074 僕達の夕食会⑦ 〜産地 『ハーモニー山脈』〜
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魔力を豊富に含んだ食材は、おいしい。これはこの世界の常識である。
食べられる魔物の類の中では上位に位置する亜竜は、もちろん王候貴族が口にするにふさわしい味わいを持つ。ではその亜竜を用いた料理の調味料が、おおよそヒト種が手に入れられる範囲の中で最も上等の物だったらどうか。それは――
「〜〜〜んまぁ! 僕こんなにおいしいお肉、初めて食べました!!」
一口目は誰もが皆、言葉もなかった。揃って驚きに目を見開いた後、よりよく味わおうと瞳を閉じて口の中の幸せに集中する。
そこへ夕食会の場を素晴らしいものにしようと演出する室内音楽のように、パンジーが味付けについての解説をし始めた。
亜竜と五種類の野菜のローストに添えられているハーブソルトの原料は、いずれも『ハーモニー山脈』の中央部付近で採取された物なんだって。元々高濃度である土地の魔力に加え、『白の精霊』や彼女の傍らに集うドラゴン達の魔力を吸収している為に、こんなにもお肉をおいしくしてくれる!
一部のハーブは、薬草と共に上級回復薬の原料にもなるようで。普段の取り扱いは厳重に管理されているし、まずもって口に入る事はない。
今夜の料理に使用した分は、パンジーが『里』の子供達から直接買い付けて――たまに『里』へ顔を出した時に王都のお菓子を差し入れしたりして、そのお礼に分けてもらったハーブや岩塩を保管して――いた物。つまりはパンジーの私物らしい。
「この亜竜の肉には、『ハーモニー山脈』産のハーブや塩で味付けてこそ至高! 私は、これがイチバン美味しい食べ方だと断言しますよー」
と、両腕を胸の前で組んだ姿で力説するパンジー。実際にローストされたお肉やお野菜に、ちょんちょんとハーブソルトを付けて食べた僕も、その意見には大いに納得するところだよ。塩がおいしいっていうのも、生まれ初めての感動かも。
ここで、『ハーモニー山脈』及び『ハーモニー大樹海』について。シルヴェスター公爵やマクローリン公爵家の嫡男であるバーチから、臨時の授業のようなものを受ける事となった。
原則として立ち入りを制限されている『ハーモニー山脈』や『ハーモニー大樹海』は、隣接する周辺国家に限って一定数の採取や採掘の許可が下りている。
ただ、一部の国を除いては出没する魔物の強さが問題となり、『ハーモニー大樹海』外周部での薬草採取などがせいぜい。例外は、フォレスト王国を含めて三ヶ国くらいしかないんだって。
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まず一ヶ国目は、僕達の暮らすフォレスト王国。『ハーモニー山脈』の中心に近い場所に『“影”の里』があるから、薬草でも岩塩でも鉱石でも魔物素材でも粒が大きめな魔力結晶でも、豊富な魔力を含む高品質な物を入手できる。
それらはフォレスト家の専売品で、上級の魔法薬や魔道具の作製に必要な物資として国家間でも取り引きされているそうな。売り上げは王の個人資産であり、且つ、“影”達の活動資金にも充てられているってさ。
……って、それだけ聞くとなんかいかにも凄そうだけれど。今の『里』は儀式の場の保全と、次世代の“影”を担う子供達の修行場所という色合いが強いらしい。教師役を務める第一線を退いた大人達と、指導を受ける子供達。その総人数は決して多くはない。
採取や露天での採掘はあくまでもカリキュラムの一部で、世に出回る量は決して多くはないとの事だ。
グラスやパインに、そのあたりの昔話を聞いてみると。「いずれ小遣いになるから」と大人達に言われて、採取・採掘に参加していたんだって。そのお金は正式な“影”の構成員となった後、個人の裁量で動かせる予算として告知されたそうだ。
子供の頃は「おこづかい」の単語の響きに惹かれ、二人ともあまり深く考えずにちょくちょくと集めに行ってたそうで。そのかいがあってか、いざ提示された金額に最初はおののいたそうな。王宮の使用人の年棒の数十倍って、果たして「小遣い」の言葉で済ましていいんだろうか? パイン、待って。「平均的な娼館の、一晩あたりの利用料金・換算で何日分かというと……」なんて、聞かせてくれなくてもいいから。
『里』の存在は秘密だし、なぜそんな貴重な品々をフォレスト家が独占できているのかという表向きの理由は。一部では今も、『白の精霊』とフォレストの始祖との懇ろな関わりは有名な話として伝わっているし。何らの契約や盟約に基づいての事だろうと、推測されているらしい。
その事に時々、いちゃもんをつけてくる国もあるらしいけどね。件のアドベント神聖国とか。東隣のファング共和国や、更にその向こうのチェイン帝国なんかもうるさく言ってくるんだってさ。
フォレスト王国の背後に『白の精霊』がいると目されていなかったら、とっくの昔に戦争をふっかけられていて、国の存続も危ういなんてものじゃなかっただろうなぁ。実際には、『白の精霊』がフォレスト王国だけを守護するなんて事はないんだろうけど。
フォレスト王国の関係者も、『白の精霊』や『白の精霊殿』の関係者も、各地の『神殿』の主や関係者も、あえてその勘違いを正すような事はしない。それで中央大陸・西部の食糧事情や平和がある程度保たれているんだもの。安いもんだよね。
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二ヶ国目は、さっきお見合い肖像画を見せてもらった『河川と湿地の国・カナル公国』。
『ハーモニー山脈』の雪解け水に大地が削られ、更にその水に包まれて共に流された金や銀などの貴金属。また貴重な魔力結晶の欠片が川底の石や砂に混じっているのを取るらしい。一粒一粒は小さいけれど、基本的に少人数による露天掘りな『里』よりは少ない労力で入手できるんだって。また利用しやすい魔力結晶として欠片であっても、いや欠片だからこそ引き合いが強いらしい。
カナル公国の重要な収入源であるのだが、水難が多発している現状。採取は相当に困難で、公国の困窮にますます拍車を掛けているそうな。
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三ヶ国目は、フォレスト王国とは『ハーモニー山脈』を挟んで北側に存在する、『竜騎士を擁する山岳国家・エコー王国』。中央大陸で唯一、外れの方とはいえ『ハーモニー山脈』内に王都がある国だ。
さっきの公爵の、「どこの国にも属さない」という言葉とムジュンしてはいないかと一瞬思ったけれど。フォレストの始祖が、『ハーモニー大樹海』で暮らし始めた事例と同じく。『白の精霊』に許された土地に国を興したけれども、『ハーモニー山脈』全てがエコー王国のものというわけではないと、きちんとその場で確認したよ。
山の一つ一つが各・貴族家の領地であり、それぞれで翼竜の繁殖と育成を行って騎乗用の竜としている。
主な産業は、竜騎士の傭兵としての派遣。また、『ハーモニー山脈』でも高い山の上にある洞窟型のダンジョンの攻略。これは出没するゴーレムを倒して、ドロップする鉱物資源を得るのだそうな。翼竜という移動手段があるからこそ、可能なんだね。
他には、各家の山々で採取される薬草や討伐した魔物の素材などがあるが。得られる最高の品質の物で、中級向け相当なんだって。山によってバラつきがあり『ハーモニー山脈』の中心部から遠ざかる程、他の国々で得られる物との差がなくなるらしい。
縄張り意識の強い、翼竜の性質に合わせてか。一つの強固な国家というよりかは、各自の暮らす山をそれぞれの貴族家の主導の元で守るという保守的な国民が大部分を占める。その為に他国への侵略戦争は滅多に起こさず、国土が広がりようがない。
山と大樹海という平な農地とは縁遠い立地の為、自給できる食料の種類にはかなりの偏りがある。なので主食となる麦のほとんどを、フォレスト王国からの輸入に頼っているのが現状だ。「大のお得意様ですよ」とはバーチの弁。
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「翼竜も竜騎士も、僕は全然見た事がないです」
「それはそうでしょうなぁ。中央大陸で翼竜の現界が多いのが、エコー王国のある地域です。昔……とはいっても、フォレスト王国の建国よりは後となりますが。各地を飛び回って暴れまくる翼竜の制御の為に【テイム】のスキル持ちが多く集められ、後に国体を成すに到ったという経緯ですな。そしてエコー王国と我が国の間には広大な『ハーモニー山脈』が存在しますゆえ」
僕が小さくもらした言葉に、シルヴェスター公爵は頷きながら翼竜とエコー王国の関係について答えてくれた。
フォレスト王国を基点に、中央大陸の一部の地図を見たならば。南方には国が存在しない。南大陸との間にある海だけだ。海があって陸地になって、各貴族の領地や所々に王領やドラゴンがいる『神殿』なんかがある。
フォレスト王国のほぼ最北の位置にある、王都『サトミヤ』。その王都の中でも北側に建っているのが、今僕達がいる王宮。行政用の建物・離宮・国立シード学園・騎士団の訓練場などなどが王城の周囲にあって。更にその向こう側に広がっているのが、『ハーモニー大樹海』の裾野の森。
僕は、そんなに奥まで入って行った事はないのだけれど。途中からガラリと植生や出没する魔物が変わるらしいので、その手前までがフォレスト王国の領土となっているそうな。
ちなみにこの裾野の森の部分は、基本的にフォレストの血を引く者以外は立入禁止。あまり一般的には知られていないけど、一応『シャソウリン』という地名がついているって。
フォレスト王国より北に目を向けると、『ハーモニー大樹海』に『ハーモニー山脈』。山脈の北端にエコー王国があって、更に大樹海の一部を挟んで国が一つ。その向こうは北大陸との間の海となっている。
シルヴェスター公爵の曰く。『ハーモニー山脈』と『ハーモニー大樹海』の総面積は非常に広大であり、フォレスト王国がまるごとすっぽり三つや四つは軽く収まる程らしい。
そしてそれだけの距離になると、竜騎士も飛び続けていられないのは当然だろう。山脈の中心部には一万メートル級や八千メートル級の山々が立ちはだかるし、間には補給が可能な集落もない。『“影”の里』は結界の影響もあって、空からは森の木々が繁っている風にしか見えないんだって。
まぁ、『白の精霊』や彼女に従う風属性のドラゴンもいるって話だし。エコー王国からまっすぐに南下してフォレスト王国に直接乗り付けるのは、あらゆる意味で不可能だろう。
エコー王国とは常時国交がある。なので以前ならば、フォレスト王国からの招待に応じだ場合。『ハーモニー山脈』をぐるって迂回して、竜騎士の一行が使節団としてやって来ていたらしい。もちろん遠回りをするルートはアドベント神聖国側を避けて、カナル公国側を経由してだそうだけど。
僕が竜騎士を見た事がない理由は、父上の皇太子時代のあの事件が原因だ。珍しくフォレスト王国内で現界したらしい翼竜が、あろう事か父上を襲撃し重傷を負わせたのである。
負傷した皇太子の身柄を護衛や“影”達が安全な場所に移す時間を稼ぐ為に、父上の婚約者が翼竜と死闘の果てに相討ちとなってしまった。
その当時を知る、シルヴェスター公爵が語る。
「フォレスト王国内に現界してきた翼竜は、全てこの手で討ち取ってくれるわ!!」
と、最愛の婚約者を亡くして荒れに荒れた父上を慮り、各方面と調整を行ったそうな。
エコー王国側も、【テイム】に失敗した翼竜が暴れて人的被害を及ぼす事はままある為に、その辛い気持ちは十分に理解できる。国や民にとって生命線ともいえる食糧を輸出してくれているフォレスト王国に配慮をして、もう何年も竜騎士は使節団としてやって来ていない。父上が存命中は、おそらくはそのままだろうとの見方だ。
バーチが自身の父親――現役の外務大臣であるマクローリン公爵の話として教えてくれたんだけど。一度別の国で、エコー王国の竜騎士達と出くわした事があるらしい。父上は翼竜を見たとたんに反射的にキレて、無言のまま【威圧】らしきスキルを発動させたそうな。
結論から言うと。騎竜達は全て父上にビビってしまい、父上がその国を離れるまで再起不能になっちゃったんだって。西隣のフェザー王国までは、竜騎士達も来る事はあるのだけれど。決して、フォレスト王国に近付こうとしない個体がいるそうな。
どうしても翼竜や竜騎士を見たいのであれば、『ハーモニー山脈』を越えて中央大陸の北側に行けばいい。王の子として僕の立場であれば、「いずれその機会は訪れるでしょうね」とバーチは言う。
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余談だけど。エコー王国の更に北には、『ダンジョン都市国家・ヴェスティッジ王国』が存在する。ここは世界でも有数なダンジョン多発地帯で、最低でも年に一つは新しいダンジョンが確認されているそうだ。
「一説によりますと。『すべての まりょくを ほしがった 王さま』の頃の魔道具の一部が、未だに現役で動いているらしいですわ。その結果、新しいダンジョン――ある意味で異なる世界とをつなげ続けているのですって。私の読んだ絵本の中のいくつかに、そのような記述がございましたの」
別の機会にヴェスティッジ王国の話になった時に、オーキッド嬢からそういった情報を教えてもらう。後で兄上と一緒に、彼の国に伝わる絵本も見せてもらった。いやぁ、文字の勉強になるって話は本当だね。ハハハ……。
ヴェスティッジ王国では新しいダンジョンが生まれると、まず国を挙げてその近くに集落が造られる。これはエリア内にものが入ると魔力やその他を糧にダンジョンが成長するからで、十年くらいは様子を見るらしい。中には集落の長の号令で内部を改装して犯罪者を閉じ込める牢屋として使ったり、ゴミ捨て場として利用するケースもあるってさ。
魔物素材や宝物などで、有益な物が得られるダンジョンはそのまま利用し続ける。だけどショボいドロップしかしないダンジョンは十年で見限り、とっとと核を収穫してしまうと物の本には書いてあった。
世にも珍しい、ダンジョンの人工育成と管理モドキを行っている国なのだ。
フォレスト王国の国庫にも、ヴェスティッジ王国のダンジョンから得られた貴重な魔道具があるそうだし。僕も、この国やダンジョンには興味がある。管理ができて国が潤うのなら「ダンジョンがいっぱいあるっていうのもいいな」と、ちょっとだけ思ってしまう。
だけど現実はプラスの面ばかりではなく、やはり色々と問題があって。いつどこに突然現れるか分からないダンジョンに、農地なんかが段々と削られていっているらしい。代々コツコツと耕してきた畑をダンジョンや国策に奪われてしまい、農民でいるよりも冒険者となって一山当てようという国民がどうしても出てきてしまう。
慢性的に食料が不足しがちで荒くれ者が多いから、ここ何十年かは国としての問題行動も目立つそうな。
極端な例になると、「ダンジョンのある土地は全て、ヴェスティッジ王国の国土だ」と公の場で口にする王族も出る始末なんだとか。
フォレスト王国との国交は、どうなんだろう? 今日の陛下の誕生祝いの催しには、使者の類はいなかったし。距離もかなり離れているから、直接の付き合いはないのかな? 魔道具や食糧なんかの取り引きは、間に別の国が入っても交渉しだいでできるしね。
ヴェスティッジ王国の建国王は、当時の最高難易度を誇るダンジョンを攻略した、冒険者パーティーのリーダーなのだそうだ。基本的には、彼の子孫が王位に就く事になっている。ただ、この国ならではともいえる習慣が色々とあるらしくて……。
やはり当代の最高難易度のダンジョンを攻略した個人、もしくはチームの代表一名は、その一代のみに限り、横やりで王位に就く事が約束されている。予定外に王となった人物の子供は、爵位を賜り家を興すのだそうだ。
ヴェスティッジ王国の貴族は、難易度が高くて有益なダンジョンを攻略し核を収穫する事によって、爵位や役職などの地位が上がっていくんだって。また攻略したダンジョンの跡地や隣接する集落あるいは街を、収穫した核ごと以降は領有できるという暗黙のルールがある。
一応は、建国王の血筋による君主制だけど。元・王やその血筋の家もそこそこの数が存在する為に、実態はダンジョン都市が集まって構成された、連邦国家のようなものと言えるらしい。
読んで下さって、ありがとうございます。
というわけで説明回(地理)でした。
ぷち用語解説。
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フォレスト王国・王都『サトミヤ』→『里宮』
王宮の北にある『ハーモニー大樹海』の裾野の森『シャソウリン』→『社叢林』
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元ネタはどちらも神社・神道関連の用語から。
ご神体に相当するのは、山? 山脈? 『白の精霊』? おそらくは『約束の森の白い王座』かな。
活動報告には、周辺国の名前の元ネタ情報をのせておきます。宜しければそちらもどうぞ。




