『水越歩』
「おい、歩。あ、ゆ、むっ」
桂心に名前を呼ばれてハッとして我に返ると、私はショッピングモールの歩道の上にいた。
私は状況が把握出来なくて、スマホを取り出すと時間と日にちを確認した。
六日の午後四時半、事件があったあの日、三人で来た時に私は戻ってた。
あの白い世界は夢? そうとは思えない。なんで、ここにいるのだろう……。
「どうした? 起きたまま寝てるのか?」
桂心が訝しそうに私の顔を覗き込んで来た。
「寝てないわよぉ~! ちょっと考えて事をしていただけじゃない!!」
失礼しちゃう。幾ら私だってこんなところで眠ったりはしないもん。
そりゃあ、時間があれば良く昼寝とかしちゃうけど……。
「考え事? どうせ、今日の夕飯はなんだろう? なんて考えてたんだろう?」
「違うもん!!」
さらに冷やかしてくる桂心に私は声を張り上げた。だが、桂心は怯むどころか、ますます楽しそうに笑っている。
「早く行きましょう。
じゃれるなら中でも出来るわ」
私は怒っているのに、香は我関せずに淡々と言うと、ショッピングモールへ促して来た。
「ああ、そうだな。買い物する時間なくなっちまうし、行くか……」
桂心もまだ余韻に浸っているのか、笑みを浮かべながら香の元へ歩いて行く。
今は、あの日、あの時、あの場所にいるんだ。このまま行ったらまた買い物中に閉じ込められて、銃とか爆弾とか出されて殺されちゃう……。止めなきゃ!!
「ねぇ、今日買い物行くの止めよう?」
私の提案に二人は足を止めると、不思議そうに見つめて来た。
「なに言ってんだよ? ここまで来て……」
桂心の疑問は最もだ。モールの前まで来て言うことじゃない。でも……。
「今日はダメなの! ねぇ、明日にしよう? なんでも奢ってあげるからぁ!!」
私の言葉に二人は顔を見合わせると困ったように眉根を顰めて、再び私を見つめた。
「それは構わないけど、今日のお買い物は貴女から誘ってくれたことなのよ?」
二人とも私が嫌がる事を強要はしない。多分、このまま粘れば今日もショッピングモールへは行かずに帰るだろう。
二人には後で埋め合わせするとして、今はここから少しでも離れよう。
「うん。そうなんだけど、ダメなの!!
今日はダメなの!!」
香は小さく笑みを洩らすと、私のところへ歩いて来て髪をポンポンと撫でてくれた。
「貴女がそう言うのなら、なにか理由があるのね? わかったわ。今日は止めましょう……。その代わり、コーヒーを奢ってもらうわよ。
桂心もそれでいいわね?」
「ああ。そんときに、なんで今日はダメなのか、理由を聞かせろよ?」
香の言葉に桂心も同意してくれて、私たちはショッピングモールから離れることが出来た。
これって未来を変えられたってこと……?
「うん。分かった。話してあげる。
多分、信じて貰えないと思うけど……」
「なんだぁ? そんな突飛な理由なのかぁ?」
「あら、歩の言うことが突飛なのはいつもの事よ?」
呆れる桂心に、無表情で頷く香。
なにはともあれ私たちは三人で並んでビルの地下にある駅へ引き返して歩き出した。
これで全てが変わると思った。だけど、三人組の男が乗った一台の自動車の傍らを通った瞬間、私は凍り着いて足を止めた。
筋肉もりもりの小、中、大、の三人組。
外見に似合わないバイオリンケース。
そして、車内に無造作に置かれた、見慣れた黒い鞄と、あの覆面……。
この三人だ。この三人があの事件を引き起こすんだ。
鼓動が早くなる。
額を冷たい汗が伝う。
このまま素知らぬ振りをしていいのかなと言う疑念が頭を過り、私は動けずに三人を乗せた車を見つめていた。