005 隠しキャラ が 現れた(三人共)
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「ローズ起きてる? 今、大丈夫かしら?」
「起きていますわ、お母様。どうぞ」
「寝ていなかったの? ホーリーが帰ったわ。それとお客様よ」
そう言いながら扉を開けて入ってくるカメリア。母に続いて入室してくる人達の顔を見て、ローズは驚きを顕にする。
「ローズ、ただいま。熱が出たんだって? 可哀想に」
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ああ。ローズの為にこの国一番の回復術師を連れてきたんだよ」
ベッドに横たわるローズの左手を取って口付けを落とし、挨拶をする兄のホーリー。城から帰ってそのまま部屋に来たのだろう。夏用の白の文官服を着用している。
「かなり強引に、引っ張り出されたんだけどね」
仕方ないなと、苦笑気味に口元に手をあてて、ホーリーの背後から現れるリンデン。若草色の回復術師用のローブ姿で、両手首には魔法補助用の腕輪を身に付けている。
ローズは、先程の初恋云々を思い出したからか、顔が熱くなるのが分かった。
「リンデン王子! この様な姿で申し訳ありません! 今……」
慌てて起き上がろうとするローズを、ホーリーとリンデンが押し止める。
「ローズ! 怪我人なんだから無茶をするな」
「そうですよ。私は治療の為に来たのですから、姿勢はそのままで、ローズ嬢」
「この度は災難だったな、ローズ嬢。顔が赤いぞ。熱が上がったやもしれん。大人しく寝ておれ」
続いて入室したのは、濃紺の近衛騎士の制服を凛々しく身に纏ったローレル。
兄のリンデンが王の意を受けて、身元の確かな高位貴族家に限り往診に出向く。その際の専属護衛であり、気軽に用を言い付けられる助手にもなった。
春の魔物討伐に参加した際には、ローズ、リンデン、ローレルはほとんど一緒に行動していて、現場で鍛えられた応急措置の腕前も確かなものだ。
「ローレル王子もお越し下さったのですね。ありがとうございます」
「おう。兄の護衛として。そう言い張れば大手を振って見舞いに来られる」
「リンデン王子。妹の治療を頼みます」
「ええ、もちろん。任せて
下さい」
「ホーリー。リンデン様のお邪魔になってはいけないわ。こちらへ。ローレル様も、今お茶をお入れしていますから」
「ああ」
「頂こう。という訳で、そこで座って見てるから。兄上は頑張ってくれ」
リンデンの肩を軽く叩いてから、ホーリーと並び、ローズに背を向ける位置のソファーに腰掛けるローレル。「見ている」とは口にしたものの、嫁入り前の貴族令嬢が薄着で横になっている姿を、不必要に目にする訳にはいかない。後々、治療に問題が無かったかを証言する為の同室である。
侍女のメイプルは、手早く人数分のお茶やお菓子を用意してから壁際で待機をする。
「最初に診断の為に魔力を流すので、じっとしていて下さいね」
「はい。リンデン王子」
「緊張しなくても大丈夫ですよ」
ローズに微笑みかけてから、水色に発光する魔力でその身を包み込む。
「骨にヒビが入っている……とは聞いています。くっ付けようとした跡も見受けられますが……、またヒビが入ってしまったのかな?」
慎重に魔力を感知しつつ、首を傾けて話すリンデン。
話を聞いたカメリアは、扇子を口元に当てる。
「ひょっとしたら……」
「お心当たりがございますか? カーティス婦人」
「ええ。寮には使用人が一人しか付けられません。看護の手が足りなかろうと、ローズが目を覚まさないうちを見計らって、半ば強引に馬車で運ばさせたものですから」
「馬車の振動が体に障ったのかもしれません。発熱もおそらくそのせいでしょう。さて……」
魔法の発動を止めるリンデン。
ホーリーは首だけをリンデンに向けて、心配気に声を掛ける。
「治せるんだろう? 難しいのか?」
「骨をより強固に繋げる事は出来ます。ただ」
「ただ?」
「私の魔力量の問題で、右腕と腰骨、両方を今日中には無理そうなのです。出来るだけ早く治して差し上げたいのですが、申し訳ないです」
「そんな! リンデン王子に謝って頂く事ではありません。それに、もしもの場合に備えて魔力は温存させておく必要があります。リンデン王子こそ、無理はなさらないで下さい」
「そうすると、また明日にでも来る事になりますが」
「うっ……。リンデン王子に何度も来て頂くのは心苦しいです」
「構いませんよ。ローズ嬢に会う為なら、何度だって足を運びましょう」
「リンデン王子……」
ローズに向けて、初めて会った時と変わらぬ微笑みを浮かべるリンデン。
(〜〜! くーっ! これだから。元のローズだって、アコナイト殿下より優しく紳士的に接せられたら、勘違いかもしれなくても、好きになっちゃうでしょ!)
どちらともなく甘い雰囲気を漂わせて、見詰め合うローズとリンデン。
そんな二人を生暖かい目で見守る一同。
「アコナイト殿下よりも……」
そう、誰に聞かせるでもなく呟いたようなカメリアの言葉で、一同は我に返った。
「ええと。今日はどちらか片方だけでも完治させてしまいましょう」
「はい。お願いします」
「どちらを優先させましょうか?」
「腰を先で! ぜひ! 寝返りも打てないし、笑ったり咳き込んだりすると痛みますし。それに……。腕は、利き腕ですけれど、食事は食べさせてもらう事が出来ますし、手紙も代筆してもらえばいいのです。ただ、歩けないと困ります」
「起きてからお手洗いに行くのにも、大騒ぎでしたものね」
「お母様!! ……っ痛!」
年頃の娘として、母の言葉を遮ろうと、慌てて上体を起こす為に力を込めて、顔をしかめるローズ。
「ああ、もう。悪化してしまいますよ、ローズ嬢」
リンデンはローズの夏用の掛け布団を整え、額にかかった髪を軽くとかす。
「今、準備をしますから。荷物を」
リンデンはメイプルに声を掛けて、屋敷に入った時に預けた鞄を受け取り、中から一つのビンを取り出して彼女に渡す。
「体を温めて、魔力の巡りを良くする為に調合した薬草です。普通のお茶よりも長めにお湯に浸してからカップに注いで下さい」
「畏まりました」
メイプルはリンデンの指示通りにする為、茶道具のある場所へと向かう。
「ローズ嬢。これから治療を行います。方法としては直接魔力を流し込み、患部の状態を整える必要があるのです。その……、今の服装のままで結構です。直接触れる事になりますが、そのつもりで」
「はい。え? ネグリジェのままですか?」
「可能な限り素肌に近い方が魔力のロスも少ないのです。今の、夏用の薄着のままでいて下さい」
「……はい」
顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で返事をするローズ。
リンデンは更に追い討ちを掛けるような事を口にする。
「今の仰向けより、うつ伏せの方がいいので、抱き起こしますね」
「うぇ!」
「オイコラ」
ローズが貴族令嬢にあるまじき奇声を発したのを受けて、さすがに兄のホーリーが口を挟む。
「『オイコラ』とは王族に向かって随分ですね。治療に必要な事ですよ」
「だとしても、家族で手を貸せる事ならば声を掛ける。大事な妹の為だ、惜しみ無く協力しよう」
そう言って立ち上がるホーリーと、カメリア。
リンデンと協力し合い、大騒ぎをしつつ、まずローズをベッドの上に座らせて、メイプルの用意した薬湯を飲ませる。
飲み終えるのを見守った後、再びローズの痛がる様を宥めながら、うつ伏せに横たえさせる。
「気分は如何ですか? ローズ嬢」
「声を出して動いたせいもありますが、体か熱くなってきました」
「結構です。薬湯が効いてきているのでしょう。せめて館の中で身の回りの事が出来ないと不便でしょうから、腰だけでも、今日はしっかり治療しましよう」
「はい」
ローズの返事に頷いたリンデンは、準備の為に、鞄から取り出した腕輪とを付け替えたりし始める。
「そういえばリンデン王子。もう夏期休暇なのですが、どのように過ごしたら良いのでしょうか。遠出は出来ますか?」
ローズの問い掛けを受けて、ほんの僅かに顔をしかめるリンデン。
「遠出とはどちらに? 今日治療はするつもりですが、馬車で何日も移動となると保証出来かねます。骨折は回復魔法を用いない場合、一ヶ月二ヶ月は治るのに掛かるのです。出来るだけ、この王都の屋敷で安静に過ごして頂きたいのですが」
「遠出は、休暇の半分を父の領地で過ごす予定でした」
ローズの言葉を受けて、リンデンは首を横に振る。
「今回は……」
「ローズ。無理に戻らなくてはならない理由は無いわ。あなたの体の方が大事なのだから、ここで安静に過ごしてちょうだい」
(うう……。言っている事は分かるんだけど。ああ、地上の楽園。今を逃したら、この先行く機会はあるのかしら?)
一応、婚約している第三王子とは卒業後すぐに婚姻を結ぶ事になっている。
皇太子妃や王妃になってしまったら、自分の都合で旅行など到底叶わないだろう。




