第三話
黄昏時が近づくとさすがに腹が減ってきて、ハルアキは商店街に出かけた。おにぎりは部屋に置いて行った。オニの言葉が真実ならば盗まれることもないだろう。買い物客で賑わう商店街の入り口のところに来ると、数日前から掲示板に妙な張り紙が貼ってあることを思い出し、行ってみるとその張り紙はまだそこにあった。
急募 祓い士
仔細応談にて 鳥羽
そこに記載されていた住所を忘れぬように繰り返し唱えながら本屋へと急いだ。店内は表の雑踏とうってかわりしんと静けさで充たされていて、レジカウンターからの店主の視線を感じながら地図の売り場へと真っすぐに向かい、調べてみると張り紙の住所は近くであった。本屋でメモ帳を買い求めると再び掲示板に戻り住所と名前とそして電話番号を書き取った。
がらがらと馴染みの定食屋の戸を引くと「らっしゃい」と奥から威勢のいい声が響く。店の中には使い込まれた脚の細いテーブルと椅子とが整然と並べられ、あちらこちらの壁いっぱいに手書きで書かれた料理名が貼られている。店内を漂う甘辛い香りに腹の虫が反応しぐうと鳴いた。すると奥から割烹着に頭巾姿の初老の女性が出てきてハルアキの顔を見るとにっこりと笑った。
「あらハルちゃん、夕食かい。ずいぶんと早いこと」
「まあな。それよかおばちゃん、電話を貸してくれねえか」
「ああどうぞ、使っておくれ」くいっと顎先で奥を指す。「ごはんはどうすんの?」
「そうだな定食でいいや。席に置いといとくれ」
ハルアキはメモ帳を開くと客席と調理場とを仕切っているカウンターへと向かった。
まず電話に出たのは女の声だった。若いようだがどこか気の抜けたような声。「張り紙の件で」とだけ伝えると「少々お待ちください」と口早にいったかと思うとオルゴールのメロディーが流れてきた。そのまま待っていると、おばちゃんがすぐ近くに立って聞き耳を立てているのに気がつき、首を細かく振ってあっちに行けと意思表示をした。おばちゃんは『はいはい』と声を出さずに口だけを動かし調理場へと引っ込んでいった。すると受話器から今度は低く威圧感のある男の声が流れてきた。
「お待たせいたしました。私、当家鳥羽の代理人を務めさせていただいておりますフジワラと申します。張り紙の件でお電話をいただいたそうで」
「あ、はい。おれ……わたしはアベと申しまして」
「電話口ではなんですから、詳しいお話はこちらにお越しになられてからということでよろしいでしょうか?」
「はい、問題ないです」
「こちらの住所はご存知ですか?」
「はい、それも問題ありません」
「では、そうですね……明日の正午に来ていただくということで、ご都合よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「それではお待ちしております」
それだけいうとがちゃりと切れた。受話器を握りしめ茫然と立っているハルアキの背中をおばちゃんがぽんと叩いた。
「ほれ、冷めちゃうよ。さっさとお食べ」