12話:大木での戦い
「よもや、あの防衛網を突破して妾の元へ来るとはのぉ」
奴は少女の姿に戻り、玉座へと偉そうに腰を掛けている。涙に濡れた姿は最早ない。人間への憎しみそれだけが彼女の生きる原動力とも思えるその表情は険しいものだった。
「へっ、あれぐらいどうという事ないな。それより返してもらうぜ、俺の剣をさ」
「取り戻したくば、妾から奪ってみせよ。お主のその力があるのであればの話じゃがな……」
少女は抱きかかえるように村長から貰った剣を持ち、ウィズを挑発してくる。
「前は油断しただけだ。今度は前のようにはいかない!」
「口だけは達者なようじゃな。ほれ妾はここにおるぞ、いつでも来てよいぞ」
ここまで、グール、スケルトン様々な魔物を配置して奴だ。何か仕掛けをしているはずだ。迂闊に近づく事が出来ない。自然とウィズの背中には大量の汗が流れ出る。それから数分、少女とウィズのにらみ合いが続く。そして先に動いたのは、少女の方であった。
「来ぬのか? ではこちらから行くぞ! ブラックスフィア」
少女は手の平をウィズの方へと向ける。黒い球状の何かが徐々に形成されていく。ウィズはこの魔法を見た事がある。それはウィズを大木からはじき出した魔法だ。一度受けた魔法だ、何となくだがこの魔法の効果も予想できる。ズバリ無機物は透けて通り、生き物だけを狙う魔法であると。
ウィズはブラックスフィアが発射されたと同時に軌道を予測して、回避する。ブラックスフィアはウィズの遥か左を通り抜け、壁をすり抜けて巨木の外へ飛んでいく。ウィズはそのまま、少女との距離を詰める。
「な、なんだこれは?」
「愚かよのぉ、妾が何も準備してないと思うたか?」
走り出したウィズの足元に魔法陣のようなものが浮かぶ。魔法陣の光は徐々に増していき。魔法陣から血塗られた手が大量に現れた。ウィズの足はその手にがっしりと掴まれ、身動きが取れなくなる。手は徐々に伸びて行き更にウィズの動きを阻害する。
ウィズは完全に動きが止められる前に、剣と鉈を振るい手を切断する。切っても切っても現れる手を生成されるより早く切断する事によりウィズは少しずつ前へと進み魔法陣から抜けただす。
「アハハハ、苦しそうじゃの。妾が楽にしてやるぞ」
「クッ!」
少女周りを4つのブラックスフィアがクルクルと回っている。ウィズが魔法陣から飛び出したと同時にその魔法は発射された。4つの魔法が同時にウィズへと襲い掛かる。後ろは魔法陣、前は4つのブラックスフィア。
逃げ場がない! ウィズは剣を地面に突き刺し、強化魔法を全力で唱える。突き刺した剣を固く握りしめフブラックスフィアを体に受ける。体中が軋む。足が徐々に後方へとずれて行く。地面に刺さった剣を支えに後方に飛ばされないように耐える。
「あれを体で受けるか……面白い、面白いぞ! それでこそ殺し甲斐があるのじゃ」
「ったく。俺はお前に何もしてないだろうが……」
彼女は手に持ったウィズの剣を放り投げ、両手でブラックスフィアより遥かに巨大な魔力の玉を形成する。大きさに比例した魔力が込められているのが、ウィズには分かる。彼女はその魔力の玉を圧縮し右手の中に収める。
「妾にこれを使わせた者は何百年振りかのぉ。人間、妾の町に足を踏み入れた己の運を恨んで死ぬがよい。ブラックホール!」
彼女の右手から黒い小さな球状の何かがノロノロと飛んでくる。あれは近づいてはいけない。直感でウィズはそう判断した。ウィズは外へと繋がるベランダへと退避した。あれほどの魔力を圧縮したものだ、大木の外に吹き飛ばされるよりも危険だとウィズはそう感じた。
ウィズの考え通り、部屋の中央にその黒い物体が到達すると、部屋にある部屋を飾る、シャンデリア、絵画など全ての物がそこへと吸い込まれていく。
「おいおい、吹き飛ばされて、吸い込まれて大変だな」
ウィズはまた剣を地面に突き刺し耐える。
「アハハハ、そんな事で防げると思って?」
彼女はウィズのその姿を見てあざ笑う。数々の敵を葬って来た魔法だ。剣を地面に突き刺したくらいでは耐えれる訳がないと彼女はそう思った。
「やべえな。さっきとは比べ物にならない威力だ」
ウィズは剣と足で力の限り耐えているが、徐々に魔法の威力が上がり続けて行く。そしてふとウィズは少女に視線を移す。彼女はまるで何も起こってないかのように優雅に立っている。彼女の後ろから吸い込まれる家具の破片などは何か見えない壁のような物に弾かれたような挙動を示す。
「そ……そうか!」
ウィズが何かを思いついた瞬間、地面に突き刺していた剣は刀身の中央にヒビが入りそのまま折れた。足だけで支える事になり、ウィズの体は宙に浮く。
「終わったのじゃ、妾の力でこの世から消え失せろ」
ウィズのその姿を見て少女は勝利を確信した。しかしウィズはまだ諦めてはいない。宙を舞いながらも魔法を唱える。
「土よ、壁となりて我を守れ! アースウォール!」
ウィズは自分の魔力に物を言わせ、土で出来た壁を目の前に8つも作り出す。ウィズはそのまま自分で形成した土の壁にぶつかる。土壁が1枚、また1枚と吸い込まれていく。ブラックホールは徐々に力を増していき、土の壁を失う速度が速くなる。ウィズは失う速度より早く壁を生成していく。
それからしばらくの時が経つと、ブラックホールはそのまま徐々に小さくなり、吸い込まれたものは虚空の彼方へと消え去る。ウィズは魔法の消失と同時に折れた剣を投げ捨て鉈を両手で持ち、土の壁を越え、少女の元へと駆けだす。次の魔法を唱えさせる暇を与えない。
人間では無いとはいえ、人の形をした女を切る事はウィズにとっては初めての経験である。女を切りたくない、その気持ちからウィズは肩へ鉈の背で打撃を加える。しかしその剣は彼女には届かなかった。まるで何もない所を攻撃したかのように手ごたえが無かった。
「お主も甘いよのぉ、ここまでされて手を抜くとは……」
「カワイイ女の子は傷つけてたくないんだがな」
「か……可愛いじゃと。ふん、人間に何ぞ褒められても嬉しくはないわい」
ウィズの言葉に若干の動揺を見せた彼女であったが、右足を前に出し踏み込む同時に掌底を放つ。ウィズはその突然の行動に意表を突かれたのか、攻撃をもろに受けてしまう。口からは胃液のようなものが逆流し、吐き出してしまう。
「ケホッ、ケホッ……」
「おーどうした? どうした? こんなか弱い少女は魔法しか出来ないと思うたか? 見た目に騙されるとは愚か者がする事ぞ。こうすればお主の気分は変わるかの?」
少女は体中がどす黒くなり、体が爆散し、空中に留まる黒い物体へと変化する。まるで空中を漂うガスのように、ふわふわと浮いている。
「妾は、好きな形に体を変えられるのじゃ。これで心おきなく戦う事が出来るじゃろ」
「俺は別に戦いたい訳じゃないんだがな。剣さえ返してもらえばそれでよかったんだが……」
黒い物体からダークスフィアが形成され、ウィズに向かい射出される。ウィズは余裕を持って回避し、切りかかる。やはり、攻撃は届かない。まるで空気を切ってるかのようである。
「チッ、厄介な体してやがる」
「無駄ぞ。お主は妾に傷一つ付ける事はかなわん、さてどんどんいくぞ」
黒い物体からダークスフィアが何個も発動されウィズを襲う。ウィズはその全てを回避し、そのまま黒い物体に向けてファイヤーランスの魔法を発動させる。ウィズの目の前に炎の槍が形成され黒い物体まで一直線進んで行く。
黒い物体は炎の槍を確認すると、体を動かし回避する。その姿をみてウィズは眉をひそめる。攻撃は透けて当たらないのにわざわざ躱した? 魔法は効果があるのか? そんな疑問が浮かび上がる。
とりあえず様子を見る為に、ウィズはもう一度ファイヤーランスを黒い物体に向けて放つが、今度は避ける事は無かった。勿論、ファイヤーランスは当たらずに黒い物体を通り抜けた訳だが……
その後、進展も無くお互い魔法を打ち合い続けるという消耗戦へと入る。ウィズに焦りが見える。それもそのはず黒い物体は攻撃を避ける必要がなくただ魔法を唱えるだけでいいからだ。ウィズは回避する事によりその分だけ体力を使う。長期戦になればどうなるかなどすぐに分かる。
ウィズは何か糸口は無いかと考えを巡らせる。最初の攻撃と今の攻撃、何が違うのかそれを考えながらウィズは戦う。そして打ち合いを初めてある結論に至る。そう、敵が攻撃する瞬間は実体化しているのではないかという事だ。
ウィズは黒い物体が魔法を放とうとするタイミングに合わせて攻撃魔法を打つ。黒い物体は意表を突かれ躱す事が出来なかった。ファイヤーランスは黒い物体に直撃すると、黒い物体は炎に包まれる。黒い物体は壁や地面にぶつかり炎を消そうとしている。
「熱い、熱いぞ! おのれ人間…よくも」
「大気に広がる水よ。集いて形をなせ! ウォーター!」
ウィズは自分がやった事ながら、黒い物体のもがき苦しむ姿を見て、溜まらず水の魔法を唱える。昔、村がドラゴンによって燃やされた過去を思い出してしまったと言う理由もあってか、敵に情けをかけるこの行動を後悔はしていなかった。
黒い物体は、元の少女の形へと戻り。ウィズを不思議そうに眺める。
「な……何故じゃ。何故、妾を助けた」
「何度も言ってるだろ。俺はマンドレイクを取りに来ただけだ。お前を倒しにきた訳じゃない」
「お主は甘いのぉ。甘いすぎる! だが、悪くは無い」
「そうかよ、もう良いだろ。もう戦いは決したんだ」
「まだじゃ、この町を知られたからには帰す訳にはいかない。妾はいつか帰って来る者達の為にこの町を守らなければならないのじゃ。精霊達が幸せに暮らせるこの町を……」
「前にもそんな事を言ってたな。少なくとも俺の村では精霊を物のように扱っているなんて事はなかったぞ」
「人間の言う言葉何ぞ、信じられるか。だが……そうじゃな少し話をしよう」
「どうした急に……」
「ここまで来たら話を聞いてやると前に言ったじゃろ」
「確かに言ってたが……」
「まあ聞け、ここは昔エレメントガーデンと呼ばれる精霊が暮らす町じゃった。妾はそこで町の管理を行っておった。お主らの言う所の町長といった所かのぉ。昔、そう200年ほど前かのぉ? 力無き精霊達は隷属の首輪と言われる魔道具で無理やり人間や魔族などに契約させられておったのじゃ。」
「そんな昔の話かよ」
「妾にはつい先日のように感じるわい。妾はそんな精霊達を守る為にこの町を作ったのじゃ。妾がこの森を結界で覆い、精霊の為だけの町を作り上げて300年が経ったころであったか。一人の人間が森に迷い込んできおった。その者は何と言ったかな……まぁ良い。その者は戦場で怪我をして森の中を倒れておった所を住民が保護したのじゃ。じゃがそれが間違いじゃった。その人間はあろう事か、妾達の町の存在を人間共の王にばらしたのじゃ」
「それでどうなったんだ?」
「それから、精霊を欲している人間、魔族、獣人が妾の町をあろう事か軍を率いて襲って来たのじゃ。町は包囲されたのじゃが、妾は戦える精霊を率いてその者どもに戦いを挑んだのじゃ」
「それで、負けて町がめちゃくちゃに……」
「いや、戦いは拮抗していた。妾が人間共の偽りの和平交渉を見抜けなかったばかりに……妾が交渉の為に町を離れた隙をつかれ、住人は連れ去られ、町はご覧の有様じゃ。残っていた人間共は皆殺しにしてグールにしてやったのじゃ。勿論報復もした。だが住人達を取り戻す事は出来なかったのじゃ」
少女は過去を思い出したかのようにうっすらと涙を流す。それは少女にとって過酷な事だったのかもしれない。
だがウィズはそんな彼女に言う。
「何だお前は住人を取り戻すのを諦めて、こんな所でメソメソ泣いていたのか? 頼りない町長だな」
「なんじゃと! 妾を愚弄するか!」
「何度でも言ってやる。お前はこんな所で墓守をしていて良いのか? 奪われたら取り戻せ! 一人で勝てないなら、仲間を見つけろ!」
「偉そうな事ばっかり言いおって。人間何ぞに妾の気持ちが分かってなるものか」
「あぁ分からないね。こんな建物なんかを守るより、大事なものはあるんじゃないか!」
ウィズは熱くなってしまい、らしくないなと思いながらも彼女の目を見続ける。彼女は一つため息をつき、口を開く。
「妾とお主とは意見が合わぬようじゃの。どれ一つゲームをせんか、命を懸けたゲームぞ」
そう言うと彼女は先ほど投げ捨てたウィズの剣を拾いに行き、手に取る。そしてウィズの目の前と投げつける。剣は回転しながらウィズの方へと向かい、ウィズの目の前に突き刺さる。そして彼女は玉座のようなものがあった場所までトコトコと歩いていく。そしてウィズに向かって不敵な笑みを浮かべる。
「剣を抜け! お主と同じ土俵で戦ってやる。妾は実体化したまま戦ってやる。妾に参ったを言わせればお主の意見従ってやろう」
「良いぜ! 分かりやすくて俺好みだ」
少女は右足で地面を思い切り踏みつける。すると刀身だけで長さ1mを越える剣が二本、天井から落ちて来る。
重厚そうなその2本の剣を彼女は軽々と持ち上げ構える。ウィズはその姿に歴戦の勇姿を感じる。
「さあエレメントガーデンの主、シャルロット・ファイトラが相手をしてやろう。どこからでも掛かってこい!」
彼女は堂々と言い放った。
「言ってくれるぜ。このウィズがすぐにその傲慢な態度を取れなくしてやる。いくぞ!」
これがこの戦いの最後になるだろう……そう思いながらウィズは村長から貰った剣を両手でしっかりと握り、シャルロットの元へと駆けだす。