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回転しながら空を飛ぶ戦場の霧

 俺たちを取り囲む小鬼は、見えているものを全てとすれば十八匹。装備は、手作り感あふれる棍棒とボロい服。

 配置は大きく分けて、通ってきた道をふさぐ者たちと、木がまばらで比較的見通しの良い側面に陣取る者たちの、二つのグループに分かれている。


「預言者さんは、何か武器になりそうなものを用意してください」

「俺、まともに魔物と戦ったことないんだけど」

「大丈夫です。私が指揮をとりますので」


 とりあえず、背負っていた荷物を置いて中を確認する。

 その間にも、小鬼たちはじりじりと包囲を狭めてきている。


「あ、その鍋がいいですね。盾として使いましょう」


 俺はひよこの指示で、深さが変えられる魔法の両手鍋を取り出すと体の前で構えた。魔法の両手鍋は、場所をとらないように、フライパン程度の深さに調節していたので、見た目も盾のようだ。


「構える方向は大鬼と反対側にしましょう。おそらく、あれが小鬼たちのリーダーです」


 通ってきた道をふさぐように陣取った小鬼の中に、頭に羽飾りが付いたものがいた。確かにそれっぽい。


「何でわかったんだ?」

「小鬼の役割が獲物を逃がさないための囲いだからです。大鬼から最も遠いところに、二番目に強い小鬼を置いておけば、包囲全体のバランスが取れます」

「うわ、思ったよりかしこいな魔物」


 本当に何とかできるのだろうか?


 俺はひよこの指定する位置に移動し、小鬼のリーダーをにらみつける。小鬼たちは、おもちゃのバットのような棍棒を振り上げて、キーキー言いながら威嚇(いかく)してくる。案内役の小鬼が特別なだけで、本来は言葉が違うのだろうか。なんだかサルっぽい。

 そんな小鬼にひよこが威嚇し返す。戦いにおいて武器をぶつけ合うのはほんの一瞬であり、それ以外のほとんどは威嚇と牽制(けんせい)らしい。


「地下の神の任務の妨げとなる者は、滅びの呪いで食卓に並べますよーっ! ほら、預言者さんも!」

「えぇ……よしっ! 俺の魔法でソース味になりたい奴はかかってこい!」


 言葉は通じてなさそうだが、勢いに押された小鬼たちが少したじろいた。


「なんだかおなかがすいてきますね」

「本来なら今頃、目的地の町で昼食の予定だったからなぁ」


 小鬼たちは一定の距離を保ったまま、踏み込んだり引いたりを繰り返し、攻撃を仕掛けてこない。

 ひよこが言うには、旅人からカツアゲしているだけの、しかも暴力担当ではなく包囲担当なので、反撃されるリスクを負って飛び出すことに、ためらいがあるのだとか。要は、全員揃ってお前が行けよと譲り合っている状態なのだ。


「さすがひよこ。良く見ているなあ」

「そうでしょう。そうでしょう。でも、互いの主力がにらみ合って動かない以上、その瞬間は来ますよ」


 俺たちの背後では、マナさんと大鬼が武器を構えて互いを牽制している。

 膝をつき両手を上げて非戦闘員アピールをしているクロエは、まあ、大丈夫だろう。

 問題は俺たちの方か。


「敵が襲ってくるかもしれないのに、盾というか鍋だけでいいのか?」

「問題ありません。試しに短剣を装備した状況を想像してみて下さい。どうでしょう?」


 盾ではなく、短剣を持っている自分を想像して、小鬼たちに目をやる。


 襲いかかってくる小鬼。その一撃を何らかの手段で回避して、短剣を繰り出す。どんな風に? どこを狙って? どのくらいの力で? 失敗すれば二撃目がくるのか? それとも俺が手負いの相手に二撃目を与えないといけないのか? 

 それに、生きた肉を切る手ごたえは、食肉加工の魔法で吹き飛ばした野生の肉とは……やっぱり違うよなあ。


「……無理だな」


 少なくとも、目的がはっきりせずに宙をさまよう短剣は、手かせにしかならないことはわかった。


「よく、盾の役割は敵の攻撃を防ぐ事だと言われます。ですが私は、戦いの恐怖から装備者を守る事にこそ、その真価があると考えています」

「よくわかる」

「そして盾にはもう一つ、相手をコントロールする効果の高さがあります。実践してみましょう。盾を左脇に構えて、右足を一歩下げて下さい。そうそう、頭と目線は下げ気味にしつつ聞いてください。作戦を伝えます」



 キーッ!


 こちらが正面のガードを外して後ろに下がったことで、勝機と見た小鬼のリーダーが、声を上げて飛び出してきた。それに二匹の小鬼が続く、こいつらは戦闘終了後の取り分目当てだ。

 小鬼のリーダーとの距離が詰まり、盾を持つ両手が震える。


「今です」

「くらえっ!」


 ひよこの合図で、右足を蹴り上げる。右足に乗せた土が勢いよく正面に飛び散った。

 小鬼のリーダーは、土が目に入ったのだろう、ぎゃっ! と声を上げて立ち止まった。続く二匹も足を止める。

 俺は盾をすばやく正面に向けると、練りこまれた魔法を起動する。


「伸びろ!」


 盾にしていた魔法の両手鍋は、深さを一気に増して、底面を小鬼の顔面に直撃。

 こおん! と響く打撃音は、そのままKOのゴングとなった。


「盾を戻して、三歩下がって下さい」


 ひよこの指示に従い後ろに下がると、呆然としていた二匹の小鬼が我に返り、慌てて倒れたリーダーを両脇から抱えて離脱を図る。

 周りの小鬼は驚きのあまり声も出ない。


「ここで突撃です! 走らず恐怖の追跡者を演出してください」


 俺は盾を頭上に振り上げ、できるだけ自分が大きく恐ろしく見えるようにしながら、逃げる小鬼に早歩きで迫った。

 すると小鬼の一匹が、回収中のリーダーをおいて逃げ出した。


薄情者(はくじょうもの)は尻をけっとばしてやりましょう」


 ばしっ!


 ダッシュで一気に距離を詰めて、逃げる小鬼を草むらにシュートした。草むらからはみ出した二本の足がぴくぴくしている。

 見逃されたもう一匹の小鬼は、泣きながらリーダーを回収した。えらい。

 正面の小鬼たちは、後ろ歩きで元の配置に戻る俺たちを見るだけで、もう仕掛けてくる気配がない。


「これで片付いたのか? すごいな」

「こう見えて、言葉より先に戦いを覚える魔界育ちですから」


 魔界?


「あああ、ないんさん! ないんさんの鞄が持ってかれてますー」

「えっ?」


 クロエの声に振り返ると、側面のグループにいた、数匹の小鬼が俺の鞄を引きずりながら持っていこうとしていた。

 慌てて追い払ったが、逃げ遅れた一匹が、倒れた鞄から出てきた短剣を拾って、こちらに向けてきた。

 まずい。


「まて、その短剣は自爆装置付きだ」

「投げ短剣技術搭載短剣ですよぅ!」

「あー、そうそう、投げ短剣技術搭載短剣。だから、そのひもを引っ張ると自爆するんだ」


 クロエの訂正を反映させつつ正しく問題を指摘し、短剣を手放すように話しかけたつもりだった。

 しかし、あろうことか小鬼は、短剣の柄の後端から伸びたひもに手をかけ、思いっきり引き抜いていた。

 万が一に備え盾を構える。その後ろに隠れるひよこ。クロエは地面に伏せて両手で耳を押えている。


 が、何も起こらない。

 故障か? そう思った時、短剣の柄の側面から火が噴きだした。


「横かよ!?」

「キーッ!?」


 これに驚いた小鬼は、短剣を地面に落とす。落ちた短剣は噴き出す火の勢いを増し、ねずみ花火のようにぐるぐる回転しながら地面を走り出したから大変だ。


 森の中の広場を所狭しと暴れまわる短剣に、小鬼たちが逃げまどう。

 短剣はさらに加速し、木の根をジャンプ台に跳ね上がったかと思うと、今度はブーメランのように空中を飛び始めた。もう、なんだこれ。

 目の前を未確認にしておきたい飛行物体が通り過ぎても、武器を構えたまま動かないマナさんと大鬼はさすがだ。


 短剣は、しゅるしゅると音をたてながら木々の向こうに消えると、凄まじい音を立てて爆発した。

 吹き込む爆風に、転がってくる小鬼たち。空にもうもうと上がる黒い煙。



 俺とひよこは、何も言わずについてきたクロエや小鬼たちと一緒に、広場の外の爆心地を覗き込む。

 そこには、なぎ倒された木々と、地面を掘り返したようなすり鉢状の大穴によって、第二の広場が完成していた。

 最初に口を開いたのはクロエだった。


「な、なんなんですかこれ」


 世の中知らない方がいい事もあるが、クロエは立場上知っておくべきだ。


「クロエが俺にくれたものの最終状態だ」

「そんな、うちが可愛すぎたせいで」

「短剣な」

「ぁー」


 クロエは心当たりがあるのか、すっと目をそらした。

 そして、何かに気づいて肩から下げてきた道具箱を地面に置くと、中をあさり始める。


「どうした?」

「いえ、あの、実はもう一本あるんですけど……」


 そういって短剣を取り出したクロエ。


「「「キーッ!?」」」


 小鬼たちは短剣を見るなり悲鳴をあげ、クモの子を散らすように森の奥へと逃げていく。

 あとに残ったのは俺たち三人だけだった。


 そういえば、マナさんはどうなったのだろう? 



 俺たちが広場に戻ると、まだ決着はついていなかった。罠にはめた小鬼が、仲間が全滅したことに気づいたのだろう、大鬼の足元でオロオロしている。

 マナさんは、大鬼に剣を向けたまま、横目でちらりとこちらを見て言った。


「その様子だと、小さいのは全て片付いたようだな。ひよこの戦術、見せてもらったぞ。そろそろ、こちらも片づけてしまって構わないだろうか?」


 まさかマナさんは、ひよこの言った、見ていてくださいを言葉通り受け取って、今まで手を止めていたのだろうか?

 一方大鬼の方は、圧倒的なプレッシャーによって一歩も動けず、異世界スラングを繰り返す事しかできなかった為、数秒後にマナさんが放った、魔法合金製ロングソードキックという謎の回し蹴りで、地面との一体感が向上した。

 戦闘終了である。


 風に揺れる木々のざわめきと、できればなかったことにしたい、焦げたにおいが森を包み込んでいた。



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