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060 僕と兄上と、公爵家の令嬢



 ★★★



 兄上の口から、「ローズ嬢と友達になってほしい」というオーキッド嬢へのお願いがこぼれると、部屋の中は静かになってしまった。

 僕は「そうきたかー」と考えつつ、カップのお茶をゴクンと飲み干す。空っぽになってしまったので、グラスの方へ顔を向けた。

 僕の視線を受けたグラスは一つうなずくと、四人分のお茶のおかわりを用意し始める。


 丁寧にお茶を淹れる音がわずかに響く中。オーキッド嬢は戸惑った笑顔を浮かべながら、確認の為に口を開いた。


「……ともだち、ですか。どうしてわたくしに? 理由をお聞かせ願えますか?」


「フッ……。簡単な話です。貴女がアコナイトの天敵だからですよ、オーキッド嬢」


「まぁ……!」


 ああ。兄上ってば、ぶっちゃけちゃった。

 オーキッド嬢はほんの少しの間だけ目をみはり、持っていた扇子で口元を覆うと笑いだす。


「まあ、『天敵』だなんて、そんな。フフフフフフ……」


「ハッハッハッハッハッハッ……」


「ウフフフフフ……」


 兄上とオーキッド嬢は交互に笑いあっている。何でだろう? にこやかな空気のはずなのに、悪寒が止まらない。この雰囲気は前にもどこかで感じたな。いつ・どこで・誰と一緒の時だったろうか?


 僕がそんな事を考えていると、前に座っていたバーチが手で合図を出した。

 すると壁際に控えていたマクローリン公爵家のメイドが、一台のワゴンを押してグラスの元へと近付いていく。


「今回の催しの為に、友好国の王族方を案内する形で帰国したのです。それらは、あちらの国のお茶請けを土産として持ってきた物となります。宜しければ納めて頂きたい」


 メイドがワゴンにかけられた布を取り払うと、おいしそうなお菓子がたくさん現れた! グラスが一通り“視て”から「問題ない」と判断してうなずくと、メイドとパインが手分けをして器をテーブルに乗せていった。

 パインは、僕が好んで食べる物を優先的に目の前に置いていく。ワクワクした気持ちを思いっきり顔に出して彼を見たら、「ふふっ」と微笑まれた。

 マクローリン公爵家の嫡男は、“影”の中での『グラス』が【鑑定】持ちなのを知っているっぽいな。そう頭の片隅で気にしつつ、僕は「どれから食べようかな」とテーブルの上に目を走らせる。


「この中では、私はこれが一番美味しいと思いますね」


 バターのいい香りが食欲をそそる延板のべいたの形をした焼き菓子を、バーチが勧めてきた。

 このあたりで、僕はようやく思い至る。これって、父上においしい物を分けてもらった時に似ているね。その場合の多くは、母上と兄上が『笑顔でにらめっこ』をしている時で……。

 僕は唐突に理解した。何の事はない。兄上も母上もオーキッド嬢もバーチも、『笑顔で喜怒哀楽』を表現できる人達なのだと。うん。それがわかったら安心した。別に気にしないで過ごせばいいのだ。さ、食べよう食べよう。


「おいしい!」


 きつね色の表面はサクッとしてるけど、口の中にいれるとホロリとほどける。甘さはそこそこでバターの香りとしっとり感がたまらない!


「良かったです。こちらもどうぞ」


 何故か今回は、バーチが僕の世話係になっているが、ま、いいか。うん。グラスの淹れてくれたお茶がよく合うね。


「……ほう。オーキッド。このお茶はなかなかの物だよ。冷めないうちにいただきなさい」


 バーチもグラスのお茶の味をお気に召したようで、オーキッド嬢に声をかけた。それがきっかけとなって、一時休戦。四人でお茶とお菓子を楽しんだ。

 あんまり食べ過ぎちゃうと、夕食が入らなくなっちゃうかな? いや、今日はイロイロと消耗したし。これくらい食べなきゃ、やってられなかったから。いいか!


 僕はお菓子に次々と手を伸ばす。そのせいもあって、あっという間にグラスの淹れてくれたお茶を飲みきってしまった。

 今度は紫色の制服を身に付けた、マクローリン公爵家のメイドがおかわりを用意してくれる。ん。グラスやパインのお茶よりも、やや苦味が強めかな? うん。でも悪くない。甘いお菓子には、これくらいでもちょうどいい。


 メイドの淹れたお茶を一口飲んだオーキッド嬢は、飲み慣れた味に「ほっ」としたような笑顔を浮かべて彼女の方を見た。

 お仕えする主家の令嬢の満足げな表情に、誇らしいという風に背筋を伸ばしたメイドが壁際に控えたところで、再び話が始まる。


「『天敵』だなんて。わたくし、特別な事は何もしていませんのよ?」


 コテンと首を傾けてしゃべるオーキッド嬢。彼女の言葉に、僕と兄上は顔を見合せてからほぼ同時にうなずいた。うん。今日の第二会場の舞踏会でも、彼女はただにこやかに微笑んでいただけだ。アコナイトと取り巻き達は、一方的に避けていたに過ぎない。

 視界に入れないように入れないように、頑張っていたアコナイト。時にローズ嬢の陰に隠れたり、はたまた取り巻きの連中にダンスの相手を押し付けあって、互いに半泣きになっていたり。

 しまいには、兄上の視線の先に移動して微笑んでもらい、気力を補充していたな。

 ねぇ。気付いて、アコナイト。って言ってもムリな話かな。その兄上の笑顔は「失笑」ってヤツだからね。兄上は途中から、アコナイトの頬を気まぐれに赤くさせて遊んでいたんだよ。

 自分を持って主張しているようで、存外に単純で他人に感化されやすいんじゃないかって。僕は何だか、キミが哀れに思えてきちゃってたよ、アコナイト。


 僕と顔を合わせていた兄上はオーキッド嬢の方に向き直ると、やや真面目な笑顔で語りだす。


「ええ。オーキッド嬢は今日のように、微笑んでいてくだされば良いのです。ローズ嬢の傍で。たったそれだけの事でも、弟は大人しくなるでしょう。正直、今日のアコナイトの態度は非常に目に余る。あれは誰の為にも、国の為にもならない」


「それは否定しませんわね。ただ、お友達と言いましても。今日はアコナイト殿下のせいで、ローズ様に挨拶もできませんでしたのよ」


「場を整えます。オーキッド嬢さえ宜しければ、魔術師団団長の授業をローズ嬢と共に受けられるよう、手配をしましょう」


「ほう。それはいいんじゃないかな、オーキッド。ランドルフ団長は指導上手と評判のお方だ。オーキッドの【土壁】も、きっともっと頑丈になるだろう」


 兄上とバーチの言葉に、閉じた扇子の先を唇にあてて考えてこむオーキッド嬢。彼女が嫌がってはいない様子を見た兄上が、右手の人差し指をピンと伸ばして更にたたみかける。


「もう一点。これはマクローリン公爵家にも、王国の外務系派閥にとってもよい事でしょう。グリム侯爵の影響を多大に受けているアコナイトは、彼にならって外交をおろそかにする可能性が高い。皇太子妃となるローズ嬢に今から外務の重要性を説いていけば、バランスを欠く事は避けられるはずです」


「……クッ。ああ、あの『口だけ侯爵』か」


 兄上の話を聞いた後、バーチは「クククッ……」と笑い声を洩らす。

 僕が『口だけ侯爵』という耳慣れない単語に首をかしげていると、空いた皿を下げに来たパインが耳打ちをしてきた。


「その、ローレル王子が『ハデなおじさん』と思っているグリム侯爵の事です。世間一般、というよりは色街を中心に、『口だけ侯爵』で通じてます」


 サラッと「色街」の話なんてしてきたけど。そんなの知るワケがないじゃないか、パイン。


「フッ……。いいね。『ハデなおじさん』か。私も今度からそう言おうかな」


 バーチは『ハデなおじさん』の呼び方がツボだったらしく、更に笑い続けている。と、そこでオーキッド嬢が「パチリ」と扇子を鳴らしたので、全員が彼女に注目した。


「リンデン王子。魔術師団団長の授業を受けられるとなれば、栄誉えいよな事ですもの。ぜひお願いしたいですわ。ただ、ローズ様と必ず仲良くできるかどうかは、お答えしかねます」


「そうですね。気が合う、合わないはありますので。無理強いはしません。ローズ嬢の為にも、貴女の為にもならないでしょう。ただ……オーキッド嬢まで『ローズ嬢の敵に回る』のは勘弁してもらいたい。それだけです。貴女の不興ふきょうを買うようになってしまえば、同世代の社交界で生き抜くのは、困難を極めるでしょう」


「まあ、なんですの? 人の事を『天敵』と言ったりぶっそうな」


 オーキッド嬢は兄上と会話をしながら、扇子を開いてあおいだり口元を覆ったりとしている。その仕草なんかは本当に、母上やカーティス婦人のような大人みたい。


「私は貴女を最大限評価しているのですよ、オーキッド嬢。直接お会いして確信しました。貴女はフォレスト王国内でも、また国外に嫁いだとしても、社交界の華としてリーダーになれる方だ。味方にできるのなら、これ程心強い存在はない」


「リンデン王子、ローレル王子の母君であられるアザレア様に、カーティス公爵婦人が付いているように。未来の皇太子妃殿下をフォローする派閥を築こうという考えは、悪いものではないね」


 バーチは兄上の言葉を聞いてから何かを面白がるように、オーキッド嬢に水を向ける。


「ええ。お考えとしてはわかります。ただ、どうしてそのような『お願い』を貴方様がなさるのでしょうか? リンデン王子?」


 僕より年下で、兄上の初恋相手のローズ嬢や困ったちゃんなアコナイトと同い年の公爵令嬢の、挑発するような物言いが響いた。部屋の中は一瞬「シン」と静まりかえってしまう。


 兄上は「ニコリ」と、オーキッド嬢は「フフッ」と微笑んで、再び『笑顔でにらめっこ』が始まった。

 僕はバーチに勧められるままに、クッキーをほおばる。ボリボリボリボリ……。あ、順番だからお茶を淹れてちょうだい、パイン。


 さっきとは違う種類の茶葉にしようかと悩んでいるパインを横目に、僕は考える。兄上の初恋に、マクローリン兄妹を巻き込んでしまっていいものか。「うーん……」と考えても、すぐに答えなんて出ない。

 いつものクセで助けを求めるように、グラスとパインにチラリと視線を向ける。パインにアドバイスをしているグラス……と、そこに当たり前のように参加している公爵家のメイドを見て「あ、すでに無関係はムリだ」と何故か直感で悟った。

 ではどこまで兄上の情報せいへきを開示していいのか? これが問題だ。

 兄上のげんだと、「味方にできるのなら、これほど心強い存在はない」オーキッド嬢。あれ? いつの間にか彼女がアコナイトや取り巻き達だけでなく、ローズ嬢や兄上にとっても重要な人物になっているぞ。


「カーティス公爵家のホーリー様からのお願いなら、わたくしとしてもすんなり納得できるのですけれど」


「私がローズ嬢の兄弟子だから、ではいけませんか?」


「いけなくはないですわ。ただ少し、それだけでは弱いかと」


「……本当は、アコナイトの方をどうにかできればよいのですが。教えさとす事はおろか、近付く事さえ現状はままなりません」


「リンデン王子?」


「はい?」


「リンデン王子が横恋慕よこれんぼしているという噂があるのですが、本当ですの?」


「あァ!?」


 オーキッド嬢の言葉に、突如として豹変ひょうへんした兄上。従者であるパインが慌てて近付き、前のめりになった兄上を押し留めるように両肩を掴んで声をかける。


「ガラが悪いです。落ち着いて下さい! リンデン王子」


「誰が横恋慕だ! 私とローズ嬢の仲に後から涌いて出たのは向こうだってーの!!」


「わー! 本性をさらし過ぎですし、言葉遣いもキャラ変わっちゃってるし。ご自重して下さいませ、ご主人サマ!! あれですね。魔力枯渇や疲労も度が過ぎると……色々ヒドイ!」


 パインは兄上の口の中に極甘の砂糖菓子を問答無用で突っ込むと、更に兄上の手にお茶のカップを持たせて、おかわりをなみなみと注ぐ。


「ちょっ、パインこそ落ち着けよ」


「その言葉、そっくりそのままお返しします、ご主人サマー!」


 ……ああ。兄上とパインが楽しくじゃれあっているなぁ。こぼれそうでこぼれないほど注がれたお茶に、二人であたふたしているし。

 僕はもう、色々とごまかすのはムリだと感じた。でもせめてこれだけは言わなければ、と思って口を開く。


「どうか、今日この場でのやり取りは、内緒でお願いします」


 マクローリン公爵家の兄妹と使用人達に、僕はペコリと頭を下げた。……ん? 何だか静かになったな、と思って顔を上げると、皆で僕の方を見ている。どうしたの?

 兄上は大きく息を吐き出した後、グラスが手に持っていたトレイにお茶のカップをそっと置いた。


「……ゴメンね、ローレル。今の私は冷静さを欠いていた。どうかしていたよ」


 そう言いながら僕の頭をなでて、また髪を手でいて簡単に整えてくれる兄上。


「元より誰にも明かすつもりはない。おおやけになったところで、国の利にもならないだろう。心配なさらなくても大丈夫ですよ、ローレル王子」


 優しく微笑んで語りかけてくれた後、何故かバーチも僕の頭をなでてくれる。まっとうに会話をしたのは今日が初めての間柄なのに。僕の頭ってばなでやすいのかしら?


「リンデン王子」


「はい、何でしょうか。オーキッド嬢?」


 本日何度目かの『笑顔でにらめっこ』がまた始まった。兄上とオーキッド嬢って似た者同士で気が合って、実はとっても仲が良いの?

 わっぷ! オーキッド嬢から目をらさないままの兄上に、今度は髪の毛をグッシャグシャにされてしまった。もー。飲もうと手を伸ばしていたカップからお茶がこぼれて、パインに淹れ直してもらう事になったじゃないか。あ、グラスがくしを使って髪型を整えてくれた。ありがと。


 僕の前に新しいお茶のカップが置かれた頃。オーキッド嬢が扇子を開いて口元を覆ってから、言葉を発した。目元は何だか、獲物を見定めたかのようにイキイキしているな。


「それが本性という事で、よろしいですのね? 『人畜無害。決め手に欠ける、おキレーなだけの第一王子』という評価でしか、リンデン王子の事は今まで知りませんでしたけど。やっぱり、誰かがわざと流したような噂には、ウラがあるものですわね」


「ガッカリしましたか? このような一面を持っていて」


「いえ。安心しました。どこかの誰か様よりは、よほど話ができそうですもの。カーティス公爵家のローズ様とご友人になる件は、前向きに考えたいと思います」


「そうですか。ありがとうございます。魔術師団団長の授業については、追って連絡をしますので」


「ええ。楽しみに待つ事にいたしますわ」


 どうやら落ち着くところに話は行きついたようだ。ああ、良かったよ。ほっとしちゃった。……また『笑顔でにらめっこ』を始めた、兄上とオーキッド嬢だけど。これはもう、二人はこういうものだと思って、放置で。


「フム。リンデン王子の用件については、ひとまずは置くという事か。さて、ここからは私の本題に入るとしましょうか。よろしいですね、ローレル王子」


 え? アレ? そういえば元々僕への面会申し込みなんだっけ。すっかり忘れていたよ。えっと、何を言われるのかさっぱりわからない。想像もつかないから怖いんだけど。


「……ハイ。その、お手柔らかに?」


 僕がそう返事をすると、バーチは「フッ」と微笑んだ。

 ……僕も『笑顔でにらめっこ』をしなくちゃ、ダメなんでしょうか?





 読んで下さって、ありがとうございます。


 作中のバーチがオススメしたお菓子は、『フィナンシェ』をイメージして書きました。


 人間関係がなかなか愉快な事になってます。



 手始めに『001話』を加筆修正の上、差し替えました。削ってはいないけれど、印象が結構変わったかな?

 少なくとも『悪役令嬢・婚約破棄・一万文字』のお題で書き始める作品のオープニングじゃない。連載を続けているからこその、大風呂敷。

 興味をお持ちでしたら、そちらもどうぞ。



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