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短編集 ファンタジー

世界を紡ぐ剣

作者: 燈夜

つたない文章ですが宜しくお願いします。出来れば後学の為に至らぬ点をご指摘ください。

 咳き込む影があった。とめどなく続く咳。皺枯れた響きは老人のそれだった。

 彼は魔術師だ。この世の真理を追究する者。真なる一の神との合一を追求する者だ。

 黴臭い、陽の差し込まぬ書斎。そこは多くの紙の書物で埋まっていた。そこを白熱電球が照らしている。そして揺らめく影が一つ。

 ……それが彼だった。


 彼の机の上には一本のナイフが置かれている。俗に言うアゾット剣。聖別された儀式用の魔術師の剣だ。彼はカバリストだった。生命の樹を探求し幾十年。刻まれた皺が彼の勲章だ。


 魂の旅路を抜け、今一息で王冠、ケテルに届く。その域まで達していた彼は己の寿命が憎い。今にも尽きようとしている己自身の命が憎かった。

 だが、その思い、その生への妄執さえも捨て去らねば王冠には届きそうも無い。

 ……それが彼の限界だ。だが死の間際まで彼は魔術への探求を止める事は無いだろう。

 咳が止まらない。あと一息で世界の真理に届く。

 ああ、その誘惑の何たる甘美な事か。だが、その誘惑に身を任せることも許されない。誘惑に流されるようでは王冠への道が閉ざされるからだ。


 魔術とは学問である。

 かつて科学と別れるまで、それは学問であった。

 真理を探究すること。世の理を見極める事。

 それは学問である。


 アゾット剣の切っ先が鈍く煌く。

 咳が止まっていた事を認めると、彼はゆっくりと身を起こした。

 

 聖句を唱える。

 聖印を切る。

 その度にナイフが煌いた。

 そして己を聖別してゆく。

 世界を浄化しているのだ。


 全ては魂の旅路のため。世の真実を知りたかった。魂の行く先を知りたかった。

 それは妄執。

 全ては若くして死んだ妻のため。

 彼女の遺された想いを知るためだ。

 死の先に何があるのか。死の先に何が待つのか。

 死の先に天国が、地獄があるというのならその世界の先に何が待つのか。

 死は彼の妻の元へ彼を送ってくれるのだろうか。妻は彼を待っていてくれるだろうか。彼は知りたかった。彼に残された言葉を。そして求める。あの懐かしくも芳しい温もりを。


 それは妄執。

 故に彼は王冠の頂へ辿り着けない。我欲があるものには決してそれは届かぬ道だった。


 今だ至らぬ彼にはわからない。

 それでも彼は知識の探求を止めない。

 それは魂の旅路の先に見えるものがあることを彼は信じているから。ならばやる事は一つ。


 ……結果を出すだけだ。


 人はそれを妄執と言う。狂気と言う。

 だが、それがどうしたと言うのだろう。

 彼は個だ。他の個の戯言などに意味はない。

 彼は彼の真実を探求するのみなのだ。


 今一度、剣先が振るわれる。

 それは意図したものなのか?

 

 ──カラン。

 彼の手から剣が落ちた。


 そして彼の口から紅いモノが垂れる。

 再び咳が止まらない。

 彼は咳き込む。激しく咳き込む。

 今度こそ、それは止まりそうにない。


 視界が歪み、聖印が歪む。結界が解ける。そして世界の崩壊は止まらない。

 彼の視界が白くなる。

 妄執の先にあるもの。


 そして最期に彼は知る。

 ──それは無だった。

 彼は自分の無力さを知った。


 それでも彼は聞く。

 それは懐かしい声だった。

 少なくとも、そう彼は思ったのだ。

 人生の最期にそう思った。

 それが妄執の果てにある妄想だとしても。


 ──それはただ「あなた」と。

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