042 僕と、兄上の王座
041話・042話で、作中の大部分は
「」 声に出しての会話
『』 筆談
となってます。
※一部例外もありますが。
それを踏まえてお読み下さい。
20160601
筆談部分の区別を明確にする目的で、『』に「。」を追加しました。
作中に登場の「アザレア様」は、リンデンとローレルの母親の名前(初出情報)になります。
★★★
兄上の話を真剣に聞いていたら、けっこう時間がたっていた。
二人で一緒に休憩をとる。ハムとチーズを挟んだパンを食べて、果実水をゴクゴクと飲んで、人心地がついた。よく冷えた果実水はさっぱりしていておいしい。
僕達が食べている間に再び席に着いたグラスは、伝言があるのだろう、新しい紙にさらさらと書き出して、まずは兄上に手渡した。
目を通した兄上は、眉をひそめて疲れたようにテーブルに突っ伏す。そして、寝たままでペンを走らせてから、僕にも見せてくれた。
『王妃がローズ嬢へ茶会の招待状を出したそうです。アザレア様が主催する予定のお茶会と、同じ日・同じ時間にぶつけてです。婚約の件と身分差からいっても、王妃主宰の会に出席しなければならないでしょう。』
『母上に恥をかかせようって肚だね。性格悪い事をしてくるよなぁ、本当に。』
……兄上に言われるって、相当
「ローレル?」
兄上は寝たままで顔だけを動かし、僕をジトっとした目で見つめてきた。
僕は、兄上の目やスキルから逃れようと、ふいっとそっぽを向く。
「僕は何も言ってないはずですよ」
「そういう事にしておこうか。何を話していたっけ? ああ、もう一人の令嬢だったね」
兄上はそう口にすると、体を起こして利き手側の肩をぐるぐると回してから、新しい紙を用意して書き付け始めた。
『グリム侯爵って一言で言ってしまえば、わかりやすい小物なんだよね。女・金・権力が大好き。しかも、それは自分の目に見える範囲。自分の物差しの尺度限定。ローレルに“ハデなおじさん”呼ばわりされている事しかり、彼の息のかかった者に教育を施されたアコナイトの言動しかり。
グリム侯爵の価値観だと、外務大臣の娘と宰相の娘だったら、迷わずに宰相の娘なんだよ。それに元々国外に目を向ける人じゃなかったから、外務系派閥の貴族やマクローリン公爵を軽んじていて、険悪な関係だったし。』
「見た者の話ですが――」
兄上の書いた文章を、僕と同じように見ていたグラスが口を開いたので、僕と兄上は注目して先を促した。
「既に、マクローリン公爵家の令嬢とはお会いしております。殿下はいつも通りに振舞、いつも通りの口調で“ご挨拶”をされたようです。それに対してオーキッド嬢は終始優美な笑みを崩さず、殿下やご学友の皆様と共に、静かにお茶を楽しまれたそうです」
グラスの言葉を聞いた兄上は、唇の片端を上げて、急いでペンを動かした。
『アコナイトと取巻きに口を開かせず、笑顔で黙らせたという事か。』
僕が、グラスの言い回しの裏のイミを兄上の文章から学んでいると、グラスもペンを手に取って、追加の情報を書いていく。
『そのようです。水と油のように相性は最悪に見えた、とも報告がありました。特に殿下の方が嫌がっているそうです。オーキッド嬢との茶会の後に酷い癇癪を起こし、二度と取次ぐなと泣きながら叫いていたとか何とか。』
『それもあってローズ嬢なのですね。――兄上は、本当にいいのですか?』
僕の問いかけを読んだ兄上は、ペンをインク壺に戻して、深く息を吐き出した。それから右手で頬杖をついて、左手で僕の前髪を梳き始める。ほんの少しの間そうした後、最後に僕の頭のてっぺんをぽんぽんと撫でて、再びペンを握り、字をつづり始めた。
『私は第一王子だ。この事実は簡単に揺るぐ事はなく、変わらない。もしも私がローズ嬢を――宰相を勤める公爵家の令嬢と婚約するとなったら、強力な後ろ楯を得て王位を欲していると取られかねない。確実に派閥争いが起こる。国を割る覚悟がいる。』
僕はさっきの、父上や母上と会った時の事を思い出した。
『か く ご が い る』
と、口を動かした兄上。
ローズ嬢を望めば、歴史の授業で教わったように、内乱になるかもしれないのですね?
『兄上は、王にはならないのですか?』
兄上の考えや気持ちを思いながら、僕は率直に聞いてみた。
『その気はほとんどなかったよ。ローズ嬢と出逢って、少しだけ考えてみたけれど。今もあまりその気はない。その為に“人畜無害、決め手に欠けるおキレーなだけの第一王子”を演じているんだから。』
……自分で言っちゃうんですか、兄上。
『当面は、その気になる事はない。何だかんだ言っても、私は成人もまだの、十三歳の子供に過ぎない。一つ行動を間違えれば、私自身はもちろん、母上やローレルを危険に晒す事になる。
母上は父上に付けられた“影”とカーティス公爵家の手の者によって、手厚く守られるだろう。私は私で力を付けて、私自身とかわいいローレルを守れるようにならないといけないんだ。』
兄上の言葉を読んで、チクリと胸が痛くなった。僕自身が守られている子供だから、兄上はローズ嬢を得る事ができない。相変わらず足を引っ張っている状態に悔しくなって、僕はうつむいて、太ももの上で強く手を握りしめる。
優しく、そっと、僕の握りこぶしに手を重ねられて、顔を上げると兄上と目が合った。僕をいたわるような、励ますような目で見つめてくれる兄上。
僕はなんだか、スッと心が軽くなった気がして、「しっかりしなくちゃ」と頭を振った。
気持ちを切り替えるように、気になった部分に指を差して兄上に質問をする。
「この部分はどういう事なのですか?」
「ああ――ここと、こっちの内容にもう一度目を通してほしいんだけど」
『母上の実家であるヒューイット伯爵家では守れないと、財務系の長であるカーティス公爵家が最低限の後ろ楯をする事になったんだ。あの家も上手いよね。カーティス公爵は臣下として陛下に。カーティス婦人は母上に、ホーリーは私とローレルの学友。末息子のウィロウをアコナイトにつけて、どちらか片方に肩入れし過ぎないように見せている。
ローズ嬢はこれまでホーリーの保護下にあるとして、私達と共に魔法の修行をしていた。ただ、アコナイトとの婚約が正式に発表されると、カーティス公爵家も王妃及び第三王子派になるのかと、見られるようになるだろう。グリム侯爵はますます調子に乗るだろうねぇ。』
調子に乗ったハデなおじさんと、“ご挨拶”なアコナイトを思い浮かべて、僕はとってもイヤな気分になった。
「僕はそうは思いません」
「ローレル?」
僕は、グイッと果実水を飲み干した後、「フンスッ」と気合を入れて兄上へ宛てたメッセージを書き始める。
『僕は、アコナイトがいい王様になるとは思いません。王は、兄上こそがふさわしい。』
「……私の方こそ、そうは思わないのだけれどね。次の王はアコナイトだ」
言い切った兄上に、僕は目を見開き驚いてしまう。ただ、口ではそう言いながらも、同時に手を動かして書き記された文によって、「なんだなんだ?」と思ってしまった。
『王はアコナイトでも別に構わない。』
兄上が口にした言葉と書いた言葉は似ているようで……、でもやっぱり違うよな。どういうイミだろうか? というか、兄上とこの話題について話をした事はこれまでなかったな、と今さらながら思い当たる。
「――兄上にとって、“王”とはどういうものなのですか?」
『首。』
「は?」
僕の問いかけに、間髪を容れずに返答をした兄上。書かれた単語のイミ不明さに、思わずまぬけな声が出てしまった。
『フォレスト王国は王の権力が絶対ではない。宰相や大臣達とそんなに大きく変わらないと、私は捉えている。今回のように、グリム侯爵の宰相就任を阻止する良心と実行力を貴族達は持っている。だから、アコナイトが王でも構わない。
もしもの時は首――すなわち命をもって、責任者として、君主としての務めを果たすのであれば、王の素質はそこそこでいいだろうと、私は思う。いや、もちろん最低限は必要だよ。』
「はぁ……そうですか」
『もし、ローレルが王になりたいというのなら、応援するし、協力するよ。』
「〜〜!」
僕は慌ててペンを手に取ると、兄上の書いた『首。』の字の近くをトントンと叩いてから、殴るような勢いで文を書いていった。
『こんな風に兄上が思っているモノを知った後で、喜んで王になろうなんていうのは、アコナイトくらいなもんでしょうよ!』
「ローレルも案外言うよねぇ」
兄上は「クスクス」と苦笑いをした後、残っていた果実水を一気に呷ってから深く息を吐き出した。
ここしばらく焦って動いていたようだけど、予想していた可能性の一つに方向が定まった事で、一旦は落ち着く事にしたようだ。なんか、憑き物が落ちたようにさっぱりした雰囲気になった。
「ローレルにとって、“王”とはどんなものなのかな?」
「僕は……。伝記で読んだお祖父様が理想です」
兄上は僕の言葉にうなずくと、歴史の本を手に取ってパラパラとめくる。そして、お祖父様が王であった頃をまとめたページを開いた。
「隣国からの開戦、停戦調停の場での卑劣な罠。今は取り潰されている軍務系公爵家によるクーデターなど、数多くの戦があった在位期間を優れた武勇でもって治めきった。ご存命であったなら、私もお会いしてみたかったな。――ああ、これから言う事はローレルも何となくでいいから、覚えておいてほしいのだけれど」
兄上が再び書き出し始めたので、僕は兄上の動かすペン先を見つめる。
『グリム侯爵は、とりあえず捨て置かれているだけだ。王妃と、近い将来の皇太子という権勢は持っているけれど、自分のフトコロが肥えればいいだけの小悪党なんて、いざとなったらどうとでもできる。仮にグリム侯爵家を取り除いても、別の勢力が前に出てくるだけなんだ。そして、グリム侯爵の次に仇なす存在の方が厄介かもしれない。「グリム侯爵程の小物に、いいように侮られている王家のなんと情けない事よ」と嘲笑っている連中は、こちら側を低く見ているから、悪事の証拠が掴み易くて助かってるよ。
国や王家への忠誠心を測る試金石として、グリム侯爵家くらいが今のところ丁度いいんだ。』
兄上はいつものコワイ笑顔で言い切る。そして、すぐに表情を引き締めると、見るからに古い貴族名簿を手に取って、今は存在していないという公爵家のページを開いた。
『父上も私も真に警戒しているのは、この、取り潰された軍務系公爵家のように、国内外に戦乱を巻き起こす、軍国主義の貴族が幅を利かせる事だ。』
……やっぱり、兄上は見ているモノも考えている事も違う。僕みたいにアホの子じゃないし、『首』だけでいいアコナイトとも違う。
ふと、前に授業の終わりに現れた父上が、何を言いたかったのかわかった気がした。
「そうか、リンデンには期待していたのだがな」
僕は父上の低い声の調子から、兄上を否定する言葉を続けるつもりなんだと、そう思いこんでしまった。例えば「期待はずれだった」とか。でも実は「期待以上だった」って考えていたのかもしれない。
「残念だ」
に続く言葉。僕なら「リンデンを皇太子として指名できないのは、国の損失だ」くらいの意味をこめる。
――将来、王になるのは兄上だと思う。
僕の心の中に、そんな確信が芽生える。
ちらりと兄上に目を向けると、特に気にした様子はなく、大きく伸びをしてから片付けを始めていた。
「グラス。例の人員の件だけど」
「はい」
兄上は別の新しい紙を用意して、“影”達への指令を書き付ける。
『引き続き、カーティス公爵家の令嬢の身辺を警護する事。皇太子の婚約者となる予定だから、陛下からも正式な命令が下るだろう。おそらく、国立シード学園に入学して卒業後に結婚となる筈だ。それまでは、この不本意な関係を、甘んじて受け入れる事にする。あくまで期間限定で預けておくだけだ。よって、指一本触れられる事のないように。罷り間違っても二人きりにしないように。これまで以上に留意して任務にあたるよう、心せよ。』
「……対応を協議して、然るべき手を講ずるように致します」
「頼むよ」
兄上はにっこりと微笑みを浮かべると、立ち上がって暖炉の前まで歩き、これまで書いた紙の大部分に自らの手で火をつけて処分をする。
そんな兄上の姿を見ながら僕は、「ああ、ローズ嬢の事をあきらめる気は全くないんだな」と呆れる気持ちになりつつも、ちょっぴり「ほっ」としたのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
物語が動く、というよりは「あの時のウラ話は?」的な伏線回でした。




