐隊員にセットで配布された、コートとパイロットキャップのような帽子、手袋を着用している。

 思うに、重量と通気性に優れたアイアンブルーのコートは、防寒着ではなく、修行着なのではないだろうか。

 クロエは雪玉から手を離すと、頭上の乱層雲を吹き飛ばすような、まぶしい笑顔で答えた。


「雪だるまですー」


 強い。

 突如として訪れた実戦の機会を活かすべく名乗りを上げた品評会発表者達に、後れを取るまいと自ら討伐隊に参加しただけの事はある。

 現地改造で肩紐が取り付けられた携帯破城砲も、クロエの背中から砲口を上に飛び出していて、戦国武者ののぼりのようで勇ましい。

 黄色い肩掛け鞄には、おそらく弾薬が入っているのだろう。デザインは可愛らしいのに、物騒な事この上ない。


「うゅ? どうしました?」

「いや、なんとなく」


 ぴくぴくと動くクロエの獣耳を確認してから、脱がせた帽子を頭にかぶせた。

 クロエは帽子の中の耳が気になるのか、両手で帽子の位置を変える。調整中、両目が上を向くのがかわいい。


「ところでこれは、雪だるまの頭と胴体、どっちなんだ?」

「えー? 胴体に決まってるじゃないですか。頭から作って雪が足りなくなったら困りますからねー」


 うち、しっかりしてるんで。と胸を張るクロエ。

 この雪原で、雪が足りなくなることはなさそうなのだが。


「なるほどなあ。頭はどうするんだ?」

「これから、歩きながら作りますー」

「じゃあその間、この胴体は?」

「ぁー」


 両肩をがっくりと落とし、みるみる元気がなくなっていくクロエ。待っててやるからここで頭を作ったらどうかと提案するが、うちは失敗を取り戻すための戦いに来たので、寄り道はできないんですと涙をぬぐって、道の先を強く見つめる。


「そうか、じゃあこいつは帰りに完成させよう」

「はいっ!」



 とりあえず、通行のじゃまにならないように、二人で雪玉を道の端によせた。

 こんな事をしているのは、討伐隊の中でも、きっと俺たちだけだろうな。

 たたずむ雪玉を眺めていると、後ろから声がかかる。


「奇遇だな、預言者達も肩慣らしに雪だるま作りか?」


 俺たちだけじゃなかった。


 マナさんも、自分自身の背丈に達するだろう、大きな雪玉を転がしていた。

 しかも戦闘時に動きが鈍るのを嫌って、防寒着を着こむのを断っているため、普段と変わらない軽装の鎧姿だ。


「マナさん、その格好寒くないですか?」

「いや、この程度なら問題ない。それに、ひよこに比べればどうという事はないだろう?」

「ひよこ? ……ひよこぉ!?」


 マナさんの後ろから出てきたひよこは、出発前と変わらない姿だった。


 うそだろ?

 俺が背負っている鞄の中には、巾着(きんちゃく)型のひよこ用荷物入れが入っている。ひよこは自前の光る羽があるので、鞄の中に入れば、そのまま更衣室として使うことができ、時々勝手に入り込んでは水着を交換している。

 だから、てっきり冬着に着替えたものだと思い込んでいた。


「ひよこ、もっと自分を大切にしよう」

「こう見えて、私は暑さ寒さには結構強いので、心配いりませんよ? ああ、でもそうやって心配してもらえるのは、良いものですね。他の人は私を見ても、何度か目をこすってから焦点を合わせようとしませんし」


 きっと、見なかったことにされているのだろう。

 ひよこは自分の水着とこちらを交互に見てから言った。


「預言者さん、ちょっと着替えてきてもいいですか?」

「ホント断る理由も見当たらないよ」


 背負っていた鞄を雪面に置いて、ひよこが入りやすいように取り出し口を広げてやる。

 しばらくして、クロエとマナさんの合作ゆきだるまが完成し、着替え終わったひよこが出てきた。



「お待たせしました」

「わあ、ひよこちゃん、冬の小動物みたいで、かわいいですー」


 雪だるまを回りこんで走ってきたクロエに捕まえられて、ほおずりされるひよこ。

 クロエの言う冬の小動物とは、冬毛が白いものを指しているのだろう。ひよこの装備はほとんど白色で統一されており、唯一のアクセントである濃紺のマフラーが風にゆれると、まるで吹雪いているように見える。


「ほう、いいじゃないか。結んでいた髪を下ろしたからだろうか、随分と落ち着いて見えるな」

「えへへ~、めずらしくマナさんに褒められました」

「普段もこのくらい着込んでくれるといいのだがなあ」


 安心した表情でひよこを見ているマナさんは、気づいていない。

 ひよこが着ている前開きのパーカーの下は、それっぽくないデザインのものだが、水着だ。しかも、マフラーを着けているせいで冬の装いの様な空気を出してはいるが、へそも脚も露出している。

 ようやくクロエに解放されたひよこと目があった。


「預言者さん、どうでしょうか?」

「雪の妖精って感じかな」

「妖精ですからね」


 そう言ったひよこは、鳥が羽ばたくように両手をパタパタさせながら、怒っているようなにやけているような顔をしていた。



「ちょっと、アンタ達、いつまで休憩してるのよ!」


 ひよこを囲んで談笑していると、先頭の白いシカが引くソリに乗っていた、フアルミリアムがやってきた。

 討伐隊の配布コートとは明らかに違う、高級で暖かそうな黒いマントを着込んでいる。羨ましい。

 そんな俺の視線に気づいたフアルミリアムは、得意げに言った。


「いいでしょう、天上の神に授かった大番兵討伐用の魔法装備よ!」


 どうやらこれが今回のチートアイテムらしい。


「って、そうじゃなくて!」


 話題が戻された。

 どうやら俺たちを中心に、いつの間にか一時休憩する集団が出来上がっていたのが問題らしい。

 冬眠を始めた爬虫類型の怪物を連れていた人たちも、すっかりあきらめたのか、さっきから怪物に腰かけてたばこをふかしている。

 確かに、これではまずい。俺たちは置いていた荷物を手に取り、再出発の準備を始めた。



 マナさんの騎兵隊仕込みの号令で、休憩していた討伐隊が動き出す。

 フアルミリアムは、運ばれているだけなのが暇だったのか、俺たちと一緒に歩いている。


「さっきから気になってたんだけど、そのちびっこは何?」


 俺を挟んで反対側を歩いていたクロエを覗き込みながら、フアルミリアムが尋ねてきた。


「クロエの事? ここに来る列車で、うおっ!?」

「ちびっこじゃありませんー!」


 クロエは俺の右腕をがしっとつかんで、反対側にいるフアルミリアムを可愛くにらみつける。


「うち、十五歳の大人なんですよ!」

「え? クロエって俺のひとつ下?」


 てっきり、その半分くらいの歳だと思っていた。

 ひいき目に見ても、小学校高学年がいいとこだろう。


「うそ、アンタその見た目で私のいっこ上って、どんだけよ……」


 同じく驚いているフアルミリアム。

 俺のコートの内ポケットでカイロの代わりになっていたひよこが、襟元から顔だけ出して、クロエちゃんはあーるじゅうごコンテンツですねとつぶやいてから、そっと引っ込んだ。この国にそんな概念はないはずなので、きっと幻聴だ。


「そうか、クロエはもう成人していたのか」

「あねさん」


 マナさんが、後ろから話に入ってきた。


「そうとは知らずに子供扱いしてすまなかった」

「謝らんといてください。全然嫌じゃないですー」


 そんなクロエの回答に、あんた私には怒ったじゃない! と不満を告げるフアルミリアム。


 どうしてこの寒い中で、そんなに元気でいられるのだろう。

 俺は、左右の耳に届くステレオサウンドを聞き流しつつ、遠くの白い山々へと目をやった。



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