16話:冒険者と魔石
のどかな風が吹く村、いつもの様に門を守るヴォルブ。槍を持ち近くの森から魔物が現れないか常に警戒を欠かさない。村の警護は普段ヴォルブ達元盗賊団が交代で行っている。だがここ数日は毎日ヴォルブが門の警護を行っている。そう例の冒険者達が早めに現れるかもしれないからだ。
そして今日は約束の日だ。アレク、セーラ、ケミー、サイラス、4人の冒険者が村に金貨を持って現れる日である。商談も成立し、ただ金を受け取り魔石を渡すだけ。だがヴォルブには嫌な予感がしてならない。ウィズは、旅に出てしまい戻ってきていない。どうやら約束の期日とやらは守れなかったようだとヴォルブは心の中で思う。同時に村、最大の戦力であるウィズが居ないと言う不安もあった。
そして森の影から4人の姿が見える。4人は仲良く話しながらヴォルブの元へと向かってくる。
「よぉ! 約束の金もってきたぞ!」
「おぅ。待っていたぞ。じゃあ村長の所へ案内する」
アレクは前の敵対的な対応が嘘のようにヴォルブに向かって話しかける。
アレクの気さくな対応に拍子抜けしたのかヴォルブの緊張は一気にとける。前に訪れた時は何も無かったんだ、今度も大丈夫さと心の中で思った為である。
ヴォルブは前と同じ様にセーラだけを村長の元へと連れて行く。4人もそれに納得しているようで、そのままアレク、ケミー、サイラスは前の食堂へと足を運ぼうとした。しかしここでアレクは口を開く。
「そうだ、この前いたなんつったっけ。やたら強えガキがいただろ?あいつはどうした?」
「まだ、帰ってないぞ。どうやら間に合わなかったみたいだな」
「そうか、それは仕方ないな。あの坊主に伝えておいてくれ、マンドレイクは町で売ればそこそこの値段がつくってな。じゃあ俺達はもう行くぜ」
「あぁ、分かった。伝えておく」
アレクはセーラに僅かに視線を送り、ケミーとサイラスを引き連れて村の中へと入って行った。それを見送ったヴォルブはセーラを引き連れて、村長の元へと向かう。歩き始めたセーラはヴォルブに向かい口を開く。
「この村は良い村ですわね。村人達が飢えている様子も無く、こんなに沢山の人に守られて魔物の襲撃も少ない」
「ウィズ達のおかげですよ。彼らが魔物を狩って村に持ち帰ってくれるからだろうね」
「そうなのですね。私もこんな穏やかな村に生まれたかったですわ」
「褒めても、値段は安くしませんよ」
そんな他愛の無い会話を二人でしながら村長の家へと向かう。セーラは時折、脇道を覗きにいったりして、観光気分である。そうこうしている間に二人は村長の村に到着していた。
セーラとヴォルブが家に入ると村長は椅子に腰を掛けていた。ゆったりとした動作でドアが開く、誰かと村長が視線を送るといつぞやの冒険者であった。セーラが来た事を確認した村長は椅子から腰を上げ、彼女を向かい入れる。
「おっと、失礼しました。約束の日は今日でしたのぉ」
「今日は約束の物を持って参りましたわ」
村長はセーラにより机の上に置かれた麻袋を開く。中には金貨が数枚入っていた。村長は数を数え終わると、棚の中から魔石を取り出し机の上に置いた。
「約束の魔石じゃ。確認をお願いするのじゃ」
セーラは魔石を手に取り、色々な角度から眺め、全てを見終わるとニヤリと笑う。どこか嫌な笑いであった。普段彼女が見せる笑顔とはまた違う何かであった。
「確かに確認させて頂きましたわ。それでは……」
言葉を言い切り前にセーラは、懐に隠した短剣を抜き取り村長の首元へと突きつける。村長の首元からは僅かに血がにじみ出す。その場の空気は一瞬にして張り詰める。村長を人質にとられてしまったヴォルブは成す術がなかった。
「ヴォルブさん武器は捨てて頂きますわよ」
「チッ、わかった。だが村長は傷つけるなよ」
「大事な人質ですもの。分かってますわ」
恐らくこの手の事には手慣れているのであろうセーラに隙は無くヴォルブは言われるままに武器を捨てる事しか出来なかった。完全に油断をしていた。金まで大人しく持ってきたんだ。ここまで来て裏切るなんて事はないだろう、なんて甘い考えがどこかにあったのだろう。そして人質を取られてしまってから何も出来ない自分の実力の無さをヴォルブは嘆く。
「炎よ。爆炎の力を持って我が障害を排除せよ! ボム!」
セーラが上に向けて魔法を唱えると、屋根が吹き飛ぶ。彼女は穴の開いた所に更にボムの魔法を唱える。遥か上空で魔法は爆発する。そうまるで狼煙のように……
「間抜けな門番さん。この村長さんの命が惜しければこのロープで足を縛りなさい」
セーラは自分の鞄からロープを出し、ヴォルブの元へ投げつける。
「ヴォルブよ。言う事を聞く必要はない。ワシごとやれ」
「煩いですわよ」
村長はヴォルブに向かってそう言い放つ。殺される覚悟の目だ。そんな村長を容赦なくセーラは短剣の柄で殴りつける。その隙をヴォルブは逃さなかった。殴りつけた拍子に短剣の刃が首元から離れたこの時を逃せばもうチャンスは無い。
ヴォルブはセーラに向かい体当たりを当てる。魔法使いでありそれほど鍛えていないセーラは成す術なく壁へと吹き飛ばされる。村長の安全を確認しヴォルブは追撃の手を弱めない。詠唱をさせないように顔面を殴ろうと拳を振り上げた瞬間。
ドアがぶち破られ、アレクが飛び出してくる。
「セーラに何やってるんだ! オラ!」
アレクは剣を抜きヴォルブの振り上げらた右腕に向かって背後から剣を振り下ろす。
ドアの音から何かが来ている事は察していたヴォルブは、素早く後ろを振り返り振り剣を回避する。すぐに腰に隠していた二本のナイフを引き抜き、迎撃態勢を取る。ヴォルブは村長をどうやってこの場から逃がすか、頭をフル回転して考える。早く対策をしなければセーラも戦線に復帰してしまう。
「村長を守りながらの戦いか……まったく最低だ!」
ヴォルブは煙玉を地面に叩き付けると、部屋中に煙が充満していく。ヴォルブは地面に倒れている村長を抱え素早くドアの外へと向かう。扉を抜ければあとは仲間を呼んで村長を守れる。そう思いながら外へと飛び出す。
煙が晴れ、扉を抜け出した先にはサイラスがレイピアを持って待ち構えていた。そして村長を担いでいるヴォルブはサイラスから放たれる突きを躱す事が出来ず、わき腹へ攻撃を受けてしまう。村長を抱えたまま崩れ落ちる。ヴォルブは最早起き上がる事が出来ない。
「すまねえ村長、これ以上はもう無理だ……」
「ヴォルブよ、お主は良くやったのじゃ」
「村長あんただけでも逃げろ」
「この歳じゃ、あやつらから逃れられる訳がなかろう」
そんな事言っている間に、アレク、セーラはサイラス、ケミーと合流していた。4人パーティーがそろってしまった。最早これまでかと二人はそう思った。
「おっさん、よくもセーラを殴ってくれたな。俺がお前を特に苦しめて殺してやる。そうだな、村人をお前の目の前で一人ずつ殺していくってのはどうだ?」
「あら? アレクそれなら私も手伝いますわよ」
「セーラも乗り気だな。どうせこの村の人間は皆殺しにしなきゃならねえからな。おっさんお前は最後にしてやるぜ」
セーラとアレクは最低な会話を二人で続けている。
「本当に、あなた達は最低ですね。村長さん、ヴォルブさん遅くなってすみません」
「お…遅せえぞ」
声の先にはジョーイとその精霊エリーがいた。腹を刺され血を流すヴォルブの姿を見て、ジョーイの中に怒りが込み上げる。
「また誰か来たぞ。おいサイラス知ってるか?」
「あぁ、この村の魔術師らしい。確か精霊と契約しているはずだ」
「チッ、精霊術師かよ。面倒だな」
サイラスは村の戦力について事前に調査していたのであろう事をアレクへと伝える。精霊術師と聞いてアレクの表情は険しくなる。精霊と契約する事による恩恵はそれ程大きいという事だ。
「さて、僕の村を荒らしてくれた例はさして頂かないとね。エリー行くよ! スプラッシュ」
ジョーイがそう唱えると、4人の冒険者の足元がグラグラと揺れ出す。直後、土が盛り上がる。
「お前ら散開だ!」
アレクの言葉により、4人は地面の盛り上がった場所から飛びのく。その直後、巨大な水柱が上がる。上空からまるで雨のように水しぶきが降り注ぐ。
「大丈夫ですか。ヴォルブさん」
ジョーイはヴォルブの傷口にポーションをぶっかける。徐々に傷口は治るが状況は何も好転していない。4人の冒険者は体勢を立て直し、今にもジョーイ達に襲い掛かる所だ。さすがのジョーイも村長達を庇いながら4人を相手取る事は、難しい。今はスプラッシュを何度も使用して、けん制しながら耐えているが、そのうち魔力が枯渇して敗北をする事は目に見えていた。
「セーラ、サイラス、ケミー! 包囲だ。あいつは足手まといを守る事で精一杯のようだ」
ジョーイが動けないと判断した、アレクは包囲をしてアレクの攻撃を分散させる作戦に出た。その作戦は的を得ており、ジョーイは4包囲に向けて魔法を放たなければならなくなり、魔力の枯渇が著しくなる。
次第に魔力が枯渇していき、ジョーイの顔は険しいものとなっていく。
「ジョーイ。辛そうだな! 後は俺に任せておけ」
包囲の外から聞きなれた声が聞こえる。そこには服がボロボロになり、満身創痍に見えるウィズがそこにいた。見た事の剣を持って現れたその顔はどこか自信に満ち溢れている。
「俺の居ない間に好き放題してくれたな。おまけにおっさん! お前のせいでとんでもない目にあっちまった。覚悟しろよ!」
ウィズはアイスブランドを鞘から抜き、4人の冒険者の元へ走り出していく……