『水越歩』
朝、学校に行って、授業を受けて、最終下校時間まで友達とお喋り。
なんの変哲もないけど、平和で楽しい毎日を私は幸せに送っていた。
その日も学校が終わり、友達三人とショッピングモールで買いものをしていた。
夏ももう終わりだから、みんなで秋服を買いに来たのだ。
だが、友達と遊びに来て目的を果たすだけで済むはずもなく、みんなでジャンクフードを摘まみながらお喋りし、ゲームセンターに行けば対戦をし、買う気もないのにファンシーショップやアクセサリーなんかも見て回っていた。
映画シアターに行けば、話題の映画の話や観たい映画の話をし、他愛もないが楽しい一時だった。
だが、その解放された限られた自由の一時は、なんの前触れもなく突然、けたたましい警戒音によって打ち壊された。
「なによぉ!? いきなりっ」
いきなり警告灯が赤く光ってぐるぐる回り、フロアのシャッターが閉まり始める。
「ただの火事じゃないかしら?」
一緒に来た黒髪ロングの少女、香が携帯を眺めながら冷静に言う。こいつはどうしてこんなにクールなのよ…。
「ただの火事って、火事になったら大変よ!」
この回りが慌てふためく中、平然と凄い事を言う香に突っ込みを入れると、辺りを見回してどっちへ行けばいいのか模索する。
「ちょっと落ち着きなさい」
香が携帯を見つめたままで手刀を振り下ろして、私の脳天をチョップした。
香のチョップは猛烈に痛くて、脳天から足の先まで突き抜けるような衝撃が駆け抜け、私はその場に踞って脳天を撫でた。
禿げて……、ないよね……?
「逃げなきゃヤバイじゃん!! 落ち着いてなんていらんないよ!!」
「そうやってみんなが慌てて動き回るからパニックになるのよ。
取り敢えず落ち着きなさい」
香は携帯を弄りながら、表情一つ変えずに冷静に淡々と忠告してくる。
自分も内心では焦りまくりなくせに、表には一切出さないの。香はそう言う奴……。
「だけどよぉ、逃げ遅れねぇか?
こんなところで死ぬのは嫌だぜ?」
これは一緒に遊んでいた桂心。ヤンキーだから男の子言葉使ってるの。
「大丈夫よ。ニュースにもなってないくらいだし大した事件じゃないわ。
店員の誘導にちゃんと従えば出れるわよ」
香はそこでようやく携帯をしまった。ニュースを見て状況を確認してたみたい。
ほんっと冷静で頼りになる。
辺りは一階へ下りようとする人や非常口に駆け込む人で、ごった返している。
みんな無事にここから出たいんだもん。当然よね。私だって早くでたい。
だけど、みんなで一緒に逃げようとするからパニックになるんだから、我慢しないと……。我慢、我慢……。
だけど、怖いよぉ……。
二人も無言で今は状況を静観している。
「チッ。最近の男は、女、子供を優先するって気持ちはねぇのか!」
桂心が腕組をしたまま横目で浮き足立っている人垣を見てイライラとして言った。人差し指でいらいらと二の腕を叩いている。
香はどうしているかと見たら、相変わらず無表情で携帯を見ているけど、指はまったく動いてなくて、良く見ると指先が小刻みに震えてる。
なんでもない振りをしてるけど、やっぱり恐いよね……。当たり前か……。
今は辛抱の時なんだよね……。
そう信じて、胸の中で何度も怖くないと唱えていた。
その時、シャッターが大きな軋みを上げた。
最初は、シャッターの故障かなと思っていたけど、そんな感じじゃなくて無理矢理に抉じ開けられて、覆面して拳銃を構えた、いかにも怪しい三人組の男が私たちが隔離された空間に入ってきた。