007 『ヒロインんんと愉快な逆ハー達』
★★★
「どういうつもりだ、ローズ! リンデン兄上となんとふしだら……な?」
扉をぶち破る勢いで開け放ち、なだれ込んできた――アコナイト、ピーチ、ウィロウ、ヴァイン、トランク、リーフ――『ヒロインんんと愉快な逆ハー達』。
実は最初の治療開始あたりから部屋の前に居たのだが、扉を開けようとしたタイミングで、ローズの艶やかとも受け取れる吐息や、か細い悲鳴が飛び込んできたので、棒立ちのままガン聞きしていたのだ。
不貞行為の決定的な現場を押さえて、こちらの要求を突き付ける絶好の機会だと思って踏み込んだのが半分。自分の女だと思っていたローズが、兄とデキていた事に対する嫉妬と衝撃が半分。
破れかぶれで突入した部屋には、ローズとリンデンの他に、ローズの母と兄。更にもう一人の自分の兄、ローレルの姿を確認した事は、アコナイトに大いなる混乱をもたらした。
「アコナイト殿下!?」
いや、混乱したのは何もアコナイトだけではない。ローズもだ。自分の怪我の事も忘れて起き上がろうとして、痛みに怯んで体勢を崩す。
「ローズ!」
咄嗟に、想い人の名を叫ぶリンデン。
闖入してきたアコナイト達に視線を向けていたリンデンは、視界の端でローズが倒れたのを察知して、反射的に腕を伸ばす。
リンデンの手が触れたのが、ローズの胸元だったのは偶然だった。行き掛けの駄賃よろしく、ローズの豊かな胸をひともみしたのは、本能に突き動かされた半ば無意識の行動だった。たぶん、きっと、おそらくは。
「〜〜!!」
「ローズ! ローズ嬢! まだ無理に動いてはいけない」
そう、何事も無かったように振舞いつつ、ローズが動いて乱れてしまった為、顕になったナマ足をほんの一瞬で目に焼き付ける。それは夫以外に見せていいものではない。
一番近くにいたリンデンが、掛け布団で薄手のネグリジェ姿のローズを覆い隠す。
埃を払っているようでいて、ローズを落ち着かさせるように、トントンと体の数ヶ所をリズミカルに叩く……行為に見せ掛けたおさわりでダメ押しをするリンデン。
(今、胸、揉まれた!? それとも偶然? あう。さりげなく背中とかお尻とかタッチして、偶然?)
(リンデン王子、なんて【ラッキースケベ体質】?)
(ナニコレ、ナンダコレ!? ラノベ主人公か貴様!)
ローズが顔を真っ赤にして胸元を押さえているのを、カメリアとメイプルの位置からはよく見てとれた。
その為、一連のリンデンのセクハラ行為が意図的に思えて、ついジト目になってしまう。
そんな女性達の、リンデンに対しての口程にモノを言うジト目を見て、ローレルとホーリーはそっと天を仰ぎ見るのだった。
★★★
ローレルとホーリーの二人が、リンデンへの追及を固く決意した頃になってようやく、アコナイト達が復活した。
「ローズ! キ、キサマどういうつもりだ! リンデン兄上と、な、何たる事だ!」
「静かになさい、アコナイト」
アコナイトが大声を出した事によって、ローズより手を離したリンデン。
弟達の方を向いて「やれやれ」と首を振る。
「ローズ嬢が怪我をしたのです。私は回復術師として治療にあたっていました」
「フ、フン! さんざんイヤらしい声をあげて、二人でいかがわしいコトをしていたんじゃないのか?」
アコナイトの話を聞いて、漸く「方々に誤解を与えかねないセリフだったかも?」と、思い当たり、若干涙ぐんで顔を突っ伏してしまうローズ。
ローズに対する侮辱に眉を上げ、アコナイトの視線の先からローズを庇うように前に出るリンデン。
「いかがわしいコトなど、実の親と兄弟の前で行うシュミはないよ。アコナイトは経験した事が無いから分からないだろうけど、水と木の属性で骨折の治療を施そうとすると、熱さや痛みを覚えるものなんだよ」
「骨折?」
「そうだよ、アコナイト。ところで君の先程の口振りからすると、少々長い時間、盗み聞きをしていた風なんだけど、何故ここにいる? 見たところ、お見舞いという面々でもなさそうだね。その出立ちは? 今の時間は舞踏会の筈だろう。着替えもせずに、抜け出して来たのかい?」
「ローズに大事な話があったから、この私自らがわざわざ迎えに来てやったんだ。感謝しろ」
「ローズ嬢は絶対安静。一人で歩けないし、起き上がる事さえ満足に出来ない。動かす事は許可出来ない」
「アコナイト殿下。何か余程大事なお話なのでしょうか? 妹は体調が万全ではございません。代理として、私が用件をお伺いしたいと思います」
ホーリーの言葉に、ローレルは思わず肩に手を掛ける。
「いや、待てホーリー。そもそもアコナイトがここにいる事こそがおかしい。いくら王族とはいえ、先触れもなく、更には家の主――宰相は王城で勤務中だから、この場合は婦人だが――許しも得ずに邸内に入っていいわけがない。またいくら婚約者と言えど、ローズ嬢の部屋にノックもせずに押し入るなぞ、暴漢そのものだ。カーティス婦人、本日アコナイトが訪れる予定でしたでしょうか?」
「いいえ。主人からも執事からも何も」
「そう言う、リンデン兄上やローレル兄上はどうなんだ」
「私はホーリーから招待を受けたよ。『妹をぜひ治療してほしい』と強い要請を受けてね」
「俺はリンデン兄上の護衛としてだ。回復術師として予定に無い外出をする際は、いつも俺が付く事になっている」
「なら僕が! 僕がアコナイト殿下を招待して、ローズの部屋まで案内しました」
得意気な声を上げたのは、ローズの双子の弟のウィロウ。家の主も使用人の一人も通さずに、嫁入り前の貴族令嬢の部屋に男達を手引きするなど、本来ならあってはならない。間違いが起こったら、どう責任を取るつもりなのか。
「「ウィロウ」」
母と兄が同時に、叱咤を籠めた声色で末子の名を呼ぶ。
「ウィロウ、後で大事なお話があります。覚悟しておきなさい」
続く母の言葉を受けて、ウィロウは恐怖でプルプル震え出してしまう。
「まあ! どうかウィロウ様を責めないで下さいませ! 私の為を思ってのお優しい行動。他の皆様がウィロウ様を責め立てたとしても、私がウィロウ様を許します」
『は?』
ピーチは前に進み出た。ウィロウを庇うように見えて、しっかりとアコナイトの横のポジを陣取り、両手は胸の前に組んで、涙目ウルウル。『超カワイイ、ヒロインな私! カ・ン・ペ・キ☆』アピールを全面に押し出す。
そんな“生き物の存在として次元が違い過ぎるヒロインんん”に対し、免疫の無い、『愉快な逆ハー達』以外の人々は、王族だとか貴族だとか貴族家に仕える優秀な使用人だとか、そんな事も吹っ飛ぶぐらい、ドン引きしてフリーズした。
もちろん布団に潜り込んでいたローズだとて、例外ではない。脳内では、アルプスの少女コスをした二頭身ローズが(わいた! わいた! 電波がわいた!)と飛び跳ねている。
(ナイわ〜。アレ等はないわ〜。っというか、さっき『ヒロインんん』何つった? お前はドコの法だよ。中身のある事何一つ喋ってねぇ)
(……というか何で来たの? 何でいるの? 何しに来たの!? 怖過ぎるんだけど、マジで!!)
(何か理由が……あ)
ほとんど全ての婚約破棄イベントは、卒業式後の舞踏会で行われるのだが、『究極の逆ハー』ルートのみ、その後の城内根回しの関係で、夏期休暇前の舞踏会で断罪イベントを起こさなければならない。
最低でも王子一人の好感度マックス、高い知力、豊富な魔力量で使用可能になる光属性魔法の【奇跡】。……幾つもの要素を前倒しで行わないといけないので、友人達と攻略サイトを見まくって、漸くクリアした記憶がある。
(……て、え? まさか、現実にありえねー『女王への道』選んじゃってるの?)
(マズイ……。この可能性は考えてなかった)
(このルートの悪役令嬢ローズのざまぁは……。あかん『自主規制モノ』だ)
(ピンチってやつ?)
先程までのリンデンの治療によって、熱くなっていた体が急激に冷えていくのを、ローズは感じた。
「おおピーチ。私の愛しいピーチ。何て清らかで心優しい、私の愛らしい木の実ちゃんなんだろうか」
そう言いながら、ピーチの腰を抱き寄せるアコナイト。
「俺は知っている。ピーチ程清らかで心優しい女性は、この世にいないって事をさ!」
ピーチの背後に立って、両肩に両手を置くヴァイン。
「ピーチは法だ。ピーチは森羅万象を司る。ピーチは世界であり、ピーチは神そのものだ。これ以外の真理は存在してはならない」
跪いて、ピーチのドレスの裾に口付けるトランク。
「ピーチ嬢は流行の最先端を往きます。商人の私としても、非常に興味深いですねぇ」
クイッと眼鏡を上げてから、ピーチの濃い桃色の髪を一房掴んで口付けるリーフ。
「ピーチの為に何かをしてあげたかった。でも逆に助けられてばっかりで。僕、ピーチがいなくっちやダメなんだ。生きていけないよ?」
ピーチの前で片膝を立てて手を取り、指先に口付けるウィロウ。
『愉快な逆ハー達』はピーチを取り囲み、それぞれに甘い言葉を囁いたり、チュッチュッしたり、アピールに余念がない。
(あー、こんなスチル見たなぁ。人物の静止イラストにピンクの花弁が効果で咲き誇ってたっけ)
(「雌しべ:ヒロイン」と「雄しべ:逆ハー達」って揶揄られてたな)
(『僕ちゃん』な弟がしょーもない事しか言わない件について)
ローズは同じようにウィロウのセリフを聞いたであろうカメリアとホーリーをチラ見する。
(お母様、お兄様が……二人共「こいつ(弟)生かしちゃなんねぇ」って顔してる〜!)