30話:買い物
日の光がブルーサントスの町を明るく照らし始めた頃、とある宿屋から二人の少年と少女が表へと出る。少女はつばのついた帽子を深く被り、シンプルな白いワンピース姿で少年に声を掛ける。
「では、行くぞウィズ!」
「なんでそんな張り切ってるんだ?」
「妾も乙女じゃからのぉ、買い物は楽しみじゃわい」
「ん? 乙女?」
「何じゃ文句あるのか?」
彼女のその言葉と同時に拳がウィズの腹部へと吸い込まれるように放たれる。強打されたウィズはせき込みながら、彼女の言葉に頷く事しか出来なかった。
「ほれ、さっさと歩かんか」
「ったく。わかったから引っ張るな」
シャルロットはウィズにトコトコと近づき、彼の手を握りしめて引きずるように歩き出す。彼女の強力な腕力によってズルズルと引きずられるウィズは寝ぼけ眼を擦り、大きな欠伸をしている。そして、そんな仲睦まじい姿を周りに人達は面白がって見ている。そのまま引きずられながら、朝市へとたどり着く。
ウィズの視線の先には店主と客による戦争が起こっていた。細い通路の両脇に何店も出ている出店では主婦から料理人に至る幅広い客が店頭に並べられた魚や野菜などを手に取り品定めをしたり、商品を見て値下げを試みる者の姿があった。
村では見た事も無い光景だ。これほど活気のある風景を目にしたのは初めてのウィズに対して、シャルロットは違ったようだ。
「昔を思い出すのぉ。こんな様子は毎日のように見れたというのに……」
そう呟いた後、シャルロットの表情が柔らかいものとなる。過去のまだ栄えたエレメントガーデンを思い出したのであろう。ウィズはそんな姿に掛ける言葉が浮かぶはずも無く、ただその姿を黙ってみている事しか出来ない。
だが、そんなしみったれた状況もすぐに一遍する。
「さぁ買い物じゃ。ウィズついて参れ!」
「わかった、わかった。それで最初に何を買うんだ?」
「日持ちする食料じゃな」
「つまり……」
「わからん!」
何を買うかも分からないのに自信に満ちた笑みを浮かべる彼女に不安しか感じなかったウィズは、仕方が無いので、自分で買うものを決める事にする。彼女に買い物を任せると干し肉が支配する恐怖の食卓が再び訪れる事に違いない。そんな悲劇を起こすまいとウィズは財布をギュっと握りしめる。
「とりあえず小麦だ。小麦を多めに買っておくぞ」
「そ……そうじゃ! 海の水は飲めんと聞いた事があるぞ」
「そうか、じゃあ水を入れた樽もかわねえとな」
「わ……妾の知識を舐めるでない」
どこか先行きの不安な感じはあるが、二人は気を取り直して、その戦場とも言える場所へと足を踏み入れる。
「おい、兄ちゃん! これ買ってけよ」
声を掛けてきた店主は手に貝殻で出来た首飾りを持っている。シャルロットの方へと視線を向けると……
「妾はいらんぞ! そんな余計なもの買うよりも早く食料をかうのじゃ」
乙女とはいったいなんだったのかと心の中で思う。そして更に進むと水の入った樽を売っている店主を目撃する。店頭には蓋の空いた樽を見本として一つ置かれており、その後ろには様々なサイズの樽が置かれていた。二人はココだ!と思い、迷わず店主に声を掛ける。
「店主よ、その水を売ってはくれんかのぉ」
「お嬢ちゃんおつかいかい?」
「そうじゃ! 妾はおつかいで来たのじゃ。じゃからまけろ!」
「しっかりしてるねぇ、じゃあ特別にまけてあげよう」
「ありがとうなのじゃー」
汚ねえ、自らの見た目を利用して値引きをしやがった。実はかなりの年寄りと言う事を知っているウィズはそう思ったが、口には出さない。そんな事を思っている間も交渉は続く。
「それでお嬢ちゃんは何個必要なのかな? この小さい樽が銅貨30枚でこの大きい樽が80枚だよ。今日は特別に小さい樽なら3枚、大きい樽なら8枚おまけしちゃうぞ」
店主の子供に対する甘々な態度を見て、シャルロットは味を占める。そして畳みかけるように言葉を放つ。
「じゃーねー。おじちゃん」
「なんだい?」
「大きい樽を10個買うからもっとまけるのじゃ」
その言葉に店主は吹き出す。お使いで買い物に来た程度だろうと思っていただけに衝撃は大きかった。大きい樽の大きさは、子供一人ほどの大きさがある樽だ。それをまさか10個も一気に買うと思わなかった。これ以上値引きをすると利益が殆ど出なくなってしまう。
「ごめんよ、お嬢ちゃん。それ以上は……ウグッ」
言葉を言い切る前にシャルロットの潤んだ瞳を見てしまった。元来子供好きの店主には、それが耐えられなかった。ついつい情にほだされて、思わず口を開いてしまう。
「し、仕方ない。樽を運ぶお金をおまけしてあげよう」
「やったのじゃー」
表情はぱーっと明るくなり、先ほどの潤んだ瞳がまるで演技のようであるほどの笑顔だ。子芝居が成功して、嬉しいのかシャルロットは可愛げに舌をペロっと少しだけ出している。その後ろでやられたと若干悲しい表情を浮かべる店主の姿があったが、関係ないと言わんばかりウィズは金貨と銀貨を取り出し店主へと手たそうとする。
「おじさん、ありがとうなのじゃー」
笑顔で手を振る彼女の姿を見ながら、店主も手を振る。その引き攣った笑顔の裏には深い悲しみがあった事はシャルロットは知る由も無かった。
「ほれ次じゃ次」
「次はえーっと何を……」
「肉じゃ!肉を買っとけば間違いない」
シャルロットは肉専門店らしき場所へと歩き出す。店頭につるされた豚の丸焼きをが香ばしい匂いを周囲に放つ。自然とシャルロットの口から涎のような物が垂れる。この食い意地はどうにかならないのかとウィズの頭を悩ませる。
「豚の丸焼きを一匹分なのじゃ!」
そして店主の前でとんでもない事を言い出す。いくら腹が空いてるとは言え、豚一匹を食べれる訳も無く。ウィズは彼女の暴挙を止めるべく……
「待った! 一匹もいらないです。こいつの言った事は気にしないで下さい」
その言葉に豚一匹と言った少女の言葉に驚いていた店主が、ホッと息をつく。
「お客様、一切れずつ売ってますので、そちらで良いでしょうか?」
「そうか、じゃあそれでいいのじゃ」
「そこのお兄さんもどうですか?」
「俺ですか? じゃあ貰おうかな」
その言葉を聞いて店主は、ナイフを取り出し豚の肉を切り落す。その切り身をそのまま二人に手渡し、店主はニッコリと笑顔を浮かべる。
シャルロットは渡された肉を頬張り、まるでリスのようにほっぺを膨らましている。モグモグと動かされる口の動きが止まると
「実に美味じゃ! お代わりなのじゃ」
「わかりましたお客様」
店員は再び豚の肉を切り落とし、シャルロットに再び手渡す。ウィズは店員に視線を向けると
「お値段ですね。今のも合わせて銭貨30枚になりますね」
それを聞いたウィズは銀貨1枚を手渡し、お釣りを受け取る。そして横でまだお代わりしようと目を光らせているシャルロットに釘を刺す。
「そんなに食ってると昼飯食えなくなるぞ」
「それは嫌なのじゃ。ではさっさと必要な物を買って次にいくぞ」
シャルロットそう言うと、質の良い干し肉を嗅覚で見分けると言う離れ業を見せ、どんどん干し肉を買っていく。購入した食料は全てウィズの持つ鞄に詰められる。こう言うのは男が持つべきなのじゃと言われて反論する事が出来なかった為だ。その後、干し魚、砂糖菓子、果物、色々な物が購入され手持ちの鞄では入りきらず、大きな肩掛け鞄を買わざる得ない状況にまでなった。
日ごろ鍛えているウィズにとって重さは苦では無いが、荷物が増えてきて身動きが取りづらくなるのがストレスのようだ。そんな状況にも関わらず、海釣り用の道具購入を強行した為、傍からみたらどうやって動いてるのか分からないほどの荷物になっている。そんな横を手ぶらで歩くシャルロットを見て、ちょっとくらい持ってくれてもいいじゃないかと思うウィズであった。
「そこの荷物に埋もれている兄ちゃん、ちょっと見て行ってよ」
声を掛けて来たのは若い男であった。その男は魔石を埋め込んだ道具を手に取りウィズに向かって見せつける。
「なんだそりゃ?」
「これですかい、これはねぇ物を冷やす魔道具でやすよ」
「それが噂の魔道具なのか? 妾は初めて見るのじゃ」
「そうですかい、王都ではかなり普及してるんでやんすが」
「その物を冷やす魔道具って何に使うんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。この魔道具を食べ物の横に置いておくだけで冷気が発生され、腐りにくくなるんでさぁ」
「ほぅ、それは興味深いのぉ」
「よく腐らないと思われている水もほっておくと腐りやす、船の旅にも家庭にも使えやすぜ」
「そんな便利なものなんで誰も買わずに売れ残ってるんだ? もしかして……」
「詐欺じゃありやせんよ。買わない理由は値段ですぜ。これ一つで金貨一枚するんでやすよ。こう見えて王都の最新技術を使った道具でやすから、お値段も……」
「それは面白いのじゃ。ウィズ」
シャルロットはその怪しげな道具を欲しそうにウィズを見ている。甘いウィズのサイフの紐はゆるゆるな訳で、当然買ってしまうのだ。金貨一枚をその男に手渡すと、男はニカっと笑い、魔道具を手渡した。
「ありがとうごぜえやす。使い方は魔法を放つ感覚で、その魔石に魔力を流し込んでくだせぇ」
シャルロットはゆっくりと魔力を流し込むと、氷の様に青い魔石はポゥと光りだす。冷気の湯気が出始め周囲が涼しくなっていく。
「おぉ、これが魔道具と言うものか、素晴らしいのじゃ」
「その道具は1回魔力を注ぐと1日持ちやすので、1日1回魔力を補充してくだせえ」
「他に何か注意事項はあるかのぉ?」
「そうですねぇ、あまり強く魔力を補充する魔石が砕け散ってしまいやすので、それだけは注意した方がいいでやすね」
「ほぅほぅ」
「また、何かあれば何時でも言ってくだせぇ、あっしはいつもココに店をだしてやすんで」
「分かったのじゃ」
そして二人は満足して帰路に着く。そして宿屋の前に大量に置かれた水の樽を見て、ジョーイが怒ったのは言うまでも無い。いくら船の旅とは言え大きな樽10個もの水は必要無いのである。仕方が無いので馬車に詰めるだけ積んで、どうにか船に持ち込む事になる。明日出港なのにこの荷物持ち込めるかなぁと心配をするジョーイであった。