『水越歩』
「どうして二人ともそんなに嬉しそうなの? これから危ないことをするのに……」
三階へ登っていくエレベーターの中で私は二人に聞いてみた。幸運に見舞われてか、エレベーターには私たち三人の他には誰も乗っていない。
二人とも一度決めたら譲らない所はあるけど、決して争いを好むようなタイプじゃないのに、やけに乗り気で協力してくれる。
私はそれが不思議だった。
「お前があたしを頼ってくれるんなら、どんな事だって嬉しいさ。
心配すんなって、あたしはこれでも修羅場には慣れてる。無茶はしねぇよ」
桂心はニカッと笑うと私の頭をぽんぽんと叩くように撫でてくる。
「一人で抱えこまないで相談してくれたのだもの。私たちはそれに答えなきゃね」
香も優しい微笑みを浮かべて見つめると頭を優しく撫でてくれた。
なんか子供扱いされてる気分だけど、香に撫でられると気持ちが良くて拒めないのよね……。
そんなこんなしているうちにエレベーターは三階に着いて扉が開き、私は二人にお礼を言うタイミングを逃してしまった。
三階は西搭に女性用の洋服や小物、ファンシーショップやジュエリーショップ、メイク教室なんかがあって、東搭にはジャンクフードを軽く食べれるようになっている。
ちなみに横長の建物だから北と南はない。
「こっちよ」
三人組と会ったのは西搭から東搭に連なる通路の途中だから、私は一声掛けると東搭へ向かった。
「あたしらの普段の行動範囲内で会ったのかぁ!? なにが起きるか分からねぇもんだな……」
私が普段はいかない場所で事件に巻き込まれたとでも思っていたのか、怪訝そうな声でいった。
「そんな変なとこ行かないわよ!」
私が横目で睨むと、桂心は小さく笑いを漏らして肩を竦めた。
「誰もそんなこと言ってないって……。
本当、無差別ってのは怖いなって話だ」
「小説は真実よりも奇なりね」
なにか思うところでもあるのか、香が感慨深そうに吐き出した。
「お前、楽しんでんだろう?」
「桂心こそ」
にんまりと笑って香を見た桂心に、香は口許に微かな笑みを浮かべて見返した。
「当たり前だろう? 夢だろうと妄想だろうと歩を撃った奴だぜ?
打ちのめして八つ裂きだぜ!」
「八つ裂きね」
「ちょっとぉ、二人とも……」
物騒な事を言い出した桂心の言葉を香が無表情で同意するように繰り返したのを見て、私は思わず口を挟んだ。
だって、私は止めたいだけであって、別にあの人たちを八つ裂きにしたい訳じゃないもん……。
「ははは。冗談だって。そう、気にすんなよ」
「本当?」
「ああ。幾らあたしだって、テロリストに喧嘩売るほどバカじゃねぇよ」
「なら、いいけど……」
私をからかうのが楽しいのか桂心は思いっきり笑いながら手をパタパタと振りながら本音を教えてくれた。
失礼しちゃう。こっちは本気で心配してるのに……。
私が内心でむくれているのを悟ってか、桂心はまだ笑っている。
「あら、本気じゃなかったの……」
香が無表情で、ややがっかりしたように言ってきた。
「おい……」
「香……?」
顔に出さない分、桂心より香の方が怖い。だって、何処まで本気か分からないんだもん。
「あらやだ。本気にしないで。冗談よ……。私に人を八つ裂きになんて出来るわけないじゃない……」
香はにこりと笑って二人を見つめながらふふふと喉を鳴らして言ったが、その普段は見せない笑顔に私と、恐らくは桂心も余計に不安を覚えた。
だって、きっと香は表面だけ笑顔を浮かべて内心になにかを含んでいる。
「後で呪い殺すだけよ……」
無表情でボソリと洩らした香の言葉に、私は顔が引きつり、桂心は呆れた。
「かおり……?」
「お前なら本当にやりそうだな……」
「ふふふ。大丈夫よ。殺したりはしないわ」
香は黒い笑みを浮かべて静かに囁くと、『行きましょう』と告げて歩き出し、桂心も気のない返事をして後に続いた。
私も小さく肩を竦め、二人を追い掛けようとした時、金縛りにあったように動けなくなった。
遠くに、あの三人組を見つけたのだ。