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ワニ危機一髪


「二発目、来るぞ!」


 冷凍庫内のような良く冷えた空気を引き裂いて、電柱程の太さがある五本の氷塊(ひょうかい)が、放物線を描いて突っ込んでくる。

 あるものは、積もった雪を巻き上げながら地面に深々と突き刺さり、あるものは、俺が身を隠した大きな岩に当たって砕けた。

 白く染まった山々にこだます衝突音。かき氷のようになった破片が、頭の上にぱらぱらと降ってくる。


 後ろを振り返ると、愉快な仲間たちは全員無事だったが、期待していた討伐隊は逆方向へ全速前進していた。

 まあ、特に強制されているわけでもないし、仕方がないか。


 俺は岩の横から頭を出して、氷柱の飛んできた方に目を向ける。

 たった今、右手に続いて、左手の指を放った人型の巨人。氷のゴーレムが谷の雪原に立っていた。

 そう、最後にして最強の三大魔物。


 大番兵である。




 ――――その日の早朝。

 残念な結果に終わった品評会から、一夜明けてのこと。

 俺たちは、宿で魔法不発の原因調査をしているクロエを残し、未知の魔物討伐へ向かった。


 ひよこに案内されたそこは、町の旧区画を囲む古い城壁が見えるくらいの、ほど近い位置にある小さな泉だった。

 周りを囲むように木が生えているので、すぐそばを通る街道からは見えない。

 泉の水は澄んだ青緑色をしていて、水辺のにおいがする。


「良いですねっ! 大変良い水場です。任務が終わったらひと泳ぎしましょう。お二人もどうですか?」

「「遠慮します」」


 ひよこは残念そうな表情を浮かべながら、足先で水をかき混ぜる。

 水面に映る、赤色のビキニを着たひよこの匿名性(とくめいせい)が上がった。



 しばらく岸に沿って歩いていくと、未知の魔物は見つかった。

 白く四角い胴体。正面上部に黒い窓。中央から手前に飛び出した狭いテーブルのような部位の上には、

丸い頭を持ったレバーやボタンが並んでいる。


「ゲーセンの筐体(きょうたい)だ」


 思わず辺りを見渡した。

 電源コードなどの人工物はない。一体何でこんなものが異世界にあるんだろう?

 マナさんが俺の斜め前に出てきた。


「預言者はこの魔物を知っているのか?」

「ええ、まあ。よく戦いましたから」

「手ごわい相手か?」

「中身によりますね」


 なるほど、と言って剣に手をかけゲーセンの筐体を警戒するマナさん。

 剣を使うタイプの筐体でないのが悔やまれる。



「これは、少々困った事になりましたね」


 未知の魔物の発見からここまでの流れを静観していたひよこが言った。


 俺が神に与えられたスキルは、未知の魔物がもつ未知に対して、説明できない状態を付加させて、存在を消滅させることができる。

 しかし、俺が未知の魔物をゲーセンの筐体と認識していると、スキルを使っても、ゲーセンの筐体が、説明できない状態になったゲーセンの筐体になるだけで、消滅しなくなるらしい。

 変なスキルだ。


「こういう場合は、どうすればいいんだ?」

「そうですね、スキル以外で倒すしかないと思います」


 俺は、話を聞くなり剣を抜いて上段で構え待ちしている、マナさんに任せる事にした。

 ゲーセンの筐体は、魔法合金製のロングソードで両断され、黒い煙と奇声を上げながら溶けるように消えていく。

 魔物だった。



 不意に景色がぶれる。


 未知の魔物が完全に消滅した瞬間、突如として俺の目の前に、うす暗い森が広がった。

 前だけではない。周囲全体がさっきまで自分が立っていた泉とは別の場所のようになっている。風もなく、自分の立てた音以外何も聞こえない静けさが不気味だ。

 見上げれば、背の高い木々の枝葉が森の天井を成しており、その向こう側には空の気配が感じられない。

 辺りが視認できるのは、背の低い植物の一部が発光しているおかげだ。その青白い光は、暗闇にならないように、されど明るくもならないように、一定周期でゆっくりと明るさを変化させる。


 辺りには、マナさんもひよこも見当たらない。

 泉にはあふれるほどあった生物のにおいが全くしなくなったせいだろうか、ひどく心細い印象を受ける。


 なんとなく光る草の葉に触れてみたところ、まるでホログラムのように手がすり抜けた。

 ひよこの羽と同じだ。確か……


「境界です」

「そうそれ。って、ひよこ、いたのか」


 今来ましたと言って、微笑むひよこ。

 その背中にある四枚の羽は、森の植物と強弱変化を同期させながら、同じ色で光っていた。


「預言者さんは初めてですよね。ここは地下の神の神殿です」

「神殿?」

「はい。未知の魔物を一定量倒したことによって、地下の神の力が戻ったのでしょう」


 そんな設定があったのか。

 ひよこの案内で、神殿の奥へと進む。


「こちらが応接間になります」


 応接間と呼ばれた場所は境界を持つ植物が多くて明るく、周りの木の枝には、地下の神が、預かっていた半日の間に作り方を習得し、大量生産したのだろう、クロエが着ていた衣服のコピーが空間をぐるりと取り囲むようにかけられていた。

 そんな中、姿のない地下の神の気配が現れた。


『えーと、二人とも、よくできました。すばらしいです。と思います』


 あいかわらずたどたどしい。

 地下の神は、力が戻ったことにより、神殿が開放できるようになったことを説明した。

 神殿は、神の使いが儀式を行えば、どこからでも入ることができるそうだ。これで俺も、ひよこのように、いつでも地下の神と連絡をつける手段を得た事になる。

 俺は適当に頷きつつ、さっきから気になってしょうがない事を聞いてみることにした。


「ところで、なんで同じ服ばかりこんなにかけてあるんですか?」

『かわいい、です。かわいいがあります』


 気に入ったようだ。


『あずかっていた、この、なんでしたか、何か……動くようにしました』


 応接間の奥から植物のつるが伸びてきて、その先にくくり付けられたものが、俺の手に渡された。

 スマートフォンタイプの携帯電話だ。確か、こちらの世界に来た時、井戸に落として使えなくなったので、地下の神に捨てるつもりであずけていたものだ。

 まさか、修理してくれるとは思わなかった。

 基地局なんて存在しないけど、単体の機能でもそこそこ使い道はあるんじゃないだろうか。ああ、電池の問題はどうしよう。とにかくありがたい。


「ありがとうございます!」

『使っ、使ってみてください』


 さっそく電源を入れてみる。

 にゃーん、と可愛らしい鳴き声がした。


 電源は入らない。


 もう一度電源ボタンを、今度は長押ししてみる。

 にゃあああああああああああん、と可愛らしい鳴き声がした。


 電源は入らない。


「あの……」

『さわると、かわいいです。かわいいがあります』

「はい」


 別物になっていた。


 良く考えてみたら、仕方がない事だとわかる。

 地下の神には、携帯がどういうものか一切説明していなかったのだから。

 こんな事になるなら、詳しく説明しておくべきだった。


『可動部分があります……平面部分に。それも、押して、押してみてください』


 イヌの鳴き声でもするのだろうか?

 期待せずにホームボタンを押してみると、イヤホンジャックが火を噴いた。


「ライター?」

「これはいいものですね」


 そう言ってひよこが覗き込んできた。

 確かにいいものだ。今までは、魔法銃の点火装置(フリントロック)を使って火をつけていたので助かる。

 燃料は何を使っているのだろう?


『中に入ってます。その……火の魔法、とか』


 精密機器にそれはどうなのだろうか。


 その後、地下の神はクロエの衣装の良さについて語るだけ語ってから退席し、次の任務が与えられることもなかった。

 応接間から地下の神の気配が消えると、ひよこは嬉しそうに言った。


「任務達成のご褒美に、休暇をいただけたみたいですね」

「そうなのか?」

「疑いようもありません。それでは泉に戻りましょう」


 ひよこが地面に石を四つ、それぞれを線で結ぶと正方形になるように置いた。

 俺はひよこに手招きされ、その正方形の中に足を踏み入れる。



 ぱっと視界が明るくなった。

 湿気の混じる水辺のにおい、あと鳥の鳴き声がする。

 長く暗がりにいたせいで、細めた目を全開にするのがつらい。映画館を出た時の感覚だ。


「おかえり、地下の神の元へ行っていたそうだな」


 マナさんだ。

 どういうわけか、岸辺にブーツを置いて、裸足で泉の浅いところに立っており、小脇にワニを抱えている。


「はい。お待たせしました。その……何をしているんですか?」

「これか? ひよこが後で泳ぐと言っていたから、あらかじめ危険になりそうなものを泉の外に出していたところだ」


 よく見たら泉のわきに池が掘られており、その中に大きな魚が隔離されていた。

 池の隣の地面には、スコップ状に変形した、魔法合金製のロングソードが突き刺さっている。

 マナさんが大変面倒見がいい事はわかったが、その剣の扱いはいいのだろうか。


「そんなこと言って、先に遊ぶなんてずるいですよーっ!」


 そう叫んだひよこは、マナさんのもとへ飛んで行った。手ですくった水をマナさんにかけている。

 マナさんは、空いている片手で水をガードしつつ、ひよこをつかもうと手を伸ばすが、ひよこはその手をするりと抜け、

ついでにワニも腕から抜け出した。


 後で聞いた話だが、マナさんは、このワニを朝食の材料にするつもりだったらしい。

 危機一髪だ。



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