32話:釣り上げたものは……
「ウィズ……また釣りにいくのか?」
シャルロットがどこか不満そうな顔を見せながらウィズにそう尋ねる。
「だったらついてこなければ、良いだけだろ」
「暇なのじゃ! 妾の相手をせよ」
「いやだ! じゃあ行ってくる」
ウィズはシャルロットを振り切り、いつもの釣り場へと向かう。
例の釣り糸を貰ってから毎日のように釣り場へと向うウィズであった。疑似餌を使った釣りが思いの外上手く行き、毎日大量である。そして食卓には大量の魚料理、余った魚は干物にしたり、近くの人に振る舞っていた。そんな事を1週間ほど続けていたらウィズは船内では魚をくれる人で通ってしまい。彼が帰る頃には人だかりが出来てしまっていた。
そして今日もウィズは釣りへと向かう。お気に入りの場所に陣取り、疑似餌を付けて釣りを始める。ブスッとしたシャルロットがウィズの後ろに控えている。結局着いてくるんだ……と心の中で思いながらウィズは今日も釣りを始める。
ウィズが疑似餌を落として20分くらい経った頃だろうか。急に竿の先がピクリと反応し、ウィズは力任せに竿を引く。だが相当の大物のようで、このままでは竿が折れてしまうそう判断したウィズは竿を手前に寄せて糸を剣の鞘へと巻き付ける。そして糸の耐久力を信じてそのまま力任せに引き上げようとするが、それは叶わなかった。まるで海へと引き込もうとするように魚が海中で暴れているようだ。
それから10分ほどウィズと魚の力は拮抗していた。その姿を見てシャルロットはイライラして言い放つ。
「いつまで魚と戯れておる。さっさと強化魔法を使って引っ張ってみせい」
「そうなんだが、いくら丈夫な糸を使っていても切れてしまわないか?」
「男の癖に細かい事を気にしおって、貸すのじゃ!」
シャルロットはウィズから強引に鞘を取り上げ、腕力に物を言わせて引き上げる。魚もこれには耐えられず水面からかなりの速度で飛び出した。空中に放り出された魚は網など必要無く甲板に引き寄せられるよう着地する。そして魚の姿をみたウィズは唖然とした。
それは上半身が人の形をした魚だった。そしてウィズはシャルロットにこう尋ねる。
「これってどこが食えるの?」
「アホか! こんなの不味くて食えないわ!」
二人のその言葉を聞いて青い髪をしたメスと思われる人魚が泣きそうな顔で話しかける。
「ふぇぇー。私食べてもおいしくないですよ」
「おい、今あいつしゃべらなかったか?」
「そりゃ、しゃべるじゃろう人魚じゃから」
「この前戦ったアレの仲間じゃないのか?」
「マーマンの事をいっておるのか? あれは魔物じゃが、こっちはどっちかと言うと獣人とかに近いかのぉ」
「で、シャルはこいつをどうしたら良いと思う?」
「海にかえせばよかろう」
「そうだな、幸い言葉は通じるみたいだし」
ウィズは食べられると思い怯えている青髪の人魚に声を掛ける為に近づく。
「食べないから海に帰ってくれないか?」
「そんなことよりこの針を取って下さい~。お願いします~」
「わかった。刺さった所を見せろ」
人魚は右手を広げて掌に刺さった疑似餌をウィズに見せると、潤んだ瞳で早く取ってくれと訴えかけてくる。
「少し痛いが我慢しろよ」
ウィズは針を掴み、力を籠め割と強引に針を抜き取る。
「ふぇぇー、痛いです~」
「ちょっと我慢しろ」
そう言うとウィズはポーションを取り出し、傷口へとかける。人魚は痛みがどんどん引いていくのがわかり、その表情が徐々にやわらいでいく。
「これでよしと……」
「ありがとうございます~」
「さて、では海に帰すか、シャルロット」
ウィズは人魚の肩を掴み、シャルロットは尻尾を掴み、船の端まで運ぶ。
「えっ? えっ?」
人魚はオロオロしだす。いきなり海に放り投げられそうになっているのだ。余りの雑な扱いに驚く。ウィズとシャルロットが手を離した瞬間空中にへと飛んでいく。彼女は思わず近くにあったロープにしがみつく。
「ちょっと待ってくださ~い! 今海に戻すのは不味いんです~」
「はぁ……何が不味いんだよ」
ウィズは必死にロープにしがみつく人魚に手を差し伸べる。彼女の手を掴むと力強く引っ張りあげ、力の加減を間違えたのか人魚はそのまま顔面から甲板へと叩き付けられる。
「わ、わりぃ」
「ひどぃですよ~」
彼女は鼻血を流しながら上体を起こしウィズに抗議する。その姿をみて頭を掻きながら視線を逸らすウィズであった。そして誤魔化すようにウィズは話をきりだす
「それで、なんで海には帰りたくないんだ?」
「それはですね~。この船の周りにリヴァイアサンが2匹くらい泳いでて海に戻ったら、間違いなく食べられちゃいます~」
「そうか、それはヤバイな。それでシャルロット……リヴァイアサンってなんだ?」
「知らずに反応しておったのかお主……」
「リヴァイアサンは海のドラゴンと言われてる魔物ですよ~。蛇のような長い体をもっていて大きさはこの船の3倍の大きさはありますよ。普段は1匹で生活してる魔物のはずなんですけど、なんでか知らないですけど一緒に泳いでました」
「それだったらこの船、襲われたらお前も巻き添え食うけど良いのか?」
その問に人魚はムスッと鼻息を出し、得意げに言い放つ。
「私これでも泳ぐのは得意なんですよ。人間が食べられている間に逃げるなんてお茶の子さいさいです~」「最低だなお前……」
「あははは」
人魚は笑って誤魔化したが、ウィズの冷たい視線がなくなる事は無かった。
「それで、良いのかウィズよ。その人魚の話では、この船は狙われておるのじゃが」
「……ハッ、良くねえよ! おいお前! ちょっと船長の所まで来てくれ」
「お前じゃないです~。ニーナですぅってまたですか」
ウィズとシャルロットは人魚の体をがっちりと掴み、船長室へと急いで運んでいく。途中ニーナの頭が何回も壁にぶつかっていたが、二人はそれほど気にしては居なかった。
ウィズは船長室の扉を蹴破り中へと入る。船長のマリーンは部屋の奥に置かれたデスクで書類にサインをしている所だったが、突然扉が吹き飛び子供が二人侵入してきた事で思わず立ち上がり壁に掛けられた剣を抜き取る。そして冷静になったマリーンはウィズの姿を視認した。
「なんだこの前の少年か。そんな慌ててどうしたんだ」
ウィズは船長室に置かれたソファーにニーナを放りに投げ船長に話かける。
「大変だマリーンさん。この船の下にリヴァイアサンって言う魔物がいるらしいんだそれも2匹も」
「なにぃ、それは確かか!」
「さっき釣ったそこの人魚がそう言ってるんだ」
「釣った? そんなバカな人魚いるのか?」
「いたんだよ。バカな人魚が、最初釣りあげた時はびっくりしたぜ」
「ふぇぇー。バカじゃないです~!」
「ってそんな事はどうでもいいんだ。それより魔物はどうするんだ?」
「ふむ、とりあえず専門家に頼るとしよう」
マリーンは伝声管へと近づいていき、息を大きく吸うと……
「魔物出現の疑いあり! 戦闘員、冒険者は直ちに甲板へと集まれ! 非戦闘員は船員の誘導に従って非難をせよ」
その声は伝声管を伝わって船全体へと鳴り響いた。そしてマリーンが言葉を言い終わった瞬間、時が動き出したように人が移動する音が船内に響き渡る。
「さて、君たちも避難したまえ」
「冗談だろ。俺達も戦うぜ」
「これは遊びじゃないんだぞ。この前の傭兵崩れとは訳が違うんだぞ」
「妾達を舐めているようじゃな。こんな見た目でも妾は長く生きた精霊じゃぞ。そこらの冒険者よりは強いと思うがのぉ」
「……わかった、わかった。どうせ私が止めても来るんだろう?」
「ばれておったか……」
「お前達にはベテランの冒険者の近くで動いて貰うぞ。それくらいはやってくれるだろう?」
「あぁわかったぜ」
マリーンはその鋭い視線をウィズへと向ける。これがマリーンの最大の妥協点なんだろうと思い。ウィズはそれを承諾する。海上での戦いは初めてだウィズにとってソレは願ったり叶ったりの状況で断る理由などのない。
「じゃあ甲板だったな、俺たちは先に行くぜ」
「あぁ私もすぐに行こう」
「また後でな」
そしてウィズとシャルロットはニーナの肩と尻尾を掴み船長室を後にした。そして二人が走り去った先から「ふぇぇ、今の私行く意味あったんですか~」とニーナの悲痛な叫びが鳴り響く。これから壮絶な戦いが始まると思うとマリーンの握りしめられた手からは汗が流れだしていった。
「全く、堪らないな……」
マリーンは帽子を深く被り船長室を後にしていったのであった。