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異世界ものの世界のような異世界


「副隊長! 前方に誰かいます!」


 街道を駆ける騎兵隊は、おそろいの青い衣装と白い馬、軽装甲の金属鎧は陽光を反射して、さわやかな夏空の様。それを追う巨大な車輪型の魔物は、実績に基づいた人員整理で、先を行く騎兵隊の平均速度を上げている。


 少々犠牲は出たものの、このペースなら逃げ切れる、隊の誰もが持った希望は先程の一言で打ち砕かれた。

 街道上に通行人を発見したのだ。


 自分たちが通り過ぎれば、この通行人は魔物の犠牲になってしまう。副隊長は、隊を停止させ、通行人の前で騎馬を百八十度方向転換し、振り返って声をかける。


「そこのお前っ! 魔物が来る前に急いで引き返せ!」



 なんて迷惑なやつなんだ。

 俺が第三者ならきっとそう思ったはずだ。

 だが、声をかけられたのは俺だった。本当に申し訳ない。


「これは好都合です。神様に頂いたスキルを使ってみましょう!」


 そう言って俺の目の前に飛び出してきた十五センチ程の水着姿の少女は、光る背中の羽を動かすことなく宙に浮いていた。

 鳥の子色の長いポニーテールを風になびかせ、胸の前で両こぶしを上下させて、例のスキルを勧めてくる。


「もし使い物にならなくても、戦力があるこの機会になら、安心して効果を確認できるじゃないですか!」

「そうか、確かに。ひよこはかしこいな」

「えへへ~、そうでしょう。そうでしょう」


 よし!

 作戦会議の終わった俺たちが街道の先に視線を戻すと、そこに騎兵隊はおらず、巨大な車輪型の魔物が停止していた。


 周囲を見渡すと、吹き込んだ風を受けて舞い踊る砂ぼこりの向こうで、魔物にお片付けされたのだろう、騎馬と騎兵達が目を回している。

 この間わずか一秒! のノリで話し合っていたはずだったのだが、竜宮城のノリだったようだ。

 魔物が、俺たちに向かって、みゃぁぁぁぁぁぁんと吠えた。無駄にかわいい。


 俺は右手を魔物の中心に向かって伸ばし、謎のスキルを開放する。




 ――――その時、俺は知らない世界の井戸の底にいた。

 冷蔵庫のように涼しい空気と、側面をカサカサ移動する直視したくない小さな生命体。

 どうしてここへ来ることになったのか思い出せなかったが、それは重要な事でないので、気にする必要はないらしい。地下の神と名乗る、姿を持たない存在感だけの存在が教えてくれた。


「そう言われてもなぁ」


 高校制服のブレザーから生徒手帳を取り出そうとしたが、見当たらない。落下した携帯は井戸水の飲み放題でダウンしている。しかも、魔法にでもかけられたのだろうか? 俺は元世界について説明できなくなっていた。

 きっとこの後、魔王を倒せだの無茶振りが来るのだ。そんな話をアニメで見た事がある。


 地下の神は俺の頭の中に向かってこう言った。


『えーと、お願い。お願いします』


 内容!


『あ、ありがとうございます。がんばって。がんばって下さい』


 選択肢!


『あと、ひよこ、ひよこをお願いします。仲良くしてください。ひよこがあなたと仲良くしている限り、安全なのと同じで、あなたにも安全です』


 凶暴なニワトリの幼体でもいるのか? そう思った俺の前に、現れたのがこの妖精。ひよこである。

 全身ずぶ濡れなのは、さっきから俺の靴と靴下の水分量を過剰に上げている、浅い井戸の水中から出てきたからだ。

 ひよこの通訳によると、地下の神は、俺にこの井戸のある町の隣町に出現した、未知の魔物を片づけて欲しいそうだ。


「俺、魔物と戦ったことないんで、無理だと思いますよ」

『魔物は、未知です。見れば未知であると、わかります。スキル……あげます。魔物に使って、使って下さい』


 魔物がはっきりしないのが気になるけど、この展開も知っている。お約束ってやつだ。


「汝に神の力を授けよう、と言っています」


 そして、古風なひよこ通訳。


「で、具体的にスキルって何なんですか?」

『えぇ、すごい……スキルです。その、すごい効果を発揮して、なんていうか、説明できない状態になります』


 この解説である。


 全く何を言っているのかわからなかったが、それは重要な事でないので、気にする必要はないらしい。

 ジャンルとパターンさえ踏まえていれば、何でも良いのだと存在感だけの存在に開き直られた。


 そう、重要なのはスキルの使用方法。

 右手を使用対象に向かって伸ばし、唱える。


 すごスキル、と――――




「ださっ……」

「ええっ!? 呪文が違いますよ!」


 直後、突進してきた車輪型の魔物を、横っ飛びでギリギリ避けた俺は見た。

 通り過ぎたはずの魔物が輝きながら、まるで逆再生のスロー映像のように、後ろに向かって進み、爆発したのだ。


 その衝撃たるや、俺や周りに転がっていた騎兵隊員や騎馬を吹き飛ばし、街道周辺のまばらに生えた草木に爆風がリクライニングする、大変結構なものだった。


 一体何が起きたんだ? 砂ぼこりが徐々に薄れる中、キーンと響く耳鳴りに混じって声が聞こえてきた。


「マナ隊長だ!」

「マナ隊長が来てくれたぞ!」


 今まで死んだふりでやり過ごしていた、騎兵隊や騎馬が大はしゃぎしている。よく訓練された馬だな。


 マナ隊長と呼ばれた人物は、俺が今まで架空の存在だと思っていた、金髪の美人女騎士だった。

 他の騎兵隊同様軽装甲の鎧だが、腰には隊員たちより一回り大きなロングソード、そして右手には、魔物を吹き飛ばしたと思われる、騎銃のようなものを持っている。


「すごいですね。あれ、魔法銃ですよ」

「生きてたのか、ひよこ」

「ええ、水着を着ていなければ即死でした」

「社会的に?」


 魔法銃というのは、筒に火薬と弾丸を込めて打ち出す通常の銃の、弾丸を魔法に置き換えたもので、要は火薬で魔法を飛ばす武器らしい。いろんな意味で魔法がかわいそうだ。



 マナ隊長は騎兵隊員たちに帰還の指示を出し、自分はなにやら問題のおきているらしい隣の町に行くと言い出した。当然のように、我も我もと同行を志願する隊員たち。


「駄目だ。お前たちはたった今、敗走して来たばかりではないか。それに私がいると隊の機動力が落ちる」

「それは、隊長が馬に乗れないから……」

「あんな視界が高くて怖いものに乗れるか! いいからさっさと帰れ!」


 マナ隊長は、余程言われたくない事だったのだろう、顔を赤く染め肩で息をしながら、隊員たちを追い払うように帰還させた。

 そして、息と姿勢を整えると、こちらにゆっくりと振り返った。


「で、お前たちは何者だ?」


 ありがたい美人とのご対面シーンに、両手を合わせて拝んでいた俺とひよこは顔を見合わせた。


「私たちは地下の神の使いです。私は案内役で妖精のひよこ。こっちは預言者さんです。ちょうど隣町へ行こうとしていたのですよ」


 予言者? ああ、預言者のほうか。


「……ふむ。つまり、ローカル宗教の聖職者ということだな。隣町には多くの犠牲者が出たと言うが、現在は無人のはずだ。行くのなら、件の魔物が討伐されてからにしなさい」


 俺とひよこは再び顔を見合わせ、どや顔で言ってやった。


「「その魔物を倒しに来たんです!」」


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