『水越歩』
心臓が暴れるように胸の中で激しく動き回り、喉の奥になにかが詰まっているみたいにうまく息が出来ない。
素知らぬ振りをしなくちゃいけないと分かっているのに目が離せず、額からは汗が滲み出てきた。
これだけの人が行き交う通路で立ち止まったら目立っちゃうって思うのに、金縛りにあったみたいに動けない。
「おい、どうしたんだぁ?
もしかして、見つけたのか?」
歩くのが遅い私の為に、桂心も香も歩く速度は私に合わせてくれている。
だからいつも一緒に歩いていられるんだけど、それでも隣にいなかった私を変に思ったのか、桂心と香も佇んで声を掛けて来てくれた。
「ああ。黒い服を着た、大、中、小の三人組。彼らね……」
私の視線の先にいた三人を、平気で人を殺しそうな冷たく無感情な目で睨み付けると、香がぼそりと言った。
「ほぉ、どいつらだ?」
「あれよ……。そうでしょう? 歩……」
さすがに指を指すとあの人達に気づかれちゃうと思ったのか、目だけで三人組を見て桂心に伝えると、念の為にか歩に確認を取ってきた。
「うん……」
ここで頷いてしまったらそれこそ二人を巻き込んでしまうと思いながらも、ここまで来て嘘を言っても仕方がないと思い、素直に肯定した。
「そんじゃあ、まずはその爆弾とやらを取り上げないとな」
「ちょっとぉ、大丈夫なの?
無茶はしないでよ……」
桂心は気が強くて、こうと決めたら結構グイグイ行くタイプだから少し心配になって釘をさした。怪我なんかしちゃったら申し訳が無さ過ぎる。
「大丈夫だって。あたしだって拳銃なんか持ってる奴とやりあったりしねぇよ」
桂心は心配する私を安心させてくれようと、ニカッと明るく笑うといつものように頭をポンポンと軽く叩くように撫でてくれる。
もうまた子供扱いして、と思う反面、なんだか安心出来てしまうのだから不思議だ。
「だけど桂心、どうするの?
まさか、『ねぇ、あなた爆弾持ってない?』と訊ねるわけにはいかないでしょう?」
香が横からポツリと小さく口を挟んだ。
確かにそう。仮に言った所で素直に持っている事を白状して差し出してなんてくれるはずない。
今は爆弾とかの警備は厳重だから、大声で騒いだら警備の人は来てくれるかも知れないけど、逆上してここで爆破されたら、被害はあの時以上になる。
そんな事になるなら、あの時私だけで済んでいた方がずっといい。
私はまた心配になって桂心を見上げた。
「お前ならいきなり背後に立って耳許で囁きそうだけど、あたしはさすがにそんな事はできねぇな。
大丈夫だ。あたしに考えがある。
なるべく安全かつ、相手を動揺させて隙を作る取って置きの作戦がな。
お前達にも協力してもらうぜ。いいか? 一瞬の隙も見逃すなよ?」
桂心は自信満々で笑うと私と香を交互に見つめると頷いた。
「桂心がそこまで言うなら信じるわ。
相手が隙を見せたら抹殺すればいいのね?」
香が桂心を見つながら淡々と答えると、了承の意を込めて頷き返した。
冗談だと思うけど、思いたいけど、香は本気かも知れないし、本当にやりかねないから怖い。
「ああ。さすがに分かってんな。香」
桂心が親指を立てて香に向けた。
「当たり前じゃない。長い付き合いは伊達じゃないわ」
香はくすりと喉を鳴らして微笑んだ。
「ちょっとぉ……。二人とも無茶はしないでよ……?」
どんどん良からぬ方向へ向かって行く会話を私は止めた。
いつもの事だから、今回も大事には至らないと思うけど、一応止めないと……。
こんな切迫した状況でも、二人と一緒だといつも通りでいられるのが凄く嬉しい。
「で、あたしの案に乗るのか?」
「うん。乗る」
「よし、じゃあ作戦を教えるぜ。
二人とも耳を貸せ」
私が頷くと桂心は嬉しそうに笑い、桂心の作戦を語り始めた。