獣耳少女と品評会
章の最終話っぽいタイトルですが、折り返し地点です。安心です。
そこは、舞台中央から扇状に階段の様な観客席が広がっている、石でできた半円形の露天劇場だった。
到着時、テレビや海外旅行のポスターでしか見ることのなかった建造物に、俺は大いに興奮した。が、客席の硬派な座り心地に、テンションが下がっていくのに時間はかからなかった。
そんな中、客席の足元に二つ、取っ手のような奇妙なものが付いていることに気づいた。足置きかと思ったが、周りを見ても、誰も足を置いていない。
俺は試しにこの二つの取っ手に手をかけて、引き上げてみる。板が出てきた。板の前面に薄い鉄板が貼ってあり、盾のようだ。前席用の背もたれだろうか?
「それは、シャッターですよ」
「あ、はい。どうも」
隣に座っていたおじいさんが教えてくれた。
シャッター?
「ここの品評会は、はじめてですかな? それでいて終盤から会場入りするとは、良いめぐりあわせですなあ」
言われてみれば、劇場に入るときに、まるで終了したかのように出ていく人達とすれ違った。
見渡せば、場内に残っている人は客席の三分の一くらいだ。
「あの、この品評会って一体何の……」
「預言者さん! 始まるみたいですよ!」
俺の肩に座っていたひよこが、舞台に上がってきた司会を指さして叫ぶ。
俺が持っていた最大の疑問は、会場にこだます歓声にかき消された。
――――この一時間ほど前。
例の短剣によって引き起こされた森の惨状は、俺のスキルで説明できなくしておいた。
とりあえずは、変な噂が広がったり、森の所有者に訴えられる心配はないだろう。
ここで注目すべきは、森ではなく森の惨状という、対象の一部分に対してスキルが使用できるようになった点だ。
ひよこが言うには、スキルを繰り返し使用したため、神の力をより細かく行使できるようになったらしい。
地下の神はこの変化を、まるでゲームでもやっているかのように、スキルレベルが上がりましたと表現していた。
何が見えているのだろう。
その後俺たちは、少々アクロバチックな方法で人助けの素晴らしさを学んだ小鬼に、近道をタダで教えてもらい、無事に森を抜けることができた。
結果的に移動時間の短縮はできたが、戦闘に費やした時間との差し引きで、マラソンは続行された。
マナさんがクロエの巨大な道具箱を肩に下げて先導し、ひよこがその上空で路面状況を確認、俺がクロエ本体を引っ張って走る。
牽引されているクロエは、前半よりも明らかに余裕があり、様子を見るために後ろを振り返ると、満足そうな顔を向けてきた。
こっちはかなり辛い。
どうしてこうなってしまったのかというと……
走り始める前、俺の服の裾を軽く引っ張ってから、申し訳なさそうな表情で遠慮がちに手を差し出してくるクロエが、唐突に可愛く見えたからだ。
ひよこは「萌えです」と言っていたので、そうなのかもしれない。
もちろん、一人逃げ遅れた道案内詐欺の小鬼を、まるで紙飛行機でも飛ばすかのように、軽々と離陸させたこの小さな手に、無意識の恐怖を感じていた可能性もある。
何ににせよ、手を取ってしまったからには、この萌え(仮)を引いていかなければならない。
そう、俺はまだ離陸するわけにはいかなかったのだ――――
「……萌えではないな」
「急にどうしたんですか? あ、そろそろクロエちゃんの番ですよ」
ひよこに言われて見ると、いつの間にか一品目のデモンストレーションが終わっていた。
大道芸でもしていたのだろうか、やたらと長いハシゴを、魔法か何かで荷車のようなものに収納させて、退場する発表者。
そして、まばらな拍手が鳴りやむと同時に、クロエと道具箱を肩にかけたマナさんが登場する。
舞台端の司会者が良く通る声で、発表品名と工房名を紹介した。
次の瞬間。
「逃げろっ! カニシア工房だ!」
誰かの叫びと同時に、わーっと悲鳴をあげながら会場の外に駆け出す観客たち。
なんだろう、ついさっき同じような光景を見た気がする。
会場に残った観客は、誰に言われるでもなく、足元の個人用シャッターを上げていく。
俺も隣のおじいさんにならってシャッターを上げてみる。
シャッターは、ある程度引き上げると、爪のようなものが出てきて地面に固定される仕掛になっていた。
騒ぎが収まり、会場が落ち着いたのを見て、クロエが解説を始める。
「今回この"状態解放式魔法爆薬を使用した携帯破城砲"をご紹介させていただきます、カニシア工房のクロエです。よろしくお願いしますー」
やばい。品名が既にやばい。
「クロエちゃん。萌えー!」
ひよこのそれは応援なのか?
こちらに気付いたクロエは、大きく手を振りかえしてくるが、袖の折り返しが元に戻って、中身のない袖部分が空中を泳いでいる。
「預言者さん、見ましたか? 萌え袖ですよ!」
「なるほど。意味は?」
「意味はありません。あるのは萌えです」
そう答えると、シャッターの上に腰掛けたひよこは、舞台に向き直った。
さっぱり理解できなかった俺の足元には、会場に吹き込んできた風と一緒に飛んできたのだろう、品評会の案内チラシがスライディングしてくる。
拾い上げてみると、そこには攻城兵器の品評会と書かれていた。
射手の役を買って出たマナさんが道具箱から取り出したそれは、この世界の標準的なマスケット銃をベースに、銃身をバズーカのようなものに置き換えた、奇妙な兵器だった。
そのあまりにも前のめりになるアンバランスさを解消するため、カウンターウエイトとして、砲尾から後ろ向きにメイスが取り付けられている。
「これが状態解放式魔法爆薬を使用した携帯破城砲です。そしてこちらが、使用する砲弾になります」
クロエが、先のとがった五百ミリペットボトルの様な金属砲弾を、道具箱から取り出して見せる。
袖から手が出ていないので危なっかしい。
話を聞くに、携帯破城砲の動作原理は、火薬で魔法を打ち出す魔法銃の逆で、魔法で砲弾を撃ち出すらしい。
魔法の方が火薬よりもパワーが出せるのはもちろんの事、この世界の要塞や城壁には対魔法用の結界が張られているので、魔法をぶつけるよりも、実体弾をぶつけた方が効果的なのだとか。
「今回使用する状態解放式魔法爆薬はこれになります」
クロエは砲弾を舞台の石畳に置いて、円筒形の透明な、ガラスびんのようなものを取り出した。
中には透明の液体が入っている。
「これは、特殊な液体に爆発の魔法を混ぜ込み、固定の魔法で発動直前の状態を維持させたものです。これに固定解除の魔法を使用することで爆発を得るのが、状態解放式魔法爆薬です」
そんな解説を聞いていた司会が、何かを思い出したかのように言った。
「ああ、前回カニシア工房さんが、この会場の屋根を吹き飛ばしたものですね」
「うちは前回参加していないんで詳しくはわかりませんが、確か前回使用したのは、空気に魔法を混ぜたものだったと思いますので、今回の方が比べ物にならないくらい強力です」
「えー……、安全性とかは、大丈夫なのでしょうか?」
「はい。空気式のものと違って、強い衝撃なんかを与えない限り、爆発の危険はありません。おっと」
おのれ萌え袖。クロエの手、というか袖から魔法爆薬がこぼれ落ちる。
司会と観客たちが目を見開いて硬直する中、魔法爆薬は重力をかみしめながら舞台の石畳へと直行する。
「伏せろ―っ!」
誰かの声で、司会は舞台から飛び降り、観客は皆一斉にシャッターのかげに隠れた。
…………不発?
シャッターの上から半分ほど頭を出して、状況を確認する。
魔法爆薬が、石畳すれすれのところで止まっていた。いや、剣の上に乗っている。マナさんだ。
誰もが固まったあの瞬間、目にも止まらぬ早さで剣を抜き、魔法爆薬に衝撃を与えることなく剣の腹で受けたのだ。
マナさんは、魔法爆薬を手に取って剣を鞘におさめる。
「受け取ったぞ。次は、どうすれば良いのだ?」
「あ、あねさん……」
マナさんのフォローで、会場は何とか持ち直し、いよいよ発射準備に入った。
魔法爆薬と砲弾を砲口から装填し、会場の外壁上に設置された的に砲を向ける。外壁の向こう側は町の外なので大丈夫なのだろう。大丈夫と信じたい。
「狙いを付けたら、引き金を半分ほど引いてください」
砲から、きりきりと音がする。
「おおっ! 軽くなったぞ」
「砲尾の魔法合金製メイスに仕込まれた空の魔法が、本体を空に固定しているからです。引き金を引いた時の音が、魔法の発動キーワードになってますー」
本体を固定するのは、砲撃時の反動を押え、狙いがぶれないようにするためだと説明するクロエ。
むしろ固定しておかないと、射手が反動で死ぬんじゃないかとつぶやくおじいさん。
手が震えてきた。
「それでは、引き金を最後まで引いて下さい。固定解除の魔法が発動して、砲弾を放ちます」
「わかった」
頷いたマナさんが、的をにらみながら手に力を入れる。
会場が静かになった。両手で耳をふさぐ者。シャッターに隠れる者。先程の一件で気絶している者。皆その瞬間を待っている。
マナさんはクロエを振り返って言った。
「すまない、既に最後まで引いていたようだ」
クロエは、マナさんを見つめたまま、しばらく固定の魔法にかかったかのように硬直してから、両袖で顔を覆った。