014 友人達に追い付いた
★★★
――コン!
予め決めていた合図を受けて、ローズとリンデンは急停車の衝撃に備える。
「全体止まれ!」
「我々は王都の騎士団だ。援護する!」
次々と止まる馬車の音と、駆け出す馬達。
ローズとリンデンは立ち上がり、扉を僅かに開ける。
「何事だ?」
「前方で、魔物の群れと交戦中の馬車がある」
「こちらにもウルフが来てるぞ」
リンデンとローレルの遣り取りで状況を確認しつつ、杖を手に持ったローズは、続く騎士達の言葉を耳にして外に飛び出る。
(前方の馬車からの“はぐれ”が、四……五頭。更に左側の森の中からも……)
「来るぞ! 構え!」
こちらに向かって来ていた五頭の内の一頭が跳躍し、ローズの頭上から迫る。が、ローズは既にそれを見切り、ウルフの顎門に杖を噛み付かせる。
(……くっ! 六月の中頃だったらゴロで出塁していたのに。ホームランを目指して、毎日杖をフルスイングする日々。ああ、なのに今は)
ローズがそんな事を考えた数瞬、近くに来たローレルが馬上から槍を突き出し、ローズに襲い掛かっていたウルフを串刺しにする。
その様子を見ていたローズは、噛み付きが弱まった杖をやや傾けて魔法を発動する。
森から死角を衝くように飛び出してきた数頭のウルフを火柱の中に閉じ込め、かつ、勢いを上に向ける。そのままだと火達磨のウルフ達が味方に突っ込んで来るので具合が悪い。
すかさず、上に打ち上げられたウルフ達の急所に、矢が撃ち込まれる。
更にリンデンの放つ【ウォーターボール】で消火活動が行われる。
見ると、他にも、御者が土属性魔法でウルフを串刺しにしていたり、馬に踏み潰されている個体もある。向かって来ていた魔物は、僅かな時間で悉く撃退されていた。
打ち合わせも何も無しにこれだけの連携が取れるのは、さすがリンデンの選抜した先鋭部隊と言えるだろう。
「ローズ嬢、調子が悪いのか? 以前ならウルフなぞ殴り飛ばしていただろうに」
槍からウルフを払い抜きながら、ローレルが問い掛ける。
「私だってそうしたいですけれど、腰に負担が掛かりそうで怖いんです」
「ああ……。もうあれは見られぬのかり少し寂しいな」
「ローレル!」
「……。こちらの馬車の周辺にはいない」
「あちらは……オークが数体」
「何だか大きくないか?」
「我々が倒したウルフもですよ。平均より一回りは大きいです」
「ローレルはローズ嬢を馬に。怪我人もいるようです。救援に行ってきます。残りは馬車の警護を」
リンデンは近衛騎士の一人が操る馬に、ローズはローレルの馬に相乗りし、戦闘中の現場へ向かう。
馬上で敵の数を確認しつつ、魔力を練り始めるローズ。リンデンもローズの炎を消す為の、水属性魔法の準備に入る。
オークは五体。前の馬車の集団には、魔法の使い手がそれなりにいるらしく、オーク達の足元を凍り付かせたり、黒い霧を纏わせて動きを止めたりしている。
動きの鈍いオークに対して、一撃離脱で堅実に削り取っていく応援の騎士達。
そして、木の上から矢を放つ少女が一人。
(あれは……)
ローズは、この場で使われている魔法にも、矢を射掛ける少女にも見覚えがあった。
「胴体を! なるべく心臓の近くに矢を射って、デイジー!」
木の上の少女は、掛けられた声に即座に反応する。声の相手を確かめる事などせずに、次々とオークの胸元に矢を射る。
厚い肉を持つオークは、矢では致命傷にはなりにくい。体に刺さった矢を引き抜く事もせず、武器を振り回したり、足元の氷を砕く事を優先している。
ローズは、五体のオークにそれぞれ刺さったままの矢の位置を確認し、満を持して敵に杖を向ける。
「散開!」
「オークから離れて!」
ローズの様子を視野に入れていた、ローレルとリンデンが、次々と声を張り上げる。
味方がオーク達から距離を取った直後、遂にローズは魔法を発動させる。
オークの体に刺さった矢の、矢羽の位置に蕾が現れた。炎の薔薇が綻びるのと同時に、蔦が矢に這うように伸びて行く。オークの体に達した瞬間、体内には炎の根を、体表にはやはり炎の蔦を伸ばす。
――プギィイイァアアァア!
五体のオークはそれぞれ断末魔の叫びを上げ、体の内側からも炎に焼き付くされて倒れ臥した。
リンデンは森の木々に【ウォーターボール】を放ち延焼を防ぐ。時間を置いて、オークが完全に動かなくなった後、オークの火も消し止める。
念の為に、騎士達が馬から降りて、魔物の首を次々落としていく。
その頃には、周りでゴブリンや大蜘蛛を相手にしていた冒険者達も、敵を倒して合流してきた。
「ローズ様!」
戦闘が終わった安堵もあってか、リリー、アイリス、デイジーの三人は、馬から降りたローズに駆け寄って来る。
ローズは三人が立ち止まると、手に持った杖で地面を一度打つ。
「まず怪我人の手当てと、被害状況の確認を」
「「「はい」」」
三人はローズに言われて、それぞれ少し恥じ入るように返事をして、確認に走り出した。
「我々の方には被害らしい被害はなかった。馬車に進むように指示を出してくる」
「私は怪我人の手当てをしてきます。ローズ嬢は念の為に周囲の警戒を」
「はい」
ローズの返事を聞いて、歩き出すリンデンとローレル。
馬車の動き出す音を遠くで感じながら、ローズは自らの炎で絶命させたオークへと足を向けた。
騎士達はオークの体にロープを括り付けて、馬に引かせて街道上から移動させていた。
「失敗した。中まで燃やしてしまったら、魔石が取れなくなってしまうじゃない」
「確認してみましょう」
作業をしていた騎士の一人が、オークの心臓付近に短剣を突き入れる。
「ローズ様。どうやら大丈夫そうですよ」
騎士はそう言いながら、ピンポン玉サイズの球体を取り出す。話を聞いていた、他の騎士も同様に、取り出し始める。
「真っ黒ね」
「オークは特定の属性を持たないので、このような物ですよ。念の為洗いますね」
五個の魔石を【ウォーター】の魔法で洗う騎士。
「ん? え!?」
水洗いをして煤が落ちたのか、取り出した魔石はどれも美しい赤色をしていた。
「赤い魔石は……火属性でしたっけ?」
「有り得ないですよ! 可能性があるとしたら、火属性魔法を使うオークマジシャンくらいでしょう」
最初にオークと戦っていたメンバーに確認を取ると、オークは魔法を使ってはこなかった。
話をしていると、先鋭部隊の馬車も合流してきた。彼らにオークの魔石の話をすると、ローズの魔法攻撃を受けたウルフの話を始めた。
体内まで焼かれたウルフ二体の魔石も、赤みを帯びていると言うのだ。
怪我人の治療にはまだ時間が掛かりそうなので、動ける冒険者達に、森から魔物を釣り出して来てもらった。
魔物は十体のゴブリン。やはり体格が大きめなのが皆気になった。
釣り出されるまで、魔力を練る時間は充分あったので、半数を徹底的に、もう半分は魔力を少な目にイメージして攻撃した。
結果。どちらのゴブリンも、ビー玉サイズの魔石が取れて、魔力を練り込めて魔法を放った方は、紅玉のように美しい赤色。もう片方のグループは、ごく一般的な黒い魔石だった。
ゴブリンの魔石は、通常なら二束三文の値段しか付かない。
特定の属性を持った魔石は、狙って採取出来る物ではない為に、貴重で高価になる。しかも、火属性の場合、鍛冶で使いたいという職人が常に欲している存在である。
リンデンの提案でリリー達の一団と合流し、取り敢えずこの先の宿場町まで、一緒に行く事になった。道中の魔物は、数によっては全て魔法で倒して検証を進めた。
結論から言って、ローズが魔力を多めに練って、体内まで燃やした魔物の魔石は、全て火属性だった。
(私のチートが真っ赤に燃えた!?)
(フッ……、またつまらぬチートを発揮してしまった)
等、とりとめのない事を考えるローズ。
実際には生きている魔物の魔石は確認出来ない為、“元から火属性だった”可能性もゼロではない。
「……春の時はどうでしたっけ?」
「正直いちいち魔石なんぞ取ってられん状況だったからな」
「六月の後半辺りからは、徐々に落ち着いてきてましたよね」
「騎士団の面々は、魔石を採取はしなかったので、何とも言えません」
「採取している冒険者達はいましたよ。ただ確実に『薔薇炎』の倒した魔物かというと……」
「春の魔物の大発生。その討伐の時には、特にそういう話――火属性魔石の相場に変化なんかは無かったし、大量に採取された話なんてぇのも聞かなかったな」
魔物討伐に時間を掛けた為、宿場町まではたどり着けずに、結局野営となった。全員で火を囲みながら、春の討伐に参加した騎士や兵士、冒険者達と意見を交わし合った。
その場は、今後も“要検証”、という話に行き着く他になかったが。
★★★
リリー、アイリス、デイジーとは、食後の野草茶を楽しみながら、漸くゆっくり話をする事になった。公に出来ない話もある為、王族用の特別車両に、三人とローズ、リンデン、ローレルといったメンバーだ。
「舞踏会には参加されなかったのですか?」
「ええ。エスコートして下さる筈の方は、あの様子でしたし」
「ローズ様がお怪我で苦しんでいるのに、と思うと、余計に楽しむ気になれなくて」
「それは……皆様にも悪い事をしてしまったわね」
「いいえ、ローズ様が気にされる事ではありません。私が勝手に! 夏期休暇に入ってから戻る予定でしたけれど、ローズ様のお母様が学園長に欠席を申し出るのを拝見していて、領地の事が気に掛かっていたので、予定を前倒ししようと動いたのです」
「三人でギルドへ行って、フォーブス領へ魔物討伐へ向かう予定の冒険者がいたら、護衛として雇うつもりでしたの」
「受付で話をしていたら、父さんの友人の、ギルドの偉い人に呼ばれた」
「調査の依頼を受けて戻らない冒険者がいる。王都にいる場合ではないと、アイリス様とデイジーさんにご無理を言って、舞踏会の日の昼に出立しました」
「王都の私の家の兵と、リリー様のお宅の兵。デイジーさんには、顔馴染みだとおっしゃる凄腕の冒険者の方を紹介して頂いたり、街道で合流したりしましたわ」
「歩きのメンバーがいるから、どうしても早くは行けない。しかも、昨日辺りから何度となく魔物の襲撃を受けて。怪我で戦闘に参加出来なくて、馬車で休まなくてはならない人がどんどん増えていった」
「リンデン王子には感謝してもしきれません。本日治療して頂けなければ、次の町で別れて、置いて行く事になったでしょう」
「いえ、私はその為にフォーブス領へ向かうのです。貴重な戦力を失う事が避けられて、良かったと思います」
「だから追い付いたのね」
「おまけに言えばこちらのは、馬車を引くのも騎乗用の馬も、とびきりの軍馬だ」
「……ウルフが踏まれてました」
「群れならさすがに厳しいが、一対一なら負ける事は有るまいよ」
「やはり、魔物の数は多いのですか?」
「ええ。以前よりも大分。おまけに普段はこの街道に出ない種族、平均よりも大型で力の強い個体が混ざっていたりして。ベテラン冒険者の方でも、怪我をして動けなくなってしまいました」
「王都の騎士団と魔術師団には、遠征の腹積もりでいるように、とは指示を出しています」
「今のままでは不確定要素が多すぎて、派兵は出来ん。俺達は斥候も兼ねているという事だな」




